二章 二十一丁 歓喜、消ゆる哭
穴底に歓声を響かせ、賊達は縄梯子を岸壁に設置すると、続々と縦穴へ降り立った。そして、大喜びで立ち騒ぎ、牛鬼の死体を満足ゆくまで悦楽に浸って眺め、気が済めば鉈や斧で牛鬼の角を削り始める。
死骸に群がり、乱暴に解体を始めた賊達から逃げようと、涙を流しながら放心する農夫の手を引き、急いで少女はその場を離れた。
牛鬼に振り落とされ、雑草が生えた柔らかい地面に落下した碧眼の男に怪我はなく、元気に移動する少女の姿を見て安堵の表情を浮かべた。それから労るよう足元にすり寄って来た犬神を撫で、歩き出そうと一歩を踏み出したが、蹌踉めく身体を支えきれず地面に膝を付いた。
男の首と腕を覆う衣服からは、灰色の煙が立ち込め、肉が焼け焦げる匂いと、炭が弾ける音が身体の髄から響く。顎下まである腹掛けの上から男は首を押さえ、苦痛に顔を歪めて痛みが和らぐのをただ耐え忍んだ。
脂汗を滲ませ、痛苦に身を震わせる碧眼の男へ、賊の親玉は上機嫌な面構えで、ふてぶてしく話し掛けた。
「ご苦労だったなぁ! やるじゃねぇか! 褒美にここからは出してやる。 だから取分を分けろなんて馬鹿言うんじゃねぇーぞ」
にやにやと顔を歪ませ男を見下ろす親玉に、怒りを滾らせた碧眼の男は立ち上がり、相手と向かい合うと数歩その距離を縮めた。
「おいおいおい! 数勘定も出来ねぇのかぁ? 何か言いたげだなぁ?」
詰め寄った碧眼の男に怖じる様子も見せず親玉は刀を抜くと、子分を手招きし煽るように二度刀を振った。
言われるがまま子分は作業を中断し、親玉の元へ集まったが、子分の一人が碧眼の男を見て、おずおずと親玉へ耳打ちする。
「ア…ニキ…よそうぜ…? こいつ…あの化け物を切り刻んだんですぜ……怒らせちゃいけねぇ…」
ちらりちらりと碧眼の男を垣間見て耳打ちをする子分の言葉通り、男の顔付きは怒気に染まり、鞘に納刀された刀に指は触れていないものの、親玉を睨め付ける青い瞳は、平助らが命を落とした元凶である、野盗の極悪非道な行いを罵っている眼差しだった。
容姿を隠さず、憤激する様を露わにする碧眼の男を暫し眺め、親玉は口の端を何の悪びれもなく吊り上げた。
「は!仕方ねーな。こいつより先に金を受け取りゃ済む話だ」
くだらないと言いたげに碧眼の男へ背を向けると、親玉は足を投げ出す横柄な歩き方で、牛鬼の骸へと向かって行った。
「まっ待ってくれ !! 利吉はまだ生きてんだ! 手を貸してくだせぇ !!」
自分達を崖から突き落とした仲間達に、漁太は見捨てないでくれと必死に叫んだ。
当然ではあるが漁太の嘆願を聞いて、手助けをしようと動く賊は一人も居ない。
崖から落ちた際、利吉と漁太は木に引っ掛かり幸運にも命を失わずに済んだが、負傷した利吉は意識がなく、傷口からは大量の血が流れ出てしまっている。このまま放っておくと、血を流しすぎて死んでしまうだろう。
必死に自身の帯で、利吉の傷口を押さえる漁太を、親玉は蔑んだ眼差しで睨み付けた。
「知らねぇよ。テメーみてぇな使えねぇクズがここまで生き残りやがって。さっさと野垂れ死ね!」
恨みを込めた眼差しで漁太に吐き捨てた親玉は、子分を引き連れ死骸の元へと戻った。
「そんな…アニキィ…!」
愈々親玉に見捨てられた漁太は目に涙を浮かべ、希望潰えた様子で肩を落とした。
「鬼を狩るなど愚かしい真似を…。悪行は因果となりて貴様を祟るぞ」
犬神は碧眼の男の足に身を擦り寄せ、親玉の背に皮肉ともいえる戒めの言葉を放った。が、親玉はその忠告を鼻で笑い、牛鬼の伸びた足を軽く蹴り、まだ終わらないのかと手下を罵った。
やるせない思いを抱え、賊達への怒りを呑み込むように碧眼の男は親玉から視線を逸らした。憤怒に染まっていたその表情は、次第に亡くなった者達への悲しみと悔恨で満ち。肩を落とした男は、暫し顔を俯けたまま自責の念に苛まれた。
©️2025 嵬動新九
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