五章 十二丁 斬の報い
そうした掛け合いを、立ち去る様子もなく観察していた桜田は、縁側へやって来た従者が誰のものなのか、ぐるりと儺斬らを見渡した。
一礼をして履物を用意するのは、各務の従者であったようで、己の帯に挟み込んだ主の草履を、手早く沓脱石の上へ揃えて待ち。気付いた各務は仲間へ頭を下げ、別れを告げた。
「迎えが参ったので、これにて失礼仕る」
そう告げた各務に、奥村と加賀爪は簡素に挨拶を返し、各務が庭へ下りたのを機に、己の従者を見掛けた片倉は、同じく縁側へ出り。二十中頃の喜兵衛という若顔の従者と、親しげに言葉を交わした。
それぞれが帰路に就く中、己の従者が未だ現れぬ立花は、気疲れた様子で口を利いた。
「聞き耳を立てていただけだが、疲れるもんだな」
そして、座敷で身体を労る奥村へ、励ますよう笑みを向ける。
「外の気を吸うのも、よい休息になるやもしれませんぜ」
言い終えると立花はすらりと立ち上がり、舞の一部であるかの様な、しなやかな身の熟しに見惚れた男等は、縁側へ行く立花の背をほうと見送った。
縁へ出れば、やはり晴れやかな心地になり、座敷からの眺めが単調にならぬよう、一部に石庭が設けられている。
ゆとりを取って建造がされているため、遠方まで敷き詰められた砂利道を行く坂田の姿や、それとすれ違うように此方へ向かう従者達の姿がよく見通せ。更に目線を上げれば、境内の寺社が木々を越えて顔を出し、陽光差し込むその遠々しい風景に目が疲れれば、また石庭へ戻るよう視点が導かれる。
石庭の風景は特に目を引くものはなけれども、特別な領域を演出し、今はまだ蕾をみせぬ桜が、控え目に 植栽 された景観は、人心地つくには丁度良い。そんな事を考えながら立花は、半顔に落ち込む前髪を掻き上げた。
「ここは桜が見事なそうな」
草履を履き終えた各務は、立花にあやかり庭を見渡す。
「…風情を弁えぬ鬼が来たものよ」
言い残すと各務は目の前を横切り、離れ座敷を後にした。
境内を行く人通りに各務が加わり、先に表口から座敷を出た坂田は、漸く万雷と合流する所である。
うつらうつらと居眠りをしている万雷は、迎えと共に離れ座敷を後にする坂田の姿を見るや、己も主の元へ参じた。
「ふわぁあ…若! 待ち侘びましたぞぉ」
欠伸交じりにのろのろと合流する万雷の顔を拝んだ瞬間――文を葬り去った過去の愚行が過ぎり、坂田は激情のままに万雷の脛を蹴る。
「あいたーッ!! 何をなさるのです !! 痛いではありませぬかッ!!」
「黙れ。貴様は暫く口を開くな」
脛を押さえて悶絶する万雷へ坂田は吐き捨て、その場に捨て置く。
その暴虐を目にした儺斬らは騒然となり、各務は坂田とは別の参道へそそくさと避けていった。
「御手討ちだけはぁー! どうか御手討ちだけはお許しくだされー!!」
「黙れッ!! 大袈裟に騒ぐな !!」
万雷は砂利に寝そべり許しを乞うているが、にたにたと笑み。反省のない事を見抜いている坂田は声を荒げた。
離れ座敷に居残る儺斬達には、万雷の表情までは捉えられず、一様に坂田の人格を疑い。
草履を履く途中である片倉は、呆気に取られた様子で、罵り合う坂田と万雷を見詰めている。
「温厚で情け深いとの噂であったが当てにならんな…。なんと荒くましい…。 絡まれぬよう目を――…」
片倉は、やれやれといった調子で喜兵衛へと語り掛けたが、不意に従者の異変を察し言葉を切る。
喜兵衛は、座敷内のとある人物をぎっと睨み付け、まだ純粋さの残る柔らかい顔立ちは、憎々しく歪んでいた。
呼吸を徐々に荒げ、身体を震わせながら必死に怒りを押し殺す喜兵衛を、目の当たりにしようとも、積怨の矛先である桜田は、何食わぬ顔で表戸へ向かう。
そのまま波風を立てずに立ち去れば、喜兵衛はこの場を堪え忍べるだろう。が、事もあろうに、桜田は嘲笑うかのように口角を引き上げた。
――瞬間、我慢の糸が断ち切れた喜兵衛は、土足で縁側を踏み込み、刀に手を掛け桜田へ襲い掛かった。
©️2025 嵬動新九
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