大晦日も問題児!!
大晦日である。
「今年も色々やったなぁ」
「やったねぇ」
「やったね!!」
「やったわネ♪」
「やったなぁ」
居住区画に設けた炬燵に潜りつつ、問題児の5人はやけに蕩けた表情でしみじみと呟く。
この『炬燵』なる魔法兵器は、ショウの異世界知識に基づいて副学院長のスカイが作成したものである。脚の短い机に分厚い布団がかけられ、熱を閉じ込めることで暖を取るという手法のようだ。この暖房器具は非常に暖かく、机の内側で燃やされている『炎熱石』と呼ばれる魔石から発される熱が年末の冷たい空気に冷やされた身体を暖めてくれる。
異世界には何と素晴らしい魔法兵器があるのだろうか。ショウが言うには本来、この炬燵とやらは魔物が住み着いており、人間の下半身を貪り食って離れないと言う。それはモノの例えらしいのだが、なるほどこれは炬燵の魔物にやられるしかない。
蕩けた表情で「ほへえ」と呟き、机に伏せるユフィーリアは言葉を続ける。
「どうするか、今年最後の問題行動」
「やるのぉ? 炬燵でぬくぬくしながら年を越そうよぉ」
エドワードが湯呑に入ったお茶を啜りながら言う。この湯呑とやらも異世界知識に基づき、ショウが八雲夕凪と一緒になって作ったものだった。
「思いつかないなら余計なことはしないでいいんじゃない!?」
「ハルはいつにも増して辛辣が過ぎるな。何だ? おねむか?」
「お蜜柑食べてるんだから邪魔しないでほしい!!」
ハルアは橙色の小さな果実『蜜柑』なるものの皮を器用に剥きながら、問題行動を目論むユフィーリアに返した。
隣に座るショウが「ハルさん、蜜柑の皮アートというものがあってだな」と余計なことを教えており、剥いたばかりの蜜柑の皮を使って工作をしている最中だった。手先の器用なハルアだからこそ挑戦できる異世界文化である。ちなみにこの蜜柑、自己で保有する果樹園で栽培に成功したらしいリリアンティアが興奮気味に箱で持ってきたものだ。まだ大量に用務員室に積まれている。
いそいそと蜜柑の皮で工作するハルアは、その作品を自信満々に公開した。
「はい、ぷいぷい!!」
「うわ、本当だ」
「これからステディも作るよ!!」
ハルアが披露した蜜柑の皮アートは、見事に兎の形をしていた。しかも長い耳の先端に星の形の膨らみまである。どこからどう見ても横から見た用務員室のアイドル、ツキノウサギのぷいぷいである。
当の兎本人は、ショウのお膝の上で溶けている最中である。下半身は炬燵の布団に隠れており、暖かさを享受している様子だった。「ぷー……」と気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
ハルアが剥いた蜜柑の実の部分を千切ったショウは、何食わぬ顔で自分の口に運ぶ。蜜柑が甘かったのか、その表情が幸せそうに綻んだ。
「ショウちゃん、オレにもちょうだい!!」
「ハルさん、あーん」
ショウに促され、ハルアは口を開ける。大きな口の中に千切った蜜柑の実を放り入れると、彼は琥珀色の瞳をキラッキラに輝かせて「美味え!!」と絶賛した。
「ユーリ、お茶が入ったわヨ♪」
「おう、悪いなアイゼ」
横からアイゼルネが湯呑を差し出してくる。湯呑の中には緑色のお茶が並々と注がれており、僅かに湯気が立ち上っていた。湯呑に触れるもそれほど熱くはなく、冷気が身体に溜まる体質『冷感体質』を考慮した温度であることが伺えた。
湯呑を両手で掴み、ズズズとお茶を啜るユフィーリア。ほろ苦さはコーヒーなどの嗜好品では出せない深みのある味わいがあり、ホッと息を吐くことが出来る。
アイゼルネは花柄の急須から新しいお茶を湯呑に注ぎ、
「この急須、ショウちゃんが作ったのヨ♪」
「ショウ坊、お前そこまで出来るの? 一体何が出来ないんだよ、逆に」
