五章 一丁 大井川徒歩渡し
雄大な川面に、点々と幾つもの頭が行き交い。
箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川と詠われたこの川越しの難所を、人足たちは今日もゆく。
渇水の際は川底浅く、複数の流路に分かれるため舟は使い物にならず。そして洪水となれば、一条の大河へ変わり橋を押し流す。
こうして頻繁に増水を繰り返す大井川は、河床が安定しないため掛け渡しは断念され、架橋や渡り舟を禁止された川を、唯一渡してくれる存在が川越人足であった。
練磨を重ね熟練の技を得た者が、客の足首をもって 肩車 で担ぎ。七百二十間の川幅を、大人を負うて徒渉するのは、並々ならぬ訓練の成果が窺える。
銭を積めば、連台という乗り物で川渡れ、神輿と同様に四人掛りで担ぎ上げるこれならば安定感があり、雨上がりの今のような水位の高い日は、連台を利用する客が多く見える。
連台の中には、大名や公家が乗ずる駕籠をそのまま積み込める、担ぎ手が二十四ほど必要な大規模なものもあるが、その様な奇観が拝めるのは余程の巡り合わせである。
見所の機に恵まれなかった事で、幸不幸をあれこれ準えるのは大袈裟であるが。さりとて川越しには運が不可欠となる。
長雨で水嵩が脇を超えれば安全を考慮して川留めとなり、水位が下がるまで幾日も宿で足止めをくう。雨天が続けば、金谷や島田宿は笑みが止まぬほど儲かるが、事情のある旅人にとっては不足の出費であった。
季節外れの大雨に遭った人々はつきがないと不貞腐れたものだが、七夜も待てば漸く運が巡って、眩しいくらいの太陽が冬空に昇り。川水の減った本日は、待ち惚けから解放された人々が喜び勇んで、一斉に川へ取り掛かった為、これほど賑わう川面は滅多に目に掛かれない光景である。
澄み渡った快晴の空を背に、雪景の富士山は川渡る人々を見送り、寒風が抑えられた気候は快適で、冬の川越しには珍しいくらいの日和となった。
川の穏やかなせせらぎと重ねて、笑い声や、中には足先が濡れたなどの野次もあるが、比較的和やかな声が四方八方を賑わせ。――そんな人々の往来に紛れ、大井川を行くネイ達の姿があった。
追手に悟られぬよう姿を忍ばせ、養生を取りつつも順調に旅を進めていたが、長雨に足止められ、川渡りが再開されたこの機に周囲と同じく大川へ挑んだ。
ネイは合羽を目深に被り、御鈴姫も単衣を被いで潜み、更に用心深く二人は川岸で購入した編笠で顔を隠しながら、二人乗りの連台に向かい合って座り、六人の人足に運ばれ河心まで辿り着いた。
岸へ行くには残るは半分だが、 遠江 、駿河の境にある東海道最大と云われるこの大河は、河原が広く。対岸の人々は、まだ蟻のように小さく蠢いて見える。
渡り切るには時と労力をまだまだ要するだろう。
人に担いでもらい自分が楽をするというのは少々抵抗があったが、武士の身分でない者が馬に乗り、川渡る事は禁ぜられている為。馬を引く役目に二人、平連台が六人、計八人分の川札と台札を購入した。
かなり高額となったが不満はなく。荷を積み込んだ馬を引く手間や、雨上がる間に宿で休息を得たにしても川越しが堪える我が身を思えば、不便といえるこの川渡しの制度は、もはや助け舟であった。
加えて、行き交う人や、川面から風景を眺めるのは有意義で楽しく。
そして何より、御鈴姫が目を輝かせ、無邪気に遊んでいる姿が微笑ましい。
平連台は梯子状に板が組まれた造りならではの、下を向けば水面が見え、水が跳ねれば尻に掛かる。
その度に、御鈴姫は笑い。きゃきゃと喜ぶ反応が面白いのか、犬神は連台から身を乗り出し、水に浸した尾先を振って、御鈴姫へ更なる冷水を飛ばす。
「きゃ!わぁ!狛ちゃん冷たい!」
顔に降りかかる飛沫を笠で防御する御鈴姫へ、狛和丸は含み笑いながら余計に水を浴びせた。
©️2025 嵬動新九
この度五章が公開となりました、今後ともよろしくお願い致します!
720間は1300mらしいです。広い…っ!広すぎるぞ大井川…っ!
徒歩渡しと検索すると、当時の風景を描写した日本画が出てきますので、ご興味のある方は是非(^^)
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