五章 八丁 軍議
各務は障子側の中座におり、顎を引いて胡座を搔く姿は重みがあった。
視線を引き込もうとも泰然と構え、三十の半ばを過ぎたにしては小皺の目立つ相は、苦労ゆえか年齢よりも男を老け込んで見せた。
「船が乗り上げ…浜へ打ち上げられた積荷は拾い上げても盗みにはならぬと。
…浜に集まった者共は、我を忘れ拾い集めていたそうに」
「何事じゃ? 筋が見えぬ」
淡々と語り続ける各務を訝しみ、末席の丹羽が口を挟んだ。
「すると何時しか…黄昏が血色に染めた海原に…、…――鬼が、立っていたそうな」
重大な事柄を口にした途端、倦怠の色を浮かべ始めていた者達の面持ちは変じ、食い入るよう各務の語りに耳を傾ける。
「ある者は眼を抉られ…、手足を切り落とされ……。 それは惨たらしい光景であったそうな…」
それほど哀れに言わず、情感のない各務の声が止めば、座敷は暫し静まり返った。
「……その話は真か?」
向かいに座る片倉は、真偽を見定める様な眼差しを向け、それでも各務は畳の目に視線を落としたまま答える。
「如何にも。出雲国の話にて。 我が領内へ逃げてきた童共が口を揃えて、恐ろしい…顔の無い鬼だったと……」
鬼の姿を想像したのか、各務は眉間に皺を走らせ、漸く異なる表情を見せる。
そして同じく、鬼に心当たりのある者が一名。
同様に眉を寄せ、坂田は期せず碧眼の男と出会った光景を想起していた。
「無貌鬼…」
碧眼の男が探る鬼と同一である事を察した坂田は、つい口を滑らせる。
「うまく例えられましたな、坂田殿。 それとも何か便りをお持ちで?」
隣席のため坂田の呟きがはっきり聞こえた奥村は、純真な心で情報の共有を促した。
「いえ、某は何も」
気を取られた坂田は、この場でそれ以上は語らず、やんわりと求めを躱す。
「知らぬという筈はないでしょう」
そこへ桜田が割り込み、含みのある物言いで持論を進めた。
「今でも奴等と懇意であられる貴殿が…、助成の便りを受け取っておらぬなど通りませぬ」
出雲から救援を願い出た文書が届いている筈だと、冷ややかに笑う桜田の一言で、衆らの内に疑念が芽生えた事を坂田は感じた。
「もしや此度の遅参も、何か裏があられるのですかな?」
付言する形で、桜田は軍議の遅刻にすら疑いを向けさせ、まるで坂田に 二心 あるかの様に述べる。その目論見通り、不信を宿した眼差しが渦中の者へ集まった。
他人を失墜させるのが、もはや性分の男なのだろうと、内心呆れ果てた坂田はさして心乱さずに弁明する。
「懇意について相違は御座いませぬが…、鬼については何も存じませぬ。
此度の――…」
冷静に疑いを晴らしていた坂田であったが、胸に何かが引っ掛かり、はっと口を閉ざした。
―――そう、あれは半季を過ぎた頃か、以前か…。
正確に思い出せないが、確か稽古を終えてすぐの事であった。
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