「貴女の心を読むことぐらいだ、ユフィーリア」
ユフィーリアの言葉に、ショウは朗らかな笑みで言う。妙に恥ずかしくなるような台詞であった。
「つーか問題行動だって、問題行動。どうせならやりたいだろ問題行動。もう今年も終わるぞ」
「だったら1人でやってきなぁ」
「オレらはここで年を越すよ!!」
「寒い中お1人で出掛けてきなさいナ♪」
「炬燵の魔物に喰われて出られないんだ。ごめんなさい、ユフィーリア。問題行動には協力できない」
「お前ら」
もはやこれは炬燵のせいで問題児の個性を失わせる勢いである。問題行動をしない問題児は、もう問題児ではないではないか。
でも炬燵の暖かさが魅力的で、正直な話、ユフィーリアもここから出たくないのだ。炬燵から抜け出せば最後、寒くて冷たい空気の漂う校舎内しか待っていない。現在は冬休み中なので生徒たちもおらず、学校内に残っているのは用務員を含めた学外に家を持たない教職員ぐらいである。年末年始ぐらいは誰だって休むものだ。
湯呑のお茶を啜るユフィーリアは「仕方ねえな」と肩を竦め、
「じゃあもう、ああするしかねえな」
「ああするとは?」
首を傾げるショウに、ユフィーリアはにんまりと笑って炬燵の上に投げ出していた雪の結晶が刻まれた煙管を掴む。それからくるりと円を描くように一振りした。
――どぶああああああああ!!!!
何かが溢れるような、そんな音が窓の向こうに聞こえていた。
真っ暗な夜の帳が下りた世界に、ひらひらと何か小さなものが舞い散る。それは花弁――ではなく、金色の紙吹雪だった。お祝い事で降り注ぐ時のあれである。
それが何故か、暗い夜の世界を星屑のように煌めきながらひらひらと舞っているのだ。これは紛れもなく何かをやった証拠である。今年最後の問題行動は随分と華やかだった。
窓の外に注目していた問題児は、ふと原因だろうユフィーリアに視線をやる。
「ユーリぃ、何やったのぉ?」
「紙吹雪を使ってどこで何したの!?」
「随分とおめでたい問題行動ネ♪」
「ユフィーリア……?」
注目を集めたユフィーリアは満面の笑みで応じた。
「いや、何。学院長室が紙吹雪で溢れ返る魔法を仕掛けてきた。今頃、窓からドアから紙吹雪が溢れて大変なことになってるだろうよ」
誰もが想像する。
ヴァラール魔法学院の最上階に位置する学院長室から、大量の金色の紙吹雪が溢れ返っているところを。
そして、窓から扉から部屋に収まりきらなかった紙吹雪が溢れ出して、まるで滝のようになって流れていくのを。
――ついでに言えば、その先を未来を。
「ユフィーリア、君って魔女はああああああ!!!!」
遠くの方で、この名門魔法学校の学院長の絶叫が聞こえた。
「来年もいっぱい楽しいことしような」
「それで怒られるんだねぇ」
「それでこそユーリだね!!」
「問題行動は来年も続くのネ♪」
「来年もよろしくな、ユフィーリア」
炬燵でぐだぐだと駄弁る問題児はこのあと、しっかり学院長に正座で説教されるのはもはや説明するまでもないだろう。
《登場人物》
【ユフィーリア】炬燵で本を読みながら酒を飲むことにハマり、そのまま朝を迎えたことがある。晩酌を炬燵で過ごすと危険。
【エドワード】炬燵で寝たらいつのまにか未成年組が懐に潜り込んでいた。
【ハルア】炬燵に蜜柑は定番だとショウに教えられ、炬燵に入ると必ず蜜柑を食べるようになり、ちょっと指先が黄色くなった。
【アイゼルネ】しばらく極東のお茶に凝るようになった。
【ショウ】あらゆることの元凶。今回の炬燵も提案した。炬燵の魅力はクラスメイトから聞いていたが、やはり素晴らしいものだな。
【グローリア】学院長室で今年の仕事の整理をしていたら、急に金ピカの紙吹雪で学院長室が溢れかえった。また悪戯か! この問題児!!