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落貌ノ鬼『劔刀、いく世へ消えにし命さえ』  作者: 嵬動新九
第二章 燠 【黎明篇】

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二章 二十三丁 歓喜、消ゆる哭


 少女の後ろで座り込む農夫に、碧眼(へきがん)の男は協力を依頼しようと口を開き掛けたが、やはり思い直し口を(つぐ)んだ。


農夫は背を丸め、未だ全身を震わせて(むせ)び泣いている。その 憔悴 (しょうすい)しきった(さま)は、とてもではないが、治療を手伝える状態ではなかった。



「…私、やります! どうすればいいの?」


 状況を察した少女は、自身の両拳を握り締め、己を奮い立たせるように協力を名乗り出た。


 その申し出に、碧眼の男は一瞬困惑の色を見せるが、すぐに穏やかな表情で少女を見詰め返した。男の感情が変化したのは、協力をさせ幼い少女の心に傷を負わせてしまうかも知れぬ躊躇(ためら)いと、緊張で強張(こわば)った顔を懸命に隠し、気丈(きじょう)に振る舞う少女の姿を見て、己の考えを改めたからであった。



「傷を 押さえてほしい」

「はい!」


 碧眼の男は少女に柔らかく頼むと、漁太(りょうた)蝋燭(ろうそく)を手渡した。そして、手早く傷口周辺の血を拭い、()い針を用意し、開いて盛り上がってしまった傷を、少女が閉じてくれるのを待った。


 しかし、少女の小さい掌は己の胸元の着物を掴み、顔は青ざめ、切創(せっそう)を見詰めたまま身を石のように硬直させてしまっている。



 怯える少女の姿を見て、やはり年端のいかない少女に、治療を手伝わせるのは酷だったのだと、碧眼の男の心に後悔の念が押し寄せた。


利吉を斬った賊の親玉は、剣術などまともに鍛えた事がないと、素人でも分かるほどに傷が(いびつ)であった。

斬る際に躊躇ったのか、真っ直ぐに斬られず途中で折れ曲がってしまった刀傷は、大きく口を開いて肉が見え。(ろく)に手入れされていない刃で斬られた肉は盛り上がり、ある程度歳を重ねた大人であっても、この 創傷 (そうしょう)を見れば()()付くのは絶対だろう。


 協力を仰いだのは、早く治療を終える事で、怪我人の負担を減らせると考えたからであり、時は(いささ)か費やすが、碧眼の男だけでも縫合(ほうごう)が行えない訳ではない。

あまり悠長にする時が無いため、男は心の内で少女に感謝し、自身だけで取り掛かろうと身を少し屈めた。


 だが丁度そこへ、意を決した少女が震えながらも傷口に腕を伸ばした。


「おえええええっ!!!」

「きゃあああっ!!!」


 成り行きを眺めていた犬神が突如、少女の耳元で舌を出して嗚咽(おえつ)を漏らし、それに驚いた少女は悲鳴を上げて、身体を飛び上がらせた。


「ワシには無理だあぁああ !! 人間の臓物(ぞうもつ)など !!」


 犬神は叫び声を上げて少女の周りを飛び跳ねると、月に向かって宙を駆け、己だけこの状況から逃げ出した。


「いかないでぇ…! (そば)にいてよぅ…」


 少女は犬神を見上げて涙声を発し、腰を抜かしてへたり込んだまま、目に涙を溜めた。


その一連の出来事を見ていた碧眼の男は少女へ呼掛(よびか)け、振り返った少女へ微笑むと漁太が持つ蝋燭を指差した。


「…蝋燭(ろうそく)をみればいいの?」


 涙を拭い(たず)ねる少女に、碧眼の男は穏やかな顔で頷いた。



 ゆらゆらと揺蕩(たゆた)う炎の揺らぎは、海の波を眺める時と似た安らぎの効果がある。蝋燭ほどの小さな火であれば、人の気を静めるのに丁度良いと男は考えたのだろう。


 言われた通り、素直に蝋燭の火を見詰めていれば、腕の震えは治まり、少女の両腕はいつの間にか利吉の胸を押さえ、傷口を塞ぐことが出来ていた。



 治療の最中、一切対話はなく。穴底のしじまに、滝壺に落ち行く水音のみが響く静寂な空間は、一同の集中力を高めた。


 ぼうと灯る蝋燭の炎を見詰める少女の瞳は、いつからか己が意識せぬ間に、碧眼の男の容姿へと移り変わっている。

蝋燭の灯りで照らされ、長い影を落とす睫毛(まつげ)や整った鼻筋、金色の髪は日の光に耀(かがよ)う時とは、また違う秀麗(しゅうれい)さがあり。男の神秘的な雰囲気と美しい風貌に見惚(みほ)れ、少女は施術が終わるまで男の真剣な面差しから目を離すことが出来なかった。






©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

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