五章 十五丁 鬼塒
軍議を終えた足で即刻、宅へ籠もった綱影は、休息の間も惜しみ多忙を熟していた。
その自室は意外にも狭く。整理整頓が行き届いた室内は、こうして机に向かったままの状態でも、必要な書類や道具が全て手の届く位置にある。
私室というものは、習慣や人格、心情を明瞭に映すことから、事務と 就床 以外の無駄を省いたこの部屋は、男の厳粛な内面をまさに表しているといえるだろう。
さして日の当たらぬ格子窓を閉め切り、灯火がなければままならぬ間取り悪しい室は、当主たる男に相応しいとは思えない。が、日頃より暗色ばかりの地味な装いを選ぶ男には、見て呉れや威厳など些事に過ぎず、己を飾る事に如何ほどの価値も見出していないのが窺い知れる。
四人程で手狭に感じてしまう室には、 忠僕 ともいえる少年らが忙しく出入り、一人ずつ招かれては、廊下へ待つ者と順に入れ替わる。
長大となっていた列は半刻も要さずに捌け、残る一人が漸く室に迎え入れられた。
綱影が側仕えとして使う腹心が、少年の報告を聞き、差し出した書簡を代わりに受け取り中を改める。
この男は、綱影が常時側に使える事を許す五人の腹心の一人であり、三十も半ばに差し掛かり、どことなく顔に憂を潜ませていた。
「うん、行って良い」
書簡を綱影へ橋渡し、一息を吐いた男は少年を解放する。
少年は機敏な所作で礼を返すと、直ちに部屋を立ち去り、障子を丁寧に閉め切った。
室には側近である男と、綱影のみとなり、束の間の気を抜くには丁度良い頃合いだが、二人は息抜きを挟まなかった。
少年達が提出した書簡に目を通し、綱影はそれを蝋燭に掛けて燃やすと、次々鉄箱へ投げ捨てる。
「鳥什丸の知らせはこれで全てか」
書状に書き入れる手を止めず、綱影は側近へ確認を取った。
頷いた際、頬の横一文の古傷に、髪が触れたのが心地悪く、男は顰め面で返す。
「はい。しかして――…」
男が含ませたその時、室外からの喧騒が囂々と耳に入った。
何者かを制止しようとする少年達の声と、床板を乱暴に踏み歩く足音が、綱影の室へと疑いなく迫る。
突の事に、腹心の男は混迷するも、綱影を庇うよう廊下側へ移動する。
しかし、綱影は筆を置き。
腕一本で側近を無理に後ろへ下がらせると、全てを察した様子で障子を見通す。
「お待ちを…ッ! 白影様!白影様 !!」
少年等の呼び止めに応じず障子は力任せに開かれ、薄暗い室内に光が訪れると同時に、障子口に仁王立つ青年は黒鞘から刀を引き抜いた。
腹心の男は、咄嗟に脇差しへ指を掛ける――が、紙一重の差で。
投じられた青年の刀は、綱影の膝元である畳を深く貫いた。
半分以下にまで折損していたその刀は、 膝頭 より一寸ほどの際どい位置にあるが、綱影は眉一つ動かさず、睨め付ける青年を見返す。
「てめぇの助けなど、二度と借りるか…!」
怒りを噛み殺す青年へ、綱影は些末な事のように言い捨てる。
「あれが人に見えるなら、それはお前の愚かさだ。白影」
冷然と見透かした綱影の物言いは、青年の怒りを更に煽り立てた。
「黙れ、このクズ野郎」
青年は罵ると踵を返し、その背に綱影は侮蔑した口調で言い放つ。
「その様な醜態で、お前は奴に辿り着けん」
足を止めると、青年は帯する黒鞘を庭へ投げ捨てた。
「ほざけ」
青年は綱影の元を立ち去り、腹心の男は引き留めようと思い立つが、目を赤らめて言い淀み。口を挟めず中庭で見守る少年等は、まさかの出来事に呆然と立ち尽くしている。
そして綱影は、去り行く実子の姿が途切れるまで、視線を逸らす事はなかった。
©️2025 嵬動新九
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