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無貌ノ鬼【四章完結】  作者: 嵬動新九
第一章 蠱獄   ―黎明篇―

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一章 蠱獄  十二丁



 ほんの寸刻、地揺れが収まったと思いきや、事態は一変する事となった。


 耳を(つんざ)く笑い声と共に、銀杏(いちょう)の木に隣接した小屋を破壊して、巨大な蛇が突如姿を現したのだ。そして大蛇は、数々の家屋を押し潰しながら20mを(ゆう)に超える巨体を地中から()い出して、逃げる少女を尾で華麗に捕らえた。


「きゃあああッ!!」


 少女の身体は高々と持ち上げられ、()(すべ)のない少女は悲鳴を上げ宙を掻いた。


 予想だにしていなかった新手(あらて)に坂田一行は戸惑い、大蛇の巨体と宙に抱えられた小さな少女を、愕然と見上げる事しか出来ない。


(ようや)く見付けたぁ!! 見付けたぁ!! 極上の馳走(ちそう)じゃあ !!」


 翡翠(ひすい)色の(うろこ)を輝かせ、身を(よじ)り喜ぶ蟒蛇(うわばみ)の大笑が通りに響き渡り、坂田達はその声量の大きさに顔を(しか)める。


「何だと…!もう一匹いたのか…!!」


 巨大な蛇を見上げて口惜(くちお)しげに呟いた坂田の横で、万雷(ばんらい)は関心した面持ちで蟒蛇(うわばみ)を見上げ、大口を開けて歓声を漏らす。しかし、万雷とは対照的に配下の者達は、人家を(はる)かに超える蟒蛇の巨体に狼狽(うろた)え、坂田を巻き込んで後ろへと後退ってしまう。


「で…でかい…!!」


 (どよ)めき怖気付(おじけづ)いて後退する男達と()れ違いに、鬼面の男は前方へ歩を進める。


 蟒蛇の巨体に動ずる事なく、ゆっくりとその巨体の目下へと向かって行く鬼面男に、坂田一同は(いささ)か呆気に取られ男の背を見詰めた。


「……イド…」


 野衾(のぶすま)の口から(わず)かに発せられたイドと名を呼ぶ声に、喜び湧いていた蟒蛇(うわばみ)は雷に打たれたかのように寸秒硬直したが、すぐに身を動かすと巨大な目で野衾の姿を探した。そして捉えた野衾の変わり果てた姿に、蟒蛇は再び身を硬直させ、徐々に全身を震わせる様は衝撃に打ちひしがれて見える。


 野衾(のぶすま)の胴体は黒炎で燃え(かす)となり、もはや首は命尽きる間際なのか、目は半分閉じかけている。大きな鼻と口からは血が流れ、何かを伝えようと虚しく口を動かす度に、血が口外(こうがい)へと波打って流れ出る様は、人の生き血を吸いそれを(かて)として生きていた妖怪には惨憺(さんたん)な最期である。


「すま…ん…すまん…な………。お前…だけ…で…も……ここ……から――………」


 言い終える途中で野衾は口を薄く開いたまま果てた。


片羽(かたは) !!」


 巨大な目に涙を溜め、何度も野衾の名を叫び、(むくろ)へと巨体を滑らせる蟒蛇に坂田一同は驚愕した。それは不意に迫る蟒蛇の巨体に()き殺される(すんで)の所で(かわ)し、難を逃れたのもあるが、仲間の死を悲しみその(むくろ)に駆け寄るという意外な行動を目の当たりにした 喫驚 (きっきょう)だった。


 数々の妖怪と争闘し、それなりに知見がある一同ですらも、この様な仲間意識を持つ蟒蛇の行動は珍しく、野衾の名を泣き叫び、骸を胴で囲い抱きしめる形で慟哭(どうこく)する蟒蛇の様子に、坂田一同はどうにも面食らってしまう。



