二章 二十六丁 触れ
爽快なまでに直線に伸びた畑道を、人相を隠した男が怪我人を背負ってやって来る。脇には頭巾を被った少女を連れ、そしてその隣には、包帯と木の枝で腕を固定している身なりの汚い男、漁太の姿がある。
少女はよろよろと足元の覚束ない中老の手を引き、ゆっくりだが一歩一歩村へと歩んでいる。
少女の協力もあり、施術時間を大幅に縮められ、手際よく治療を施した甲斐もあって利吉は一命を取り留めたが。山奥からここまでの道筋を、大の男を背負って下山するのは、碧眼の男にも、深手を負った利吉にもかなり過酷な道のりだった。
加えて碧眼の男は片腕で利吉を背負わねばならず。転落の際 足を挫き、自力で歩けぬ利吉の両腕をやむなく縛り。差負う折りに太腿の裏に腕を通し、固定した手首を掴む事で、背から滑り落ちずに担ぎ上げている。
そうした工夫を凝らし、休み休みだが、隻腕でもどうにか利吉を村まで運んで来られた。
早く利吉を休ませねばと、碧眼の男は疲労で鉛のように重い脚を踏み出し、足早に村を目指した。
新たに現れた見慣れない風体の男達を、人々は物珍しそうに眺めていたが、突如壮年を超えた歳の女が足軽を押しのけ、呆然と静観している人混みを掻き分けた。
押された者達は、何だ何だと女を困惑の目で見詰めるが、関所の内側である村からやって来たその女は、力加減が出来ぬ様子で、必死に人の波を掻き退け人混みを抜ける。と、一目散に男達の元へ駆け、弱々しく俯く中老の手を両腕で包み込む様に握った。
「あんた !! もう帰って来ないかと…っ!」
心痛のあまり窶れた顔で、必死に農夫に語り掛ける女は、この者の長年連れ添った妻であり。山から帰らぬ夫を、毎日村の口で待ち続けたのかも知れないと、櫛を通さぬ女の縺れた髪と身仕舞いもせぬ姿から、碧眼の男は垣間見た。
だが夫との再会が叶った今、悲痛な面持ちであった女の顔は、安堵と喜びみに満ちている。
妻が腕を握った事で、項垂れていた中老は漸く首を擡げたが、夫と見つめ合った女の顔から笑みが一瞬で消え失せた。
「うぅ…う………へ…平助がぁ……皆がぁ…ぁ…!!」
中老の目から滂沱の涙が伝い、溌溂としていた徳のある顔は落ち窪み、声を震わせてやっと一声を発した。その別人の様な夫の変貌に、妻は言葉を失って愕然と夫の腕を握った。
掛ける言葉が見付からず、再開を果たした夫婦を碧眼の男は悲しい面持ちで見守っていたが、やがて利吉を背負い直し、人混みの中を通り村へ急いだ。
背の高い碧眼の男が一歩進むごとに、群集は自ずと道を譲り、足軽にけちを付けていた賊らの横を通り過ぎる頃に、親玉は何かを言いたげに男へ声を掛けた。
「おい、てめぇ…」
難癖を付けようとする親玉を黙殺し、整列している人混みの意図が分からない碧眼の男は、順番を当然の如く抜かすと、道を塞ぐ足軽の横を颯爽と通り抜けようとした。
「おい貴様! 妙な奴だな!」
例外で男を通す筈もなく。足軽はすかさず身体を割り込ませ、碧眼の男の前方を塞いだ。
足軽の連れである二人の男もまた、槍を構えて行かせまいと軽く威圧し、男を一歩後ろへ下がらせる。
「通してやってください! 早く休ませてやらねぇと!」
気の弱い漁太は、碧眼の男の背後から、半分身体を隠して足軽へ頼み込んだ。
一部始終を静観していた農民たちも、この時ばかりはそうだそうだと口々に漁太に同調したが、足軽は野次など意に返さない様子で、胸を張り偉ぶった態度で依然道を塞いでいる。
©️2025 嵬動新九
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