二章 三十八丁 掠奪を誘ふもの
だが男達が向けた視線の先には、雑木林が葉や枝を重ね、密生する景色ばかりで、辺りに人影らしきものはない。
「ぎゃあああああッ!!!」
策に嵌まったと男達が悟った瞬間――。短刀を持つ男の手首に、襟巻に扮していた犬神は喰らい付いた。
碧眼の男の腕を放し、男は激痛に叫び手首から鮮血を飛び散らせながら、狂乱した様で犬神を引き離そうと足掻くが、犬神の牙は深く食い込み、男の腕を決して放さない。
犬神が刃物を持つ男へ襲い掛かった事で、碧眼の男を間に挟み立つ二人の男達は刀の柄を握った。
しかし僅かの差、碧眼の男が迅抜であった。
男達に斬りかかられる前に、碧眼の男は身を屈め。その動きに釣られて視線を落とした上役の顎を、思い切り蹴り上げる。
それと同時に、左側へ立つ若者の 脹脛 へ苦内を刺し、男達が怯んでいる隙に、素早く前方へ身を転がし一足一刀の間合いを取った。そして、身を立て直すついでに、統率の要である上役の男へ手裏剣を二枚投ずる。
だが全て思い通りに事が運ぶ筈も無く。上役の男は、蹴られた衝撃で後方へ蹌踉めく不利な状態から抜刀し、それを活かして胸元へ迫る手裏剣を全て弾いた。
覚束ぬ足取りで追い打ちをいなした上役は、後方へ傾く己の身体を支える。と、痛む顎を摩りながら犬神に襲われ倒れる従者と、脚を抱えて地に蹲まる従者を一瞥し、歯噛みをした。
「貴様…ッよくも…ッ!!」
絞り出す様に怒りを吐き出し、男は帯刀する赤い朱塗りの鞘から、空を斬るように短刀を抜き、殺意滾る眼力で碧眼の男を睨んだ。
その短刀の刃は赤黒く。男の左腕で幽けき光を帯びる暗赤色の刀身は、右腕に握られたもう一方の太刀とは異なる、禍々しい異彩を放っている。
碧眼の男は、逆手に構える短刀の柄を強く握り直すと、これより本気で攻め掛かるであろう相手を正面に見据えた。
「この破落戸が !! ワシ等に無礼を働いた仕打ち !! 思い知らせてやるわ !!」
若者を激痛で失神させた犬神は、碧眼の男の真横に並び、対峙する男へと威勢良く吠え立てる。
「殺してやる !!! 死に損ないがッ!!」
犬神の啖呵を聞いて更に激怒した上役は口汚く罵り、両腕に持つ二刀を構えた。
男の放つ殺意と刀の構えだけで、若者たちより腕が立つ事は明らかなのだが、犬神は相手の怒声を鼻で笑い余裕をみせた。
「愚か者が!勝てると思うておるのか !! 二人を相手取――……あれ?」
嘯き相手を嘲笑う犬神は、今し方まで横にいた相棒の気配が消えた事に気が付いた。焦った犬神は、視線をあちこちへ向け主人を捜すが、碧眼の男はすでに遙か遠くの雑木林を駆けており、その後ろ姿はすっかり微少であった。
「狛ー!頼んだ !!」
碧眼の男は疾走し、声を張り上げて犬神へ言い残すと、森の奥へ姿を消した。
「何ぃーっ!!? 置いて行くなーーっ!!」
この場を任された犬神は、慌てて主人の背へ叫ぶが、奥深い森へ姿を消した碧眼の男が戻って来る事はなかった。
友である犬神を置いて行く事に負い目を感じたが、共に旅を重ね、培ってきた今までの信頼と絆が、犬神の勝利を確信させている。
碧眼の男は行く手を妨げる木々を躱し、息を弾ませ一心不乱に森を走り続けた。
©️2025 嵬動新九
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