 ――当然ではあるが蟒蛇は元来、この巨体であった訳ではない。


 (かつ)て子蛇であった蟒蛇は、子供の悪戯(いたずら)()れ井戸へ落とされ、幾日も幾日も飢えと喉の渇きに苦しんだ。


 このまま()れ井戸の中で、命尽き最期を迎えるのだと諦めていた蟒蛇へ、野衾だけが己の食べ残しを、涸れ井戸へ投げ込んだのだ。


 そうして蟒蛇は餓死の危機を、日々野衾が餌を涸れ井戸へ運んだ事で生き(ながら)える事が出来た。だからこそ、野衾に危険があれば蟒蛇は(かば)い、無二の友として固い絆で結ばれている。翼が折れ飛べない野衾と、涸れ井戸から抜け出せぬ蟒蛇はこうして幾度も助け合い、共に困難を乗り越えてきた。


 いつか共に、この村を出て二人で自由に生きてゆくのだと、幾年も費やし涸れ井戸の中からやっと脱したあの時の喜びを――鬼さえ現れなければ、蟒蛇と野衾は果たすことが出来たのだ。


 こうした野衾との日々が、蟒蛇の涙を止め()なく溢れさせていた。



「貴様等よくもッ!! 許さぬ !! 八つ裂きにしてやるッ!!」


 怒り狂う蟒蛇のあまりの剣幕に、事情の知らぬ男達は困惑し、ただ落ち着きなく蟒蛇を見上げるのみである。


「その(わらべ)を放せ。大して腹は満たされんだろう」


 蟒蛇の怒声を物ともせず、鬼面の男は涼しい声色で蟒蛇へと呼び掛けた。


「誰が片羽(かたは)を殺したッ!!? そやつを一番に喰ろうてやるわ !!」


 頭に血が上った蟒蛇には、鬼面男の言い放った言葉が聞こえてはおらず、執拗(しつよう)に怒鳴り散らして一人また一人と巨大な瞳で、野衾を殺めた人物が誰なのかを探る。――そして蟒蛇の瞳が、遂に万雷を捉えたその時。



 万雷は鬼面男の背を指差し、何かを言いたげに蟒蛇へと目配せを始めた。

 それを眺めていた数人の配下達も、万雷に(なら)って腕を真っ直ぐに伸ばし鬼面男の背を指差す。



 赤く腫れた頬を押さえる坂田は、視線の端で捉えたその光景に、一瞬信じられないものを見たという面相で万雷を二度見したが、男から受けた頬の痛みを思い出し、見て見ぬ振りをしてすぐに蟒蛇へ視線を戻した。



「貴様かぁあ…!!」

「ほぅ勘が良いな」


 万雷達の誘導で、蟒蛇は鬼面男の目前まで首を下げ、長い舌を振り乱し憎々しげに男を睨む。蟒蛇の鼻息で男の着衣は激しく靡いたが、やはり鬼面の男は動じず、味方に売られた事にも気が付かぬ様子で、堂々と正面から蟒蛇を見詰め返した。


「お逃げ…ください…!みんな…食べられて…しまいます…!」


 胴を捕らえられ、恐怖で弱々しく言葉を発した少女によって、蟒蛇は唐突に正気を取り戻した。


 友を殺され怒りに我を忘れていた筈が、少女が口を開いた事でその存在を思い出し、蟒蛇は鬼面男から目を逸らし遠ざかると、尾で宙吊りに捕らえる少女へと大口を近付けた。


 少女は眼前に迫る蛇の頭から、少しでも距離を取ろうと咄嗟に身を後ろへと引き、恐怖から必死に両腕をじたばたと暴れさせる。


「そうだ…、忘れる所であったわ。――労して手に入れたのだぁ…!」


 語り終えてもいない中途半端な状態で、蟒蛇は突如少女を上空へと放り投げた。



 少女は悲鳴を上げ、その小さな体は高々と大空へ舞い上がり、やがて重力によって蟒蛇の元へと垂直に落下してゆく。


「まずはこの餓鬼を喰わねばな !!」


 己の頭上へと落下する少女を喰らおうと、蟒蛇は真上に首を向け顎を外し、巨大な(うろ)の如き大口で、少女の小さな体が自然と口の中へ収まるのを待った。


 大蛇の口内へと落ち行く最中、死に抗う力無き少女は恐怖に体を丸め、両眼を固く閉じ死にたくないとただ願い。そしてその祈りが通じたかのように、少女の耳に(かす)かに鈴の音が届いた。






©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

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