結婚は義務でも愛する事は努力義務なんですよ?
「浮気をするような男は屑だと思いませんか?」
「はい、そうですね」
私、リシテア・アーノルドはそう答えた。
うん、浮気は悪い事だ。
人様と恋仲になりながら他の女に愛を囁くなんて不誠実だと思う。
「では、私の提案に乗って頂けますわよね?」
「それは……申し訳ありませんが、承諾出来ません」
「何故ですの!?
だって、あなたの婚約者は……」
「はい、男爵家の可愛らしい女性に夢中になってらっしゃいますね」
私には婚約者がいる。
ルーツ・フォングラウ伯爵令息……小さい頃、家の都合で婚約を交わした相手だ。
とはいえ、そこに愛はない。
政略結婚といえど、長らく将来の夫婦として付き合えば愛が芽生える人も少なくないけど、私とルーツ様はそうではなかった。
そもそも、ハキハキした快活な女性が好みのルーツ様と、インドア派で人付き合いも好まない私は性格的な相性が悪かった。
表面的なやり取りは交わすけどそれだけ。
将来結婚したら仮面夫婦になる事間違いなしだ。
「婚約者がありながら他の女に現を抜かすような男、許せますの?」
「許す許さない以前に、政略婚約ですので……どちらにしろ結婚するなら、そういうの考える意味ってありませんよね?」
そう言うと、ローゼリア様は信じられないとばかりに目を見開いた。
ローゼリア様は、ルーンビナー公爵家の令嬢にして、第1王子の婚約者……将来の王妃最有力候補だ。
見た目も教養もマナーもダンスも、全てが満点の完璧令嬢として知られている。
私みたいなインドア派の無気力令嬢からすれば、よくそんな頑張れるなー、と呆れてしまう。
ローゼリア様は令嬢として完璧であるが故に、他の令嬢の手本にもなる存在なのだ。
私も両親から、「お前も少しはローゼリア様を見習って……くどくど」と何度も小言を頂いた。
あの、私だって勉強は平均よりはできる方だし、社交だって最低限は出てるからね?
なんでそれで責められなきゃいけないの?
そもそも、次期王妃の公爵令嬢とたかだか子爵家の令嬢で比べる事が間違ってるし。
と、そんな事があるので正直、ローゼリア様の事は少し苦手。
でも本来、子爵令嬢と公爵令嬢、接点なんて出来る訳もなかった。
それが出来たのは、王立学園にとある男爵令嬢が入学して来たから。
その令嬢は、元は平民だったけど、実はベルマーズ男爵家の庶子で、正妻が不慮の事故でなくなった事と、跡取りがいないという事実から引き取られた。
平民上がりという事で貴族の常識を知らない彼女は学園で、その他の令嬢とは違う自由な振る舞いで次々と男性を魅了していった。
そんな男爵令嬢に惚れた男の1人が、マイケル第1王子殿下……ローゼリア様の婚約者である。
その男爵令嬢に魅入られた事で本来の婚約者を蔑ろにし出した令息は多い。
婚約者の浮気……さらに男爵令嬢の奔放な振る舞いに我慢が出来なくなったローゼリア様は、クラリーナ・ベルマーズ被害者の会を立ち上げた。
その男爵令嬢……クラリーナさんの被害に遭った令嬢達と片っ端からコンタクトを取り、団結し、クラリーナさんや婚約者の令息達をザマァしてやろうとしているわけだ。
どうやら令息達は、恋に浮かれて、どこかの大きなパーティで一斉婚約破棄を突きつけようと企んでいるとか。
それを逆手に取り、逆に不貞の証拠を掴んだこちら側から婚約破棄を突きつけよう、という話だった。
なんかどっかで聞いた事ある。
婚約破棄系の小説とか、ここ最近で5冊ぐらい読んだ。
まぁまぁおもしろかったけど、展開が似たりよったりだったからすぐに飽きたなぁ。
「不貞を働かれているのですわよ?
それも、複数の男性と逢瀬を交わすような女と……。
本来婚約者であるあなたが蔑ろにされているというのに、それを何とも思わないんですの?」
「はい、どうでもいいです。
そもそも、ルーツ様が私を愛していなくても、関係ないんです。
私も、ルーツ様の事は何とも思ってませんから」
「は……?」
そもそも、性格的に合わないのだ。
初めて出会ったその日から、好きじゃなかった。
無理に互いに干渉しても、好きどころか嫌いになっていく事が分かってしまった。
だけど、政略結婚に子供の意思なんて関係ない。
私の家も、ルーツ様の家も、子供の意思より一族の繁栄が大事って人種なので、どちらかによほどの瑕疵でもなければ婚約破棄は不可能だ。
もっとも、今はルーツ様が他の女性に浮気をしているという、大きな瑕疵が発生しているのだけど……。
だけど、ここでどうでもいい浮気を咎めて婚約破棄したとして、その後どうなる?
