三章 七丁 今紫の愛敬
床屋でネイの身嗜みを整え。その後二人は、色々と入用なものを買い付けるため、通りに軒を連ねる商店をいくつか立ち寄っては、また通りをぶらぶらと歩いていた。
大通りを行き交う女達は、白影とすれ違えば大抵が立ち止まり、首を回らせ白影の後ろ姿をうっとり見詰め。団子売りの看板娘と団子を買いに来た娘子達はそわそわと一斉に顔を赤らめ、通りすがる白影の姿を目で追っている。
『 ねぇねぇ!役者さん! うちに寄って行ってよ!』
とある飯屋の女は、美男子に恥じらうあまり呼び込みを躊躇う娘たちを余所に、白影に快活と声を掛けた。
『 おお良いな。今度寄らせてもらおう 』
『 破らないでくださいねー♡ 大盛りにしますよー♡』
白影は慣れた調子で朗らかに返すと、人々の好奇宿る熱い視線を事も無げに浴びながら大通りを進んで行く。
村を訪れてから白影以外の人々を見る機会を得たネイは、白影が類いまれな美貌をもつ若者である事に、今更だが気が付いていた。
刀を携えている風体にも関わらず、白影は髷を結っていない。
髪に癖がなく、女のように艶があるため髪の上部が落ち込み顔に掛かるのを嫌うのか、分けた前髪が崩れぬよう後ろは一部柔らかく束ねている。残りの後ろ髪は気楽に垂らし、歩く度に今紫の羽織の布地を流れるように髪は揺れ、その優艶な姿からか刀を持っていても、どうしても役者に見えてしまうのだろう。
『 そう隠さずともよいのではないか? どうせ旅の一座にしか見えぬぞ 』
白影が振り返り声を掛けると、ネイは首を大きく二度振り、頭に被る羽織を更にしっかり握り締めた。そして首をきょろきょろ動かし、再び街並みの観覧へ戻った。
『 惜しいのぉ…。 禁教令がなければ…見せびらかせたいのだが 』
床屋の親父から買い受けた紺地の着物が丁度良い丈であったので、今は見窄らしい格好ではないが、ネイは頑なに容姿を晒そうとはしなかった。村人を怯えさせない為の配慮なのだろうが、白影にはその姿が気の毒に思えた。
そうして旅役者と誤解され人目を攫いながら買い出しをしていたが、白影は前方から向かって来る二人の武士を見て徐に歩を緩めた。
そして武士が此方を一見する前に、白影はたおやかな髪を揺らし大袈裟にきょろきょろ首を動かしたかと思うと、不思議そうに見返すネイの腕を突然引いた。
『 こっちじゃ 』
ネイを連れ、家々の狭い隙間の露路に入った白影は、高々と三角に積まれる火消し桶の陰に隠れた。
訳がわからぬままネイも人真似て白影の後ろへ隠れ。二人は一切声を発さず、武士が過ぎ去るまで静かに待った。
武士たちは雑談をしながら露路を一瞥もせずに通り過ぎ。気配が去ったとみるや、白影は背後に隠れるネイを、遊びを終えた子供のような目で振り返った。
『 こういうのも偶には楽しいのぉ 』
外つ国人であるネイが、武士に捕らえられ国に帰される事があってはならぬよう単純明快に注意を促しているのだろうが。それだけではなく、溢れる笑顔からは白影自身、権力に背くこの状況を悪戯心で楽しんでいるのが一目瞭然だった。
白影はその笑みを絶やす事なく立ち上がり、提灯が飾られた情緒ある高台を見上げると、ネイへ微笑んだ。
『 折角この国に来たのなら、もっと愉しみを味わわねば 』
それだけ言うと白影は露路の奥へ滑らかに進み。
腕を引かれるネイは、今度は何を閃いたのかと首を傾げたが、素直に白影の後ろをぴったり離れず付いて行った。
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