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火振るる  作者: 羽田トモ
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第1話 渡司家

タイトルは、火振るる(ほのふるる)です。


この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

「やっと着いたぁ……」


 深い溜息を吐く。朝方出発したにもかかわらず、目的の駅に着いた頃には、辺りはすっかり闇に覆われるほどの長旅だったからだ。ここ最近、明らかに体力が落ちているのも関係しているだろう。


 ボタンを押してドアを開け、暗いホームに降り立つと、今まで感じたことのない物静けさに圧倒された。


 生まれて初めての無人駅に不安を感じながら改札を抜けてると、駅のロータリーに停まっていた乗用車から割烹着を着た女性が出てきた。


螢火(けいか)ちゃん?」


 懐かしさと驚きが混ざったような声が闇に溶け込む。声をかけてきたのは、渡司花火(わたしはなび)。数十年ぶりに会う叔母だった。年齢は、五十代後半。ふくよかな体格だが、姿勢が良く、割烹着から蚊取り線香の匂いがほのかに香ってくる。


「はい、お久しぶりです。よろしくお願いします」

「大きくなったねぇ」


 叔母はなびさんは、お母さんと同じように目尻に皺を刻みながら優しく微笑んだ。





 助手席から見る窓の景色は新鮮だった。ぽつりぽつりと民家が立ち、街灯は乏しく、車のヘッドライトが普段よりも明るく感じる。都会生まれ、都会育ちの私には、その殺風景さが少し怖く思えた。


「遠かったでしょ。ごめんね、こんな田舎に来てもらって……」

「いえ、全然……」


 愛想笑いを浮かべるが、本当は後悔していた。


 あれは、一週間前のこと。家に帰ると、お母さんが暗い顔をしながら玄関で私の帰りを待っていた。そして、開口一番「実家へ行って欲しい」と言ってきたのだ。


(帰ったら、好きな物買ってくれるっていうから行くって言っちゃったけど……)


 今まで、一度もお母さんの実家に行ったことはない。何度かお父さんが里帰りしようかと提案したことはあったが、お母さんが嫌がったからだ。しかも、ただ嫌がるのではなく、拒絶。顔面蒼白となって断固として反対した。そんなお母さんの実家へ赴くことに、一抹の不安を感じている。


(なんで……だ……ろ……)


 お母さんが拒絶する理由を考えていると、ふと眠気に襲われた。長旅の疲れと、規則的な車の揺れのせいだろう。次第に頭が重くなっていき、船を漕ぐ。


「本番は明後日だけど、螢火ちゃんにやってもらうのは簡単だから……あら? ふふ……疲れちゃった? いいわよ、寝てても。まだ、しばらくかかるから」

「……ありがとう……ございます……」


 叔母はなびさんに感謝を告げ、そっと目を閉じる。


(帰りたいなぁ……)


 ここまで来ても尚、覚悟が決まらない。これから一週間、お母さんの実家で過ごすことになる。しかも、面識のない大人たちに囲まれてだ。


(甘い物食べたい……)


 お母さんの実家へ赴くことが決まってから、家での食事が変わった。肉や魚が出されなくなり、さらに卵や乳製品も禁止。完全な菜食主義の食事になったのだ。しかも、祭りの日が近づくにつれ、食事の量も減っていった。お母さんに尋ねると、そういう《《決まり》》らしい。辛かった。ただ、それだけならまだ我慢できる。だが、お菓子や甘い物も食べられないことが何よりも苦痛だった。


(甘い物、甘い物、甘い――……)


 数々の甘い物を頭に浮かべながら、眠りに付いた。






 ◇◇◇◇◇






「ここよ」


 花火さんの声など右から左、呆気に取られながら視線を彷徨わす。聳え立つ巨大な石造りの門扉、変色した源氏塀げんじべい、すべてが漫画や映画でしか見たことがない物ばかりだ。


「すご……」 


 思わず呟くと、花火さんが一瞬目を丸くした後、笑みを浮かべながら口を開く。


「ふふ、すごいでしょ。うちはね、由緒ある女系の家系なのよ」


 誇らしげに語る花火さん。しかし、言葉尻に寂しさが滲んでいた。不思議に思い顔を向けると、朗らかに笑う叔母の顔が哀愁に浸っていた。


「……だけど、もう昔の話ね。今回だって、螢火ちゃんに来てもらわなきゃ出来なかったわけだし……ッ、ごめんなさいね、しんみりしちゃって。さ、どうぞ」


 花火さんがさっと綺麗な笑顔を貼り付け、門扉の中へと招き入れる。


 門扉を潜ると、暗くてはっきりとは見えないが、立派な庭園が広がっていた。綺麗なのだろう。ただそんなことよりも、「虫が飛び出てきたら嫌だな」という思いの方が強かった。身を縮こませながら後を追うと、やっと渡司家に辿り着く。


「お母さんはもう休んでるから、挨拶は明日ね。螢火ちゃんも疲れたでしょうから、今日はもう休みなさい」

「はい」


 花火さんと別れ、割り当てられた部屋に入る。ふすまを開けた瞬間、畳と蚊取り線香の匂いが香ってきた。記憶にない懐かしさを感じる。だが、布団を囲むように吊るされた網を目にして固まってしまう。


「網? なんで?」


 目が細かい白い色をした網。恐る恐る近づいて匂いを嗅いでみたが無臭。無意識にスマホを取り出し、正体不明の網について調べようとした。しかし、非情な現実を突きつけられることになる。


「……圏外」


 その場にへなへなと崩れ落ちる。しばらくの間、立ち直れずに放心状態が続いた。インスタ、TikTok、X、youtubeなどが、全速力で遠のいていく幻が見える。このままふて寝しようと思ったが、長旅がここにきて祟った。生理現象に襲われたのだ。


(トイレ、行こ……)


 生理現象にはかなわず、ゾンビのように立ち上がると、部屋を出た。


 人の気配のない薄暗い廊下。聞えるのは、遠くで聞こえる虫の鳴き声と歩を進める度に鳴る廊下の軋む音だけ。こんな時に――いや、こんな時だからこそなのだろう、怖い話が頭に浮かぶのは……。


 ごくん、と唾を飲み込む。一瞬、引き返そうかとも考えた。ただ、どう考えても一晩中我慢するのは無理だ。女は度胸? という言葉を胸に抱いて突き進む。


(……お化けなんていないさ、お化けなんて嘘さ……)


 頭の中で歌いながら早歩きで歩く。それでも、足音を極力立てないように歩くのは教育の賜物だろう。


 スマホのライトで足元を照らし、お腹に力を込めて早歩きで歩くこと数分、やっと角にあるトイレ(ゴール)に辿り着く。


(遠いって……でも、着い――……)


 心の中で文句を言いつつ、扉を開いた。だが、扉の奥には恐怖が鎮座していた。


「……和式」


 掃除が行き届いた和式便器を目にした瞬間、ついに感情が爆発する。


(もうイヤ、帰りたいよー!)



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