幾ばくかの慰謝料を貰って、次には新しい婚約者を探す手間が発生する。
その結婚だって利益重視の政略結婚だから、私と相性の良い人と結ばれるかは完全なギャンブルだ。
だったらルーツ様で良い。
相性は悪くても、互いのプライベートに干渉しない事で棲み分けは出来る。
これまでもそうやって、好きじゃないけど嫌いでもないという関係性を築いてきた。
下手な婚約者だと、こっちと距離詰めようとパーソナルスペースガン無視で突っ込んでくるだろうし、そっちの方がウザい。
そもそも私、恋愛とか興味ないし。その時間あるなら本を読みたい人間だ。
「ですが、婚約者なのですよ?
互いを思いやり、大事にするのは当然の事……それを放棄する人間と伴侶になりたいですか?」
「婚約者ですね。でも、それだけじゃないですか」
「それ、だけ?」
「はい。
……あの、こういう事、ローゼリア様に申し上げるのは耳に良くないと思うのですが、出来れば不敬にしないで頂けると……」
「なんです?言いたいことがあるなら好きに言ってくださって結構ですわ」
「ありがとうございます。
私……ぶっちゃけ、政略結婚で浮気をしてはいけない理由が分からないんです」
「………はぁ?」
「ですよね、そうした反応しますよね。
小説でも、周りの友人でも、婚約者が浮気をしたらギルティ、死んでも文句言うなよって人種が多くて……私、それが分からないんです」
「分からないって……だって、将来の伴侶たる相手が、他の女と通じ合っているのですよ?」
「でも、政略ですよね?
本人の意思で決めた訳でもない婚約で、何故恋愛という本来自由意志に基づくべき感情まで縛り付けられなければいけないんですか?」
そう。私は、恋愛で結ばれた恋人が浮気をするのは悪だと思う。
でも、政略で本人の意思ではなく勝手に結ばれた関係での浮気は許されても良いと思う。
「政略結婚における義務は結婚のみです。
そこに愛を求めるのは、努力義務です。
嫌嫌付き合うより互いに好きになった方が幸せになれるから、愛しあう努力をしましょうね、程度のものです」
だけど、世の中には相性がある。
政略で結婚するのは絶対だけど、性格的にどうしても噛み合わない組み合わせがある。
そんな時、自分好みの女が現れたら浮気するなんて当たり前だ。
「ですが、もしそれで不義の子供などを作られたら……」
「あ〜、それは面倒ですね。
まず、私とルーツ様で先に子供を作ります。
その後、愛した女性を第二夫人として娶らせますね。
そうすれば私の第一夫人としての立場は確保されますし、後はお好きに、といったところですね」
そもそもこっちが浮気を許さないから、相手もこっそりこそこそ、ヤらかすのだ。
最初から「好きな女いるなら娶って良いよ」と言っておけば不義の子は生まれない。
この国、別に重婚禁止してないし。
最近の風潮で、1人の異性を愛し抜くのが美しいって考えはあるけどね。
「ルーツ様には既にその事は言っています。
クラリーナさんに関しても、ルーツ様が本気で愛していると言うのなら娶る事も受け入れます、そう説明しています」
たとえ本気でないならそれでいい。
学生時代の軽い火遊び、結構じゃないか。
それで子供が出来たら大問題だけどね……。
実際、大人よりも責任の少ない子供時代に遊びまくる貴族はいる。多少やらかしても子供だからと許してもらえるから。
というか、ヤりたい盛りの十代男子が貴族教育で多少外面を取り繕う技術身に付けたからって、美少女の魅力に敵うわけないじゃん。
こちとら男性向けの小説とかエロ本とか読んでるから知ってる。
男は、多少あざとくても浅ましくても自分にすり寄ってくる女が好き。
可愛い子が好き。
おっぱいが好き。
つまり、クラリーナさんがモテるのは必然なのだ。
恋愛小説みたいな、浅ましく男にすり寄る悪役ビッチがイケメンに相手にもされずに散るって展開あるけど、あれこそ女の願望なんだよね。
ビッチだろうが浅ましかろうが、美女(美少女)に擦り寄られて嬉しくない男なんていねぇ!
