二章 燠 二十四丁
とある山間にある広大な農地は秋立ち、養分を蓄え立派に育った蔬菜は収穫の時期を迎え。農民達は生き生きと、手塩に掛けた大根や蕪などの作物を、土から掘り起こしている。
広大な耕地を区切る畑道は、真っ直ぐに農村まで伸び、村道に繋がる整えられた畑道があるからこそ、農村と耕地の境は綺麗に分けられ、一面の景観を良くしている。
村へ続く畑道には、農作業を一先ず終え、一度自家に収穫した作物を届けて昼食にありつこうと、帰路につく人集りで溢れ返っていた。
村門へ向かって伸びるその行列はごった返しているが、ただ乱雑に入り乱れているのではなく。仲の良い者同士が暇を持て余すが故に談笑し、その塊が円を為し一つといわず、彼方此方で幾重にも輪を形作っているので乱れて見えるのだ。
農民だけではなく行商人や飛脚も列には混じり、時間にゆとりのある農民達とは違い、商いの為に訪れた者達は一様に怪訝な表情を浮かべ、時々背伸びをしては列は進んだのかと、待ち遠しい様子である。
だが少しずつではあるが、その列は前に進みつつあった。
村の口にこれ程の人集りが生じてしまった原因は、早朝から農民達が畑仕事に出た何れかの間に、急ごしらえの関所が村門に築かれ、足軽が村の出入りを封じているからである。が、そもそもの事の発端は、その簡素な関所の近くに立て掛けられた立札にあった。
前々から設置されているその触書を、読み書きが出来る者が稀である農民達は気にも留めず。何故道を塞いでいるのかと、槍を持って勇み立つ足軽へ、一々問い掛けて行く始末となっているのも益々混雑の一因となっている。
もはやお飾りとなっている立札の前には、3人の老人が屯し、札に記された触書が当然のように読めぬ老人は、難しい顔をするでもなく、ただ物珍しく立札を眺めていた。
「こんな小さい村にまで触れが回って来たんかー…。はぇー…」
華寿をとうに超えたであろう歳の老人は鍬を持ち、頭を掻きながら立札を見詰めて、連れの二人へと喋り掛けた。
話を振られた老人は、先程の老者と歳は同じくらいだが、顔には皺が少なく、腰は折れ曲がっていない。そして何より、この者は字が読めるらしく、立札を見詰めては頻りに顔を顰めている。
「鬼一人に金一両なぁ…。 せやかて、畑が忙しくて鬼対治どころやないで」
溜め息交じりに言った老人は伸びをして、腰を伸ばすついでに列は進んだのかと、人混みに目を向けた。
「暇でもせんわな。 儂等なぞ楊枝にされて終いじゃ」
列を頻りに眺める友人の横で、三人目の連れである一番年若い老人は、己の荷物の上に座り込み、立札を読んだ老人へ返事を返した。
この老者は、歳が他の二人よりも一回り以上若い為、よく動いて腹が減るのだろう。適当に土を落とした大根を齧り、瑞々しく良い出来だと、己の畑の味を噛み締めながら、土を落とした大根を二人に差し出した。
礼を言って二人はそれを受け取ると、年若な老人を間に挟んで腰を下ろし、家に帰るのは諦めた様子で、三人並んで仲良く大根を食べ始めた。
事情を知らぬ者には、如何にも異様な光景に映るであろうが、昼餉を道端で済ませているのは、この三人だけではない。
村近くの畑の外れに溜池があるのだが、そこにも数人の農民が屯し、調理が出来ないため野菜を洗っては、そのまま生で採れたての野菜を味わっている。
「縁起でもないこと言うもんちゃうで。 真に受けて対治に行ったきり戻らん奴もおるらしいぞぉ」
少し腹が満たされ余裕が生まれた初めの老人は、先程の会話の続きを再開させた。そして、租借する大根をのみ込むと、もう一言を付け加える。
「それに鬼騒ぎの所為で、儂ら身動きとれんのやからなぁ」
老人の言葉を、一理あると深く同意した表情で、三人は甘辛い大根で喉を潤わしながら何度も頷く。そこへ、滑りの悪い車輪が、地面の小石を踏み上げ、不快な音を立てて村の入り口へと向かって来た。
©️2025 嵬動新九
※盗作・転載・無断使用厳禁
※コピーペースト・スクリーンショット禁止
※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止




