三章 三丁 通ふ心
日の落ちた蒼然たる境内に、未だ二人の姿はあった。
一人で碧眼の男を人里へ運び、医者に診せるのは難しく。この場で治療を行う必要があると考えた今紫の羽織の青年は、半壊する社殿が良い風除けとなる為、床板に散らばる残骸を除けて場所をつくり、そこへ碧眼の男を寝かせた。
運び込む前に胸の刺傷を襷で止血したのだが、出血は止まらず。ぐったりと横たわり死人のような男の顔色は、かなり重篤な状態だと見て取れる。早く正確に治療をせねば手遅れとなるだろう。
青年は、自身が持っていた巾着から薬を全て取り出し、手早く膝元に並べたそれらをどう扱うべきか、頭を悩ませた。
『 ふむ…、薬は持たされているが…あまり得意ではない。少し手荒いぞ 』
青年の語り掛けに、碧眼の男は薄ら目を開き。床に並べられた5つの薬を眺めると、紫色の粉末が透けて見える薬包を、爛れたぼろぼろの指先で指した。そして、まだ知らせたい事がある様子で、男の指はすぐに薬から遠ざかり、震える指先を懸命に動かし、やっとの事で青年の掌を指差した。
男が何を伝えようとしているのか青年は瞬時に察せられず、誘導されるがまま己の左手に視線を落とした。
処置をするため両袖を捲った事で、指先から手首にまで広がった火傷の爛れが露わとなり、男に促されて漸く青年は自身の火傷の程度を思い知った。
『 わしの事はよい。己を先んじねば 』
男の厚意を察した青年は身を少し屈め、意識が定まらず何度も瞼を落とす男へ、力強く言葉を返した。
青年の意思が伝わったのか、男は黒い丸薬が入った薬包と、少し赤みが透ける薬包を指差し、今度は掌を青年へ差し出した。
『 主…医術の心得があるのか。心強い 』
正確に薬を選び取った男の行動に青年は内心驚いたが、男の命を繋ぐ期待が持てた事で、顔には自然と笑みが咲いた。
『 わしが主の腕になろう。さぁ次は如何にすればよい?』
薬包を解き手渡した青年は、碧眼の男へ力付けるよう声を掛けると、再びその端正な容姿を綻ばせた。
それから時が、半月以上経過したある昼八つ。
碧眼の男は独り社殿で腰を下ろし、崩れた屋根の隙間から射し込む木漏れ日を浴びていた。
背を壁にもたせ、膝掛けにしている羽織の上には、この社殿で見付けた古書が開かれている。
男はじっと中身を読み耽り、本字のみで書かれた文字を何度も読み返しては、身体を癒やす閑暇の間に、この国の言語を会得しようとしていた。
ゆらゆらと金色の長髪を、絹糸で作られた垂れ衣のように棚引かせて遊んでいた風は、頓に勢いを強め、男の髪と本を吹き上げた。
長時間同じ姿勢で集中していた男は、風で乾いた青い瞳を数度瞬かせ、これを切っ掛けに俯けていた顔を上げた。
崩れた屋根が歪に切り取った青空から射し込む日差しと、頬に当たる潮風が心地良い。
身を一切動かさず古書に没頭していた為、一度休息をとると疲労がじんと染み渡るように眼球に広がった。が、早く語学を習得したいと逸る男は、再び古書へ視線を戻した。
しかし途中、壁に立て掛けられた一振りの刀に目が留まる。
赤い絲筋が二本入った艶のある黒漆の鞘に納刀された刀は、荒ぶらせていた炎を今は鎮め。屋根が生み出した深い日陰に、身を隠すかの如くひっそりと佇んでいる。
男は少し目を窄め、自身の胸を貫いていた刀へ、そっと腕を伸ばした。
『 漸く身を起こせたか。己が如何ほど臥せっていたか憶えておるか?』
荷を地面に降ろす重厚な音と共に、今紫の羽織の青年が碧眼の男へ朗らかに声を掛けた。
青年は夜明け前からここを出立し、遠くの村里で食料や必要な道具類の買い出しを済ませ、半日以上の時を費やしやっと男の元へ戻って来た。
©️2025 嵬動新九
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