……閑話休題。
「……と、言うわけですので、ローゼリア様の集団婚約破棄大作戦への参加は見送らせて頂けないでしょうか?」
「え、えぇ……リシテアさんが、それで良いと仰るなら……。
ですが、私達はいつでもあなたを歓迎しますわ。
確かに私達の関係は政略婚約ですが、だからこそ、丁寧に愛を紡いで来た自負があります。
それを貶すような愚かな男に、人権などありませんわ」
おぉ、怖っ。
てか、その愚かな男に王族も含まれてるんですけどね?
恋愛において男と女の価値観は違う。
女は精神的な繋がりを重視するけど、男は肉体的な繋がりを重視する。
女は「愛してる」の言葉に愛を感じ、男はボディタッチしてきた女に好意を感じる。
だけど、貞淑で真面目な令嬢ほど、婚約者とはいえ婚姻前にベタベタ異性に触れる事は良くないと距離を取る。
令嬢は言葉や手紙を交わす事で愛を深めてるように感じても、男にとっては物足りない。
貞淑な女を好む男も少なくないが、それはそれとして、その貞淑な女が自分にだけはスキンシップしてくれる、という状況に愛を感じるのだ。
ローゼリア様は典型的な、貞淑過ぎる令嬢だった。
貴族令嬢としては理想的だけど、王子にとってはそうじゃなかったのだろう。
まぁ、ローゼリア様と王子、どちらに非があるかといえば王子割合が圧倒的に高いのは事実だ。
ローゼリア様を苦手に感じて他の女の魅力に堕ちた、までならまだ納得出来る。
でもさぁ……
卒業パーティの場で公開婚約破棄は駄目だって〜。
しかもめっちゃ取ってつけたような濡れ衣まで着せて、無理やりローゼリア様側に瑕疵作ろうとして……。
そんなものローゼリア様に利くわけないじゃん。男性陣、誰か止めろよ。
そもそも、王族の婚約って政略結婚の中でもとびっきりの重大案件なのに、それを陛下や親族にも確認を取らず破棄するって……。
まぁ、確認しても間違いなく却下されるだろうけど。
というか、何が一番恐ろしいかといえば、政略結婚が大人の事情なのは誰でも知ってる常識なのに、それを自己判断で勝手に破棄出来ると思い込んでるところだよね。
きっと、男爵令嬢との軽い火遊びまでなら見逃された。
仮に男爵令嬢を娶りたいと言っても、妻は無理でも愛妾なら問題はなかった。
ローゼリア様は渋るだろうけど、そこまでなら大きな瑕疵も違法性もないから。
きっと陛下は認めるだろう。
でも婚約破棄、てめぇは駄目だ。
この禁止ワードを口にしてしまった王子の未来は、明るくない。
それは、王子の後ろに控えるクラリーナ大好きーズ達も同様だが。
幸い、その中にルーツ様はいなかった。
あくまでクラリーナさんとの関係は火遊び気分だった勢は、素知らぬ顔で王子やそばにいるクラリーナさんと距離を取っていた。
結果、クラリーナさんにメロメロになったガチ勢は6人程度。
すげぇな、男爵令嬢。
彼女の影響で今日、6人の男の未来が闇に閉ざされるのだ。
当然、予め用意をしていたローゼリア様はカウンターの逆ザマァをお見舞いした。
結果として王子は廃嫡、ガチ勢達は婚約者から逆婚約破棄を叩きつけられ、ついでに虚偽のいじめを告発している事が判明したクラリーナさんは幽閉される事となった。
虚偽は駄目よね、うん、犯罪、アウト。
そして、クラリーナさんと関わりはしたものの婚約破棄までやらかさなかった令息達は首の皮一枚繋がる事になった。
ただし、ローゼリア様の
「最後に婚約者を選べば良い、という問題ではありませんわ。
あなた方の行いも充分な浮気……婚約者の心を踏みにじるには充分な行いですもの。
政略結婚だから大目に見ろ、なんて私には言い訳ですわ。
政略結婚だからこそ、互いを愛し合えるように最善を尽くすべきなんですもの」
そんな説教に、かなり気を不味くしていた。
結局、クラリーナさんとの浮気を切っ掛けに、後日家族同士の話し合いで婚約破棄にまで至ったところは少なくなかった。
特別好きな相手でなくても、浮気されるのは嫌なんだね。
女って我儘〜。ま、私も女だけど。
あ、私は予定通りルーツ様と結婚した。
その前にルーツ様の家族と会って、本来ならルーツ様と婚約破棄する事も出来るけど、それは互いの利益にならないから、と超〜恩着せがましく言い含めておいた。
別にルーツ様の浮気に関してはなんとも思ってないけど、こう言っておけばルーツ様の両親は私に気を配るだろうからね。
性根が奔放なルーツ様は、いずれ気に入った女性を第二夫人に娶るだろう。
そう思っていたけど、意外な事に、ルーツ様は5年経ち、家督を継ぐ男子が生まれても第二夫人を作らなかった。
「どこかでこっそり逢瀬を重ねてませんか?
