三章 十七丁 尽る命火
巫女装束を纏う、銀色の長髪を垂らした女の頬骨辺りには、白色した鱗の様な硬い皮膚があり、頭部には少女と同じ金色の角が二本生えている。
だが女の角は長く、側頭部から天へ向かって柔らかな曲線を描くそれは、頭部に添えられた金の冠と収まりが良いため、美しい装飾の一部かに見えた。
鬼女の背後にある紅葉散り映える社殿は豪華絢爛とは程遠い、色調や装飾を控えた厳かな和様の旧跡で、その横手には滝が虹を浮かび上がらせ低地へ流れ落ちている。
山巓付近から流れ出る滝は山岳をくり抜いて地下へ落ち込み、滝水が形成した深い穴底へ降りられるよう木橋と梯子段がつづら折りに組み合わされ、その足場を伝って下りれば滝壺の社へと辿り着けるだろう。
視界が霞み、景色を見通す事も、女の顔すら認識する事は叶わないが、耳だけは滝の音を捉え、最期に機能する五感であった。
女が淑やかに歩み寄り、ネイ自身も一歩を踏み出したが、――それが限界だった。
膝を付いたネイの身体からは灰が溢れ落ち、風に消えてゆく。
鬼女はネイの目下に屈み込み、抱える木箱を脇へ置いて、ネイを正面に見据えた。しかしネイは首を起こせず、身体が朽ちゆく苦しみに呻き、必死に言葉を絞り出した。
「この子を…、……どうか………頼む……」
震える腕で少女を差し出そうとするネイへ、女は緩徐に首を振った。
「…頼む……っ、………時が……もうない………っ」
少女を抱き留める事すら思い通りにならぬネイは、懸命に女へ頼み込んだ。
女は表情を凍らせたまま、白く細い指先を伸ばすと少女の頭を愛おしげに優しく撫でる。
「人として死するか……鬼として生くか……、選ぶのはこの子…」
出来ることはないのだと、事実を突き付けた鬼女は血の失せた少女の頬に触れ、漸く少し顔を綻ばせた。そして、風に流され紅葉舞い上がる大空を仰ぎ見る。
「――大門が開かれた今、間もなくここも朽ちゆき…崩れゆく…」
女はそう呟くと、顔を下ろし脇へ置いた刀箱の紐を解き、その蓋を開けた。
中には鞘に納刀された、刃渡り二尺六寸ほどの一本の刀が収められていた。
柄巻きや鞘を雪白に飾り、金物を銀で統一された立派な拵の刀は、実用的な太刀として扱うには惜しいとすら感じる、清廉であり無垢な美しさがある。
刀身が長く、かなり大柄な者でないと扱えないそれは、長躯であるネイですら不相応な業物だろう。
だが女は丁寧に箱から刀を取り出し、両腕に抱えた太刀を迷わずネイへ差し出した。
「人と妖、…どうか誰の手にも渡らぬよう。無貌鬼が持つ終の刀……生滅修羅無道を退ける力となりましょう」
決然たる面持ちで女はネイを見据え、続ける。
「――たとえ許されずとも…貴方にこそ相応しい」
女は最期にそう言うと黙し、ネイが自ら刀を握るのを待った。
何故これを自分に譲り渡すのか――その意図がわからぬネイは重い首をきれぎれに起こし、女の顔を見た。
目は霞み、正確に女の表情を窺う事は出来ないが、真摯に此方を見詰める女の眼は、先の未来を見通しているかのようだった。そしてこの大門へ辿り着いた事すらも、この鬼女の導きとさえ思える。
©️2025 嵬動新九
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