三章 六丁 鬼違い
すっぽりと頭を覆い、髪と碧眼を隠したネイの手を取り、白影は足早に床店を次々と通り過ぎた。
程なくして、髪に櫛を通した絵柄が特徴の看板を見付けると、ネイの手を強く引き素早く床屋へ入り込む。
『 いらっしゃい。お、こりゃ伊達男 』
白影が店へと入るなり、床屋は煙を喫もうと口に運びかけた煙管を置いて二人を出迎え。この色男をどんな結い方にしようかと、うきうきとした様子で白影の黒く艶のある長髪を眺める。
だが白影は、目前に近付く店主を躱すようにさっと脇に避けると、ネイの頭に被せた今紫の羽織を勢いよく引っぺがした。
『 こやつを人にしてくれ 』
『 鬼ーーーッ!!?? 』
露わになった金色の髪を見た床屋の店主は、目玉が飛び出しかねぬほど見開き絶叫した。店主の弟子であろう二人の青年も叫び声を上げ、押し合いへし合い店の奥へ隠れてしまい。
羽織を取られ急に光が差し込み瞼を屡叩かせながら、ネイはまたもや訪れた大混乱にきょとんと立ち尽くした。
しかし騒ぎの元凶である白影は、笑みを絶やさず店主を期待の眼差しで見詰めている。
『 ちょっちょっと勘弁してくださいよ !! 鬼の髪を結えってんですかい !? 』
店主はネイを避けて白影に躙り寄ると、命乞いをするように下から白影の容姿を見上げる。
『 鬼ではない。わしの親戚じゃ 』
『 鬼の親戚がいるんですかいっ!!? 』
店主の狼狽えた姿を気に留めず、白影は余裕ある素振りで嘘を吐き。鬼と縁戚と聞いた店主の瞳は更に見開かれ、今度は白影からも距離を取った。
『 驚いたか。銭は弾むぞ。どうじゃ?』
仰天のあまり今にもひっくり返りそうな店主へ、白影は悪戯な笑みを浮べると袖から銭袋を取り出し、土間を区切る板間の上へそっと銭袋を置いた。
重みのある銭袋の音を聞いた店主の表情は恐怖から一変。綻んだ顔へ変化し、鼻の下を伸ばしつつ大きな図体をもじもじさせて、白影と銭袋を見比べる。
『 えぇ…でもぉ…。困りますよぉ…うちの信用がぁ… 』
金に目が眩んだだらしない顔では、もう仕事を受けたも同然だが、店主は今後の店の評判を気にしている様子で、首をすぐに縦には振らない。
その動静を見ていた白影はもう一押しだと考え、余裕を崩さず店の大壺に肘を置くと、ネイの美しい金色の髪を少し掬って光に通し見る。
陽光に当てられた髪は絹糸のようにきらきらと輝き、美しく揺らいだ事で、より稀有で高貴なものに醸し出された。
『 よく考えよ、切った髪は付値で主等に売ってやる。 金色の髪など高く売れるぞぉ。わしの見立てでは、ざっと丁銀か ――… 』
白影が態とらしく顎に指を添えて語ると、店主の目は輝きに満ち溢れ、ネイの両肩に力強く腕を置いた。
『 ささっ鬼の旦那 !! 此方へ !! 』
先程の恐怖は何処へやら、店主はネイを奥へ連れて行くと強引に板の間へ座らせ、髪結いの支度に取り掛かった。
『 着物も見繕ってやってくれ。それから…』
『 ただいまー!』
ネイと差のない体格の店主に着物を譲ってくれと白影が更に要求を追加しているそこへ。床屋の娘であろうか十五くらいの歳の娘が勢いよく暖簾をくぐり帰って来た。
『 わぁ♡ どこの旅芸人の方?』
娘は白影の姿を見るや頬を赤らめ、その容姿を食い入るように彼方此方の角度から眺め回した。
『 しー、お忍びじゃでな 』
『 きゃあ♡ そうなの?』
もちろん旅芸人である筈はないのだが、白影は自身の唇に人差し指を押し当てると、悪戯っこい笑みを浮かべて娘にも嘘を吐き。相手はすっかり信じ込み舞い上がった。
『 ぎゃああぁ!! 目が !!? 目が透き通ってる !!! 』
ネイの髪を切ろうと前髪を分けた際に碧眼を間近で目撃し、驚き仰け反った店主は、瘤が出来るほど店の壁に頭をぶつけたのだった。
©️2025 嵬動新九
※盗作・転載・無断使用厳禁
※コピーペースト・スクリーンショット禁止
※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止




