9.勝敗は決する
断られるなんて微塵も思っていなかったのだろう。
自分のほうが優れていて、常に選ばれ続けてきた彼女にとって、これは由々しき事態だった。
目を疑い、耳を疑う。
「最初から俺は、アストレアとの婚約を認めてもらうためにここへ来たんだ。それ以外の用件はないよ」
「ぇ……あの……」
「お待ちください殿下。殿下は勘違いをされておられませんか?」
「勘違い?」
慌ててお父様が説得を試みる。
「確かにアストレアも聖女ですが、聖女らしい力は何も持っておりません。お恥ずかしながら、姉妹と思えないほどの格差がございます」
お父様はもはや言葉を選ばない。
ほぼハッキリと、私のほうは無能だと殿下に説明している。
ここまでくると清々しい。
改めて実感する。
お父様にとって私は、愛すべき娘なんかじゃなくて、ただのお姉様にひっついていた付属品でしかないんだと。
「アストレアとの婚約など、殿下にとって何のメリットもございません。こちらのヘスティアと婚約なされたほうが殿下のためにも――」
「いい加減にしてくれないか?」
空気が変わる。
殿下は初めて見せる苛立ちの表情で、冷たく鋭い言葉で一蹴する。
勢いを増すお父様の言葉が、殿下の一言で制止された。
お父様はびくりと大きく身体を震わせ、口を閉じる。
「将来自分の妻になる女性を、あまり悪く言わないでいただきたい。たとえ肉親であっても、あまりいい気分にはならないよ」
「も、申し訳ありません!」
お父様が慌てて頭を下げる。
その様子を見た殿下は呆れてため息をこぼし、視線をお姉様に向ける。
「ヘスティア・ウィンドロールだったか」
「は、はい」
「君のことはもちろん知っている。知った上で、俺はアストレアを選んだ。理由は単純だ。俺は君に、彼女以上の魅力を感じないんだよ」
「――っ」
殿下はお姉様にもハッキリと告げた。
選ばれたのはお姉様ではなく、私のほうなのだと。
聞き間違いでも、勘違いでもなく、私のことを選んでくれたことを主張する。
ぐっと、心を掴まれたような感覚だ。
「すまない、少し言い過ぎたよ。ただ、あの日の縁談に来たのはアストレアだった。俺は最初、ヘスティアに縁談を申し込んでいたはずだ。どうしてだろうな? なぜ来たのは彼女だったんだ?」
「そ、それは……」
チンケな辺境貴族を相手にする時間が無駄だから。
なんて言えるわけがない。
お姉様は困り果てる。
そこへお父様が助け船を出す。
「そ、その時はヘスティアは風邪を引いておりまして、外に出られなかったのです」
「風邪?」
「はい。ですから代わりにアストレアを向かわせました」
「なぜ? それなら一報をくれれば日にちはずらせた。いくらでも対応はできたはずだぞ」
悪くない言い訳ではあった。
けれど殿下には通じない。
淡々と嘘の証言を指摘し、詰め寄っていく。
「その話が事実だとしても、アストレアを向かわせたことは事実だ。あれだけこき下ろしていた彼女を……」
「――! こ、こき下ろしていたわけでは……」
「ないと言い切れるのか? あれだけ堂々として、自分の娘は無能だと言っているように聞こえたぞ」
「そ、そのようなことは決して!」
お父様は否定する。
必死だ。
殿下の冷たい視線と声に圧倒され、まるで悪戯がバレた子供みたいに言い訳をしている。
なんとも滑稽だと思った。
これまで私を見下し、蔑んできた人が追い込まれている。
「貴殿の言葉には説得力がまるでないな」
「も、申し訳ございません」
「謝罪がほしいわけではないよ。俺がここへ来た目的はすでに伝えてあるはずだ。アストレアと婚約する許可を頂きたい」
「……」
お父様は逡巡する。
思惑、プライド、様々な感情が交錯する。
しかし何を考えようとも、この場での発言は決まっていた。
これを戦いだとするならば、勝者はすでに――
「ぜひとも、よろしくお願いいたします」
殿下に決まっている。
「ありがとう、ウィンドロール公爵。この婚約は両国の関係にも大きく関わる。これからはぜひとも、仲良くしていこう」
「はい。こちらこそ……」
殿下は私に視線を向け、意味深に笑みを浮かべる。
まるで、これで少しはスッキリしたか?
と、聞いてくれているようだった。
私は微笑み返す。
おかげさまで、心に圧し掛かっていた重りが外れたような気分だ。