五章 十丁 軍議
立て膝に腕を休ませ、その指先だけを気楽に上げた末席の青年は、退屈を含んだゆとりある顔付きであった。
この青年は、もとよりかなりの風変わりで、若齢では珍しい白髪を蓄え、礼儀作法の一切合切が未踏の域であるかのように不羈奔放に振る舞っていた。
上品な鼻筋や唇は女性的な繊細さを思わせ、精悍な眉目と引き立て合い。その均整の取れた顔立ちのお陰か、まだあどけなさが残る齢の為か、不行儀に振る舞おうがそれほど粗暴には見えない。
「名を名乗れ」
予てより青年の態度が気に食わない加賀爪は、鬱積を隠さず語気を強める。
「無い。あんたに名乗る名は」
言下に答えた青年は、気怠げに腕を降ろす。
「なに…!?」
「無貌鬼など、俺にはどうでもいい」
更に憤る相手を前に、青年は喧嘩なら買ってやると言わんがばかりの態度で続ける。
「貴様ッ己が――」
「どうでもいいと言ってる。二ギハヤヒの一族など、死ねばいい」
加賀爪を遮るように青年は言い捨て、そのあまりの言い種に、斜め向かいである立花は困り顔を当人へ送った。
この時の青年の主張が腑に落ちぬ者は、後にその意味を思い知ることとなり、知恵は回らぬが儺斬での歴が長い加賀爪には、当然理解の及ぶ話であった。
だが、陰日向のない男の性格からしてみれば、眼中人無しである青年の態度は、到底許し難く。しかしこれ以上の口論の無益さを分からぬほどの愚か者ではない為、皮肉を吐く事で一先ずは己の怒りを収めようと努めた。
「手柄を逃した儺斬の恥辱者めが。 その 好色面 …大方 橙武者 の倅であろう。
ならば仕方なかろうて」
常に余裕を保つ青年であったが、悪態を聞くや表情を一変させた。
「その舌、斬り落としてやろうか」
にんまりと笑みを浮かべながら青年が殺気を放った事で、貌隠す若者等は音を立てず柄を握る。
今にも火蓋が切られる危うい状況を、見かねた奥村が取りなそうとするが、意外な者が先んじた。
「そこまでに。 折角寄り合ったんだ、親しくあろうぜ」
声の主である立花を、加賀爪は口出しするなと睨み付けたが、その容姿を見て目を剥いた。
色むらのある褐髪を肩まで垂らす立花は、これまで加賀爪が遭遇したどの遊女よりも、群を抜いての花貌である。
屈強な男達とは異なって線が細く、そのため隣りに座す各務の恰幅と苦味走る容姿が際立ち。立花が決して小柄という訳では無いが、男にしては筋の落ちたすらりとした体付きと、三十路を越えている事で、未熟さの抜けた美妙な雰囲気は、相手が男であろうと骨抜きにする威力があった。
その麗しい見た目に絶句する加賀爪へ、立花は茶化すように笑顔を向ける。
「舌は禍の根ですぜ」
指先で己の口元を指差しながら愛嬌を振りまく立花に、加賀爪は毒気を抜かれ、そっぽを向いた。
「…う…うむ。 優男 め…っ、調子の狂う…」
加賀爪は自身の赤らんだ頬を指で掻き、これ以降は手懐けられた獣の如く大人しくなり、揉め事を起こすことはなかった。
その様子を蔑んだ目で見詰めていた九条は、あからさまに溜息を漏らし、喧嘩沙汰で忘れ去られた軍議へ場を戻した。
「煩わしきは、鬼さんだけやありまへんえ」
一同の緊張の緩みを感じ取り、事の重大さを再認識させるよう九条は続ける。
「大門が開き……殊に半隠る妖が、生滅修羅無道の元へ集えば…」
九条は敢えてその先を言わず口を閉じ、言を俟たずして戦の匂いを嗅ぎ分ける男達の目に気迫が漲った。
「迎え討つのみ」
腹を据えた綱影の物言いは、すでに戦端が開かれた実状を知らしめる。
「生滅修羅無道が鬼の手中に落つ、この大事…。――もはや、火は全土に及ぼう」
必ず動乱が起こると強調した上で、綱影は討論を差し挟む余地も与えず一同へ命ずる。
「己が領にて陣立てを崩すな。 来たる怪異魍魎、全て斬れ」
行方の掴めぬ鬼逐いへ兵を割くならば、防衛に総力を注ぐべきだと判断した綱影に、儺斬衆らは総員が同意した。
これより防衛の陣を引き、各員は持ち場となる領内の守備を第一とする――この綱影の見極めは、後の戦局を大いに左右することとなる。
異論なく進行するのを見計らい、綱影の後ろへ控える従者の一人が、縦長の地図を列の中心へ広げる。その和紙には、日本図が記されており、各国の領土が詳細に描かれていた。
この地図を用い、今後の連携と陣取りをこれから話し合い。愈々本腰を入れた軍議は、辰から午の刻まで続いた――。
©️2025 嵬動新九
十丁をご覧いただき有難う御座いました!
この回では新たに12人の儺斬衆が登場しました、各々の思惑や行動が物語に関わり展開してゆきます。
この後の物語も楽しんでいただけましたら幸いに御座います。
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