二章 四十一丁 開かずの大門
膠着状態となり、森閑な睨み合いが当面の間 続くかに思われた。が、黒装束たちは声を揃え、低い笑い声を漏らした。
低く森に木霊する気味悪い 嘲笑 を危ぶみ、取り囲む黒装束達をなぞるよう碧眼の男の瞳が動く。
その様子を嘲り、頭目の男は満足行くまで一頻り笑うと口角を引き上げたまま、人質とされる己の仲間を指差した。
「くくく…! 釣り合わんな。小鬼と其奴の値打ちとでは」
昂ぶった気を静めるように己の口元を拭い、頭目は最初に意識を失った仲間の背から、寸鉄を引き抜いた。そして、注意深く血の付いた剣先をまじまじと眺めた後、躊躇いなく血液の付着した先端を舐めた。
男は苦いものを口に含んだかのように顔を顰め、舐め取った血を唾液と共にすぐに地面へ吐き出した。
「トリカブトか…毒気の最も強い葉を使えばよいものを」
毒物は 鳥兜 だけではないが、命をすぐに危ぶませる程の致死性の毒を調合していない事は見破られた。
相手を殺す覚悟がないと碧眼の男を卑しめた様子で、頭目は毒の付着した寸鉄を地に放り投げた。
「甘すぎる。犠牲なく果たせると思うたか」
頭目は歯を剥き出して貶し、自身のこめかみまで手首を上げた。
その瞬間、頭目の背後の茂みから弓を武装した兵が現われ、一斉に弦を引いた男達は、その切っ先を碧眼の男へ向けた。
人質ごと標的を仕留めようとする相手の非情さに、碧眼の男の激昂は更に高まった。
「足手纏いがおるのは、貴様も同じであろう」
取るに足らぬという言い様で、頭目は碧眼の男へ向けた己の指先を、少女へ移動させる。
まさかと、碧眼の男が驚愕に目を見開いている一瞬の隙に、七人の射手たちは命じられるがまま少女へ切っ先を変え、迷わず矢を放った。
碧眼の男は咄嗟に人質を放し、少女の小さな身体を包み込む形で覆い被さる――そして、放たれた矢は、碧眼の男の背を射当てた。
「――く…ッ!」
肉に食い込む三本の鏃の痛みに歯を食い縛り、碧眼の男は少女を胸に抱きしめたまま、右肩を突く矢を力任せに引き抜き。庇うと見越して少女を狙った腹立たしさを矢に込めて黒装束たちへ投げ捨てた。
「お侍さま…!!」
肩を伝い、手甲から滴る男の血を見て少女は涙した。
「此方も鏃に毒を塗っておけば、片が付いたものを。惜しい事をした」
刺すような眼力で睨み付ける碧眼の男を、頭目は小気味良く鼻で笑い、撃ち手の兵へ顎をしゃくって見せた。
指示を受けた弓衆は再度弓を構え直し、今度は男の頭部へと狙いを定めた。
「もうやめてッ!! 私一緒にいくから !!」
少女は頭目へ叫び、碧眼の男から一刻も早く離れようと身を動かした。しかし、男は頑として少女の身体を離さず、更に強い力で少女を抱きしめた。
「お侍さま殺されちゃう !! 行かせて !!」
少女は藻掻き、碧眼の男を引き離そうとするが、男は力尽くで少女を引き留め、その身体を決して放さない。
「ぐああああ !!」
突如、茂みの奥から男の叫びが聞こえ、黒装束達は一斉に振り返った。
後方で弓を構えていた一人の撃ち手の首元に犬神は喰らい付き。弓を捨てて仲間を助けようと斬りかかって来た他の撃ち手の喉へ飛び掛かった。
荒ぶり射手の喉を噛みきった犬神は、虎ほどの大きさへ身体を巨大化させ、一斉に斬り掛かって来た弓衆へ突進し、暴れ狂う。
犬神が弓衆へ襲い掛かった事で、援護射撃が妨害され、場は一気に掻き乱された。
「ちぃ!犬神か。 ――鬼宿りを使わせるな!お前達は其奴を片付けろ!」
頭目は鬱陶しげに歯牙を見せ配下へ言い残すと半分の兵を率い、弓衆を襲う犬神の元へ踵を返した。
黒装束達は命令通り、碧眼の男とその背に隠れる少女へ刀を向けた。徐々に詰め寄る男達の顔はどれも、目的の為なら殺す事をも厭わぬ残虐な顔付きをしている。
©️2025 嵬動新九
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