婚外子は扱いが難しいんですから、手を出すならちゃんと妻にしてくださいよ?
第二夫人であれば、法的にはギリギリ平民でもどうにかなりますし……」
「だから、出してないって……信用ないな、俺」
「一度浮気をする人は二度すると言いますから。
私みたいな女と仮面夫婦をするのもお辛いでしょう?
本当は仮面を脱ぎ捨てられる女性を求めてるんじゃないですか?」
「ないよ。そもそも、その手の火遊びは学生時代に終わらせたつもりだし」
「我慢してません?」
「してない。
少なくとも、女関連はあれで懲りてるんだよ。
俺は……本来なら家を追い出されて、平民落ちしてもおかしくない事をしていた」
「昔の話です。
それに、たかが学生時代の浮気じゃないですか。
なにより、私とルーツ様は婚約者と言っても形だけ。
そこまで愚かな行為とは思いません」
恋愛感情は理性じゃない。
自分の好きになる相手を理屈で選べるなら誰も婚約破棄なんてしない。
だから、私は結婚は不自由でも恋愛は自由であっても良いと思う。
「それでも……火遊びはあれで懲りたよ。
それに、今は仕事と子供で手一杯だし、浮気する暇もない。
妻もリシテアだけで充分だよ。」
ルーツ様は意外と子煩悩だった。
私に対しては部下の1人に接するみたいなスンとした感じなのに、子供にはニコニコと、親バカを爆発させるのだ。
まぁ、お陰で育児には積極的に参加してくれて、私も楽が出来るので問題ないけど。
愛がなくても結婚は出来る。
愛がないから必ずしも不幸な訳でもない。
相性が悪いにも関わらず、無理矢理愛を育む事を強制されるのが一番不幸だ。
少なくとも、私は、今の生活に幸せはなくとも不幸ではないと、そう思う。
最近婚約破棄物を読んでいて思うのは、婚約破棄はアウトでも浮気ってそこまでの大罪かなぁ、という事です。
そもそも政略結婚で大事なのは家の繋がりや利益の為、極論、書類だけ夫婦になって実際に好きな相手は他に作っちゃってもよくね?と思ってしまいます。
(子供問題は別として)
当然、互いを愛せるのが一番の理想ではあります。
でもそれは所詮理想ですし、十代半ばの少年少女なんて、好みの異性が現れたらフラ〜と傾いちゃうのも仕方ないかな、と。
まぁ、まともに関わる前から「お前を愛するつもりはない」とか言い出すのは論外ですけど。
少なくとも何も知らない最初の内は愛する努力をすべきだと思いますけど。
それで無理なら何をしたって無駄。
政略は仕事、恋愛はプライベートで切り分けた方が楽な気もします。
尚、作中でのリシテア→ルーツへの好感度は10(そこらの知人)程度です。
逆にルーツ→リシテアへの好感度は18(知人以上友人未満)程度ですね。
一応、ルーツは自分の浮気を受け入れ、許してくれた(本人的にはどうでもよかっただけ)リシテアに対しては無関心よりはプラス方面の感情を持っています。
まぁ、それでも友人と妻なら友人を優先するような好感度ですが……。
リシテアも似たようなものなのでどっこいどっこいです。
幸い、子煩悩気質のあったルーツは子供に対する好感度は100(殺されても良い)ぐらいあるので、おそらく、仮面夫婦とまではならないかと。
リシテアも子供にはそれなりの愛情がありますので。
子はかすがいを地で行く2人になりそうです。
追記
主人公の名前が最初しか出なくて印象に残らないと感想でご指摘があったので、ちょ〜っとだけ加筆修正しました。
ランキングをパッと見たらいつの間にか上位にいてビックリしました。
読者の皆様、ありがとうございます。