三章 二丁 夕景に引き合ひて
首を前方に倒しているため顔は定かではないが、本殿に凭れ掛かる金髪の男は、青年の年頃と同じであろうか。
片腕はなく、細身の体躯に外つ国の者がよく纏う麻で織られた薄着の襯衣を身に着けている。白い麻布は血で染まり、革で作られた履物や男の身に帯びる全てが、この国の衣装とは、似も付かぬほど異なっていた。
金髪の男へ青年はすぐに駆け寄りはせず、遠目にじっと男の姿を眺めた。
――青年の目から見て、男は息をしていない。
両脚を前に投げ出し、座り込む姿勢で俯く首の青白さに、生命を全く感じなかった。
それが金髪の男に歩み寄らぬ理由の一つでもあるが。青年が何よりも戒心したのは、男の右胸に突き立てられた刀であった。
純黒の刃に光を放ち、男の胸を深々と貫く朱鍔の刀は、武士が佩用する通常の得物とはまるで異なる。魔の意匠がする。
緩徐に瞬き、夕光が照り返る刀身を見詰める青年の顔付きは険しく。風雲急を告げるような胸騒ぎが、心に不穏な陰が染み渡るかの如く広がっていた。
つと目の前を黒鳥が横切り、青年の意識はそちらへ逸れた。
小鳥は息絶える男の元へとひたすらに直進し、その胸に突き立てられた朱鍔の刀柄に留まる。
黒鳥が羽根を休めた瞬間、雷に打たれたかのように全身が明滅し、黒鳥は一瞬のうちに存在を消失させた。
幻のように消えたその光景を、青年は泰然と見詰めていた――が、やがて心を決めたように、男の目前まで歩み寄り。柄に指先を伸ばした。
指先が刀に触れたその刹那――炎が全身に駆け巡るような熱く鋭い激痛が走った。
それと併せて、宵闇の中で一人の鬼が怒声を上げ、此方に刀を振り上げる光景が、青年の脳内へ流れる。
赤い髪を振り乱し、襲い来る悍ましい鬼を、ただ見上げる事しか出来ず。恐れのあまり咄嗟に伸ばした白皙な腕が、鬼から身を護ろうと視界を遮った。
――情景はそこで途切れ、青年は我に返った。
気が付けば、事切れていた男が、青年の腕を刀から引き剥がしている。
青年は驚き、少し見開かれた瞳には確かに、青年の熱傷した手を掴む男が映っていた。
男が息を吹き返した事実が信じ難く、青年が言葉を失っていると、金髪の男は絶え絶えに仄白い顔を上げ、碧眼の瞳で青年を見詰め返した。
面差しを上げたその姿は、青年の見込み通り己と歳の変わらぬ若者であり、顔には爪で引っ掻いたような傷が幾重にもある。
青年はしゃがみ込み、為す事があるため碧眼の男の腕を引き離そうと、もう片腕で男の腕をそっと払った。しかし、碧眼の男は青年の腕を決して放さず、苦しげに唸り首を横に振った。
力を込めれば弱った男の腕など簡単に払い除けられるがそうはせず。青年は男へ諭すよう語り掛けた。
『 委ねよ。助けたい 』
意志の籠もる青年の眼差しを目にした男は、少しの間を置き、漸く青年の腕を放した。
力の抜けた男の腕は、糸の切れた人形のように地に投げ出され、もはや首を起こす事も限界なのか、背後の瓦礫にぐったりと身を預けた。そして、青年に全てを任せるように両目を閉じる。
命運を託されたと感じた青年は、一切の迷い無く、男の胸を貫く朱鍔の刀を再び握った。
柄を固く握り締めた青年の腕は激しく燃え上がり、腕を焼く痛みに声を押し殺し、青年は遂に刀を男の胸から引き抜いた。
刀を抜いた事で、刀身からは更に黒炎が爆ぜ。自身の腕を炎々と焼く朱鍔の刀を、青年は乱暴に投げ捨てた。弧を描いて地面を滑る刀は、参道に放置されていた黒漆の鞘にぶつかって止まり、刀身から烈焔を放ち続ける。
胸から血を流し、倒れ込む碧眼の男の身体を支えた拍子に掌の火傷が疼き、青年は顔を顰めた。が、己の身体に寄り掛かり、何度も呻き咳をしては血を吐く男の背を擦った。
いつしか日は沈み、辺りは薄暗くなっている。
だが解き放たれた刀は、夜を拒むように炎を滾らせ、明々と男達を照らしていた。
『 主が…何故…?』
青年は地に横たわる朱鍔の刀と碧眼の男を見詰め。答えの得られぬ問いを、思わず呟いた。
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