四章 十七丁 光耀
有明けを迎えた天は夜に遮られ、金堂を破る無数の亀裂から 朧月 が覗く。
内壁が散在した堂内には、男達の骸が折り重なって倒れ、屍から流れ出た血は土へ滲み渡る。
迸る血飛沫は朱塗りの柱を汚し、血に塗れた堂内で、生き延びようと決死に足掻く男の姿があった。
「兵は……ッ他に…おらんのか…ッ!?」
当代である文近は、助けを求むるも現れる者はなく、骸に足を取られながら逃げ道を探す。
しかし、岩壁に背を打ち付け、これ以上の逃げ場がない事を悟ると、感情のままに喚き叫んだ。
男の退路を断つよう前方から歩む人影は、ひたひたと素足で血を踏み締め。
月光に妖しく光る白角が、女の色香に惧れを寄せている。
一滴の返り血すら衣服に付けず、淀みなく進む女の圧に、耐えかねた男は自棄を起こし、刀を振り乱して相手へ躍り出た。
しかし、悲運にも。
辛うじて形を保っていた石像の一部が壊落し、剥がれた巨石は下方を押し潰して文近を圧殺した。
黒髪の鬼女の目前に、金色の角が転がり落ち。先まで男が握り締めていたその角を、虚な眼差しで見詰める女の頭上から、童子の笑い声が響いた。
抉れた石像の断面に座り込み、十二に満たぬ童が、傾れ落ちた岩石を見て、けらけらと腹を捩っている。
「今のみた?」
故意に落とした巨石で命を奪った事など、ただの悪ふざけという風に、投げ出した足をばたつかせて喜び。死屍累々の中、嫋やかに立つ女へ、童子は高所から呼び掛けた。
整った幼気な容姿をしているが正体は小鬼であり、左額部には濁った青水晶のような角が黒髪を分けて突き出で。黒ばむ唇からは笑う度に牙先が光り、月明かりを寄せ付けぬ青くすむ肌は、小気味悪く闇に同化している。
女は童を放って静かに死体を跨ぐと、金色の角を拾い上げる。
角は月色を帯びて淡く輝いて見え、その美しさに小鬼は感嘆の声を上げた。
「ねぇ蒼華。 それくれない?」
甘えた表情で強請り、両手を差し出す童子を相手にもせず、蒼華は角を懐へ仕舞い、外へと通じる内壁の亀裂へ歩み出した。
「…まぁいいや」
小鬼は白けた様子で腕を下ろし、つまらないとぼやきつつも面白いものを見る眼差しで蒼華を揶揄う。
「乙外娃を殺して、次はどうする?」
形相を一変させた蒼華が、即座に投じた薙刀は小鬼の腹部を貫いた。
「…去ね、木葉」
腹部を貫かれようと、小鬼はすぐに俯いた首を持ち上げ、蔑んだ目で睥睨する蒼華をけたけたと見詰め返す。
「……懐かしいな。 その名、嫌いなんだよね。女みたいで」
呼び名が気に障ったのか、苛立ちを含ませて言い、小鬼は乱暴に薙刀を腹から引き抜き、投げ捨てる。
放り投げた薙刀の穂先が地面を突くと、小鬼は石像から飛び降り、人間ならば肉塊と化すであろう高所を、音も立てずに着地した。
「今は乱喰っていわれてるんだけど――…、まぁいいや」
己の着崩した水干のほつれを指先で弄くりながら、小鬼は気を取り直し、血溜まりを蹴る。
そして、腹部の傷が見る間に塞がると、玩具を探すように堂内を見渡し、適当な死体から腕を引き千切った。
「見込みが外れて、暇なんだよね。 今頃、面白い事になってた筈なのにさ」
腕の断面を使い、柱へ落書きをするが、出来の悪いそれを見て、小首を傾げる。
小鬼はすぐ戯れに飽きた様子で、去り行く蒼華の背を見詰めた。
「また呼んであげるよ。蒼華」
小鬼は腕を喰い、不適な笑みを浮べて優しく囁き。
蒼華は薙刀の柄を掴み、小鬼を一瞥もせず夜暗に消えた。
第四章 黎明篇 完
©️2025 嵬動新九
これにて、四章が完結となりました。
ここまでお付き合いくださり誠に有難う御座います!
次章は新篇となり、区切りの良いこの時に、改めまして活動報告を更新致しますので、お目を通して下さると幸いです(*^_^*)
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