五章 十四丁 斬の報い
縁にて、始終を静観していた立花は、携帯していた炭の欠片を煙管に入れ、一服つける。手慣れた所作で紫煙を薫らせながら、喜兵衛を連れて座敷を後にした片倉の背を見送り、哀切を拭い去れぬ面持ちのまま空を仰ぎ見た。
「ふぅ…、死人が出るかと思うたわ」
縁側へ出た丹羽は、先の悶着に冷や冷やといった様子で、立花に声を掛けた。
「立花殿、儂の宿でこいつでもどうだ?」
酒を飲む仕草で誘う丹羽の提案を、すぐに折っては気に障るかと考え、立花は少しだけ悩む素振りをする。
「折角だが悪いな。 嫁にせがまれて禁酒中でな」
「うむ、そうか。 ではいつまで江戸に留まられるのだ?」
誘いを断わられたが丹羽は食い下がり、手探りで相手の興味を引き、自国に戻るまでに結び付きを得る切っ掛けをつくろうとしている。
細則を無視する丹羽の不可解な行動に、経験の浅さを見抜いた立花は、指導を兼ねてはっきりと一線を引いた。
「心は汲むが…俺にはそんな気はないと言っておく」
面を秘する青年等が、此方へ耳を欹てている気配を感じ取り、立花は丹羽の胸に肘を付くと声を潜めた。
「あんた新参だろう? それとも男らしいだけか?」
立花の色っぽい所作に、若齢を疾に過ぎた高年である筈の男が、生唾を呑み込んだ。
「洒落にならんぞ、白昼堂々誘い出すなんざ。――よからぬ噂が立つぜ」
耳元でそう囁くと、立花はするりと身を離し、理解を促すよう微笑を浮かべる。
しかし誤解を生む仕草と、人を誑し込む雰囲気により、意味を履き違えた丹羽は、老顔を赤らめ、慌てて立花から距離を取った。
「や…やめぬか!老いぼれ相手に…! 人聞き悪しい !!」
叱り付けられた事に納得がゆかぬ立花は、小首を傾げながら煙管から最後の煙を味わうと、丹羽へ背を向ける。
「じゃあな、お互い死なないといいな」
立花は別れを告げてその場を離れ、表口で合流を待っていた白髪の青年と従者を労い、先に戸口を出た。
その後を追う白髪の青年は、去り際に座敷へ残る者達を睨み。青年の鋭い剣幕は、敵意と、誰も信用に値しない事を一同へ告げていた。
青年とは犬猿の間柄となった加賀爪は、あまりの態度にむっと顔を顰め、失せろと身振りで追い払い。がんを飛ばされる覚えのない丹羽と奥村は、不信を募らせた。
「……あの者とは…、関わってはなりませぬ」
震える声で、ある少年が忠告を発し、咄嗟の事に丹羽が振り返れば、頭巾の隙間から覗く少年の眼差しには、確かに恐怖が宿っていた。そして幾人かの若者らも同様に、悪寒に震え、白髪の青年から目を背けている。
「行こうぜ、重太郎」
立花が促すと、白髪の青年はゆったりと歩み出し、その刺すような眼光から逃れた若者等は一斉に胸を撫で下ろした。
しかし、丹羽はただ一人、座敷を離れ行く二人組を呆然と見詰める。
「岩見といったか…。あの見目形…――まるで彼奴の生き写しぞ…」
得体の知れぬ違和感を抱きながら、伝説として語り継がれる岩見重太郎の姿を思い起こし、その背を青年へ重ねた。
©️2025 嵬動新九
草履取りのお話
武士が座敷に上がる際に、大人数が一斉に履物を放置すると玄関が乱れるので、「草履取り(ぞうりとり)」という役職の者が、主人の草履を腰に差すか、懐へ入れて預かっていたそうです。
主人が帰ってくる際には、離れた位置からシュッ!っと草履を投げ、ちゃんと向きを揃えて寄越すのが常識らしく…ほんまかいな!? 逆に失礼では!? …と、拙者は疑ってしまいましたが、ほんとだそうです!
でもよーく想像すれば……ぴたっと揃えたらカッコイイかもしれん!と思えてきました(^_^)
草履取りはめっちゃ練習して技を身につけたそうです、うーん素晴らしい!
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