二章 二十五丁 触れ
立ち往生する人々は、音に気を取られた者から順に、首を関所とは反対の畑道へ向けた。そして、畑道からやって来る荷車を押す者達は、一体何を運んでいるのかと、暇を持て余す群衆は興味を抱いて注目していたが、荷車との距離が徐々に縮まるにつれて、不浄なものを見る眼差しで口々に苦々しい声を上げた。
泥だらけの有様で、巨大な荷車を引く男達は見るからに賊であり、その荷台には牛程の大きさがある怪物の爪が括り付けられている。雑に切り落され、肉の付いたそれは強烈な腐臭を放ち、野生の獣の類とは全く異なる悍ましさがあった。
その為、この巨大な爪を持つ怪物は、一体どんなものであったのかと、農民達は驚愕と恐れが入り交じった声を上げて、賊が運ぶ爪に見入った。
大根を食していた三人の老人達も、荷車に足を轢かれては一大事なので、慌てて畑道を下り畑へと逃げるも、やはり怖いもの見たさが先立ち。あの爪は本物なのかと、目の前を通り過ぎる爪の気味の悪さに身震いをしつつ、頻りに首を伸ばして遠ざかる荷車を目で追った。
牛鬼の爪は鉄のように硬く。六本以上の斧を壊して漸く、爪を切り取る事が叶った賊達は、それから重い爪を荷車で運び。村へと辿り着いた時分は、朝を通り越して昼時を目前となってしまった。
「どけどけ!」
規定を守りきちんと列に並ぶ人々へ野次を飛ばし、賊の親玉は人混みを掻き分け、荷車の通る隙間を無理矢理空ける。
賊の身勝手な行動を不快に思い、顔を顰める者は多いが、荷台に積んだ巨大な爪を見ては誰も逆らわず、脇に退いては繁々と再び爪を眺め入った。
検問の足軽達は、賊を見ただけで厭わしい表情をしたものの、荷車に積まれた爪を見た途端、機嫌を良くした。
「おお! 貴様ら如きが、よく牛鬼を仕留められたものだ」
牛鬼の爪に視線を向け、見直したという顔付きで、足軽は親玉へと親しげに話し掛けた。
実際に牛鬼を討伐したのは碧眼の男なのだが、賊達は全員得意げな、まさに手柄顔をして威張っている。
「ふん、高が賊とほざいてやがれ。それも今日までだ」
機嫌悪く親玉は苛々とした調子で足軽へ吐き捨て、男の横を通り抜けようと一歩を踏み出した。だが農民達と同様に、足軽とその連れである二人に道を塞がれ、行く手を阻まれた。
「なら、手形を見せろ」
「はぁ? 見てわかんねぇのか。 手負いだらけだ勘弁しろよ」
村に入ろうとした所を邪魔され、親玉は気を害した様子だったが、足軽と揉める事がもはや面倒なのか。煩わしげに言葉を吐くと、大袈裟に両腕を広げ、わざとらしい身振りで疲労を表現した。
親玉に限らず、賊達は全員泥だらけだが、見た所誰一人として怪我人はいない。
そんな出任せが通る筈もなく、足軽は何度目か分からない討論に苛立ちを高めた。
「ならん!通りたいのなら検問で証を立てよ!」
「ざけんじゃねぇ !! 武士でもねぇ癖に !! 雑兵 の分際で !!」
検問所を指差して譲らない足軽に、親玉は腹を立てがなり付ける。足軽の言いなりになるのは、この男の性格からして癪に障るのだろう。
元より関所とは、時代によってその役割は異なるが、幕府または藩主が民の離散を防ぎ。幕府が抱える人質の逃亡を阻止する目的などで設置するものであった。
戦無きこの時世では、主に武器の密流を取り締まり、治安維持などの役割に重点が置かれ、国境以外の関所は、例外はあるが既に取り払われている。
故に、この足軽達のように武士の身分でも無い者が、勝手に藩主の遣いを名乗り、村の出入り口に関所を設ける事は出来ないのである。
その為、この一帯を治める藩主へと、足軽達の行いを報告すれば、恐らく揉め事はすぐに解決する筈だ。
そんな事にも知恵が及ばない賊は、真っ向から足軽と衝突し、今にも斬り合いが始まるのではと、群衆は固唾を呑んで、激しく口論をする足軽と賊から遠ざかった。
武士ではないと罵られた足軽は、怒りに顔を歪め、今にも噛み付きそうなほど激昂している。が、突如遠方の畑道から、規則的に鳴り響く鈴の音に気を取られ、喧嘩は一時中断となった。
関所に集まる群衆らも、一斉に後ろの畑道を振り返り、鈴を鳴らし歩いて来る者達に注目した。
©️2025 嵬動新九
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