二章 三十九丁 開かずの大門
樹林に囲まれた小高い舌日の交じる山に、嘗て 龍神寺 と呼ばれた神域があった。
山は天変地異により地盤が歪み、その際溢れ出た地下水が滝となって山肌を削り、幾年の年月を得て筒状に削られた山内に、その寺はあったのだ。
龍が天下るように滝水が流れ落ち、龍神様が宿りし滝壺の御神水を飲めば、忽ち病が癒える――との伝承が多くの人々の信仰を生み、この寺へ参らせた。
けれど今となっては何人も寺に立ち入れず、その伝説の真偽を知る術はない。
山は土塀と岸壁で全方位を遮られ、頂上まで真っ直ぐに伸びた山道の終着には大門がそそり立ち。決して越えられぬ土塀を繋ぐその大門は、遙かな昔に固く閉じられた。
それ以降、人々が寺を訪れる事はなく。破壊にも及ばず、如何なる歳月をも不朽に在り続けるこの寺を、いつしか人々は怖れ、果てには忘却した。
その開かずの大門へ続く、長い石階段の始まりに頭巾を被る少女は立っていた。
大門へ誘うように、山頂を目指し直線に伸びる石階段。千を超える階段を登り詰めた先の景色を思い出し、少女は石段を見上げている。
「夢の景色と…同じ……、ほんとに…ほんとにあったんだ…!」
階段の起点には灯籠が二つ置かれ、生い茂る木々や見覚えのある辺りの景色を一頻り眺めた少女は胸を躍らせた。
そしていよいよ石段を登ろうと、一歩、階段へ足を乗せたその時。
「見付けたぞ」
男へ呼び止められ、身を跳ねた少女は素早く後ろを振り返った。
「探す手間が省けた。まさか、自ら飛び込んで来るとはな」
既に少女の後方は、十指に余る男達に囲まれており、全員が腰に刀を携え、獲物を狩る獣のような鋭い眼差しで少女を見詰めている。半円に並び、全身を黒の装束で統一する男達は、足音を立てずにゆっくりと足並みを揃え、少女へ迫って来る。
桃色に彩られていた少女の頬はすっかり色を失い、立ち竦んだ。
「ここをどうやって知った?」
黒装束たちの中心にいる強面の男は、威圧的に少女を問い詰めた。
四十半ばのこの男は、とりわけ獰猛な顔付きをしており、眉間に走った深い皺と、形の歪んだ薄い唇は、男の容姿を不器量かつ、残忍冷酷というに相応しい顔立ちへ作り上げている。首には、真横に刀で斬り付けられた様な深い傷が走り、傲慢に振舞うこの男が、周りの男達を従える頭目だと簡単に見て取れる。
男達の押さえ込むような威勢に畏縮した少女は、男の問いには答えられず。おろおろと取り囲む男達の険相を見回した。
「何を期待しここへやって来たが知らんが無駄だ。乙外娃が貴様の為にこの大門を開く筈などない」
頭目であろう男の語気が強まると同時に、黒装束たちはじっくり、しかし歩調を速めて少女へ近付く。
「お前の縁など、何処にもありはせん」
頭目は冷酷に言い放ち。まだ距離はあるが、黒装束たちは刺激せぬよう時間をかけて少女へ腕を伸ばした。
「…い…や…。帰りたく…ない…」
男達から震えて後退る少女は、喉の奥からどうにか言葉を発すると、弾かれたように石階段を登り逃走を図った。
「生捕りにしろ !!」
場を動かずに頭目の男は配下へ命じ、黒装束たちは一斉に階段を駆け上がり、逃げる少女を追った。
体躯の良い男達は、五段目を越えた少女へすぐに追い付き、二人の男が少女を捕らえようと同時に腕を伸ばした。
迫るその腕を、少女は咄嗟に屈んで躱し、石段に腕を付いて必死に階段を駆け上がった。しかし、腕を空振らせた男は諦めが悪く。逃げる少女の襟首を掴もうと伸ばした手は、狙いを外れて少女の頭巾を掴んだ。
男が力を入れずとも、少女の頭巾は簡単に解け。少女は思わず振り返り、男の手に握られた手拭いを見た。
「あ…!!」
頭巾を失った少女の額には、小さな金色の角が二本あり、指先ほど額からせり出た角を、少女は恥じるように両腕で覆い。再び逃げ出した。
だが頭巾を奪った男は、逆の手で少女の足首を掴み。足を掬われ転んだ少女は、あっという間に群がる男達へ取り押さえられた。
「やめて!! 放して!!」
少女は叫び抵抗したが、屈強な男達に力では及ばず、石階段から引き摺り下ろされた。
「用心しろ。小鬼といえど、どのような力を使うかわからん。 己が力であの場から逃げ出したのだからな」
害意ある怪物を見る眼差しで、少女へ吐き捨てた頭目の男は、隣りに立つ配下へ何かを命じるよう目配せをした。
頭目を見詰め返した男は、腰から刀を抜き、暴れる少女の元へと歩んで行く。
刀を持ってやって来る男の非情な顔付きから、少女は不穏な予感を感じ取り、次第に抵抗する意思は衰えていった。
「今度は逃げられぬよう、足を斬り落しておけ」
少女を取り押さえる男達の中には、仲間が刀を抜いた理由が察せられず困惑する者達がいる。その為、頭目の男は敢えてはっきりと言い捨てた。
その冷酷な物言いに、数人の男達は身を硬直させたが、刀を抜いた男は少女の元へ辿り着くと、迷いなく刀を振り上げた。
戦慄が走り、少女は愕然と刀を見上げたまま腰を抜かし、へたり込んだ。しかし構わず、男は少女の足を眺めると、深く息を吸い、強く刀を握り締める。
刃が振り下ろされる――そう悟った少女は、固く目を閉じ、出来うる限り身体を丸めた。
©️2025 嵬動新九
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