5.選ばれたのは愚妹?
「綺麗……」
「俺の眼は見えないんじゃない。特別見え過ぎる眼なんだよ」
「どういうことですか?」
「いろいろ見えるんだよ。この眼を通せば相手の真意とか、これまでのこととか、秘められた力も含めて、その対象の情報を読み取れる。そういう類の神眼を生まれながらに持っていたんだ」
殿下は語る。
生まれた時から彼の瞳は特別で、あらゆる真実を見抜く眼と噂されていた。
そんな彼が瞳を閉じ、力のことを隠すようになったのは物心ついてすぐのことだった。
彼には見えてしまう。
近寄ってくる者たちの下心が。
綺麗事を並べる者たちの心が、黒くよどんで見えたという。
「だから俺は隠すことにした。父上たちも、力に寄ってくる者たちを警戒していたから、秘密を知る者は数少ない」
「そ、そんなことを私に教えてしまって、よかったのですか?」
「よくはないな。だが、こうしたほうが婚約の話を進めやすい」
「え?」
婚約?
殿下は確かにそういった。
「誰と……?」
「君以外に誰がいるんだ?」
二度目の驚きに言葉が出なかった。
固まる私に殿下は続ける。
「君は自分を勘違いしている。普段閉じている眼で直接見ずとも、君のことは何となく見えていた。それは紛れもなく、君の中の聖女の力故だ」
「聖女の……でも私は……」
「落ちこぼれだと? 俺はそうは思わないがな」
「ど、どういう」
ことですか?
私は聖女として落ちこぼれで、祈りもまともにできないのに。
「悪いが全て教える気はない。俺たちはまだ、赤の他人だ」
「……」
「だが婚約を結べば変わる。俺の眼で見えたことを君に伝えてもいい。君が俺との未来に期待してくれるのならな」
「殿下との……未来?」
私が殿下と婚約して、その先にある未来。
ダメだ。
まったく想像できない。
私が一国の王子様と婚約するなんて考えたこともなかったから。
「アストレア、君はどんな人生を歩みたいんだ?」
「どんな……?」
「ああ、君は今、幸せか?」
「――」
心の中で風が吹き抜けるような感じがした。
殿下の問いに私は応える。
偽りなく、思うままに。
「幸せじゃありません」
ああ、そうだ。
私は一度も幸せなんて感じていない。
「私は別に、聖女になりたかったわけじゃない」
生まれが聖女だった。
そして、双子の出来損ないな妹だった。
「私がどれだけ頑張っても、全部お姉様の成果になってしまうんです」
それが悲しくて、腹立たしいと思うようになった。
お父様ならきっと、立場を弁えろと言うだろう。
何が立場だ。
正しいことをしたって、私は否定される。
そんな毎日を過ごして、幸せなんて感じられるはずがない。
「私は……ただ、頑張ったら褒めてほしい。ちゃんと私を見てほしい。そういう、当たり前の生活がしたいんです」
「それが君の幸せなんだな」
「はい」
それだけでいいんだ。
特別なことなんて何もいらないから。
平穏で、ありきたりで、幸福な日々を……。
「ならその夢、俺が叶えよう」
殿下は手を伸ばす。
私に向けて。
「俺と婚約してくれ。君の未来は俺が保証する」
「……私でいいんですか? 優秀なお姉様じゃなくて」
「君のほうが優秀だ。俺の眼はそうだと言っている。だから君で、いや、君がいい」
「――」
身体が、心が震える。
生まれて初めてかもしれない。
私を必要としてくれた人は……。
だから私は、その手をとった。
「よろしく……お願いします」
「ああ、こちらこそ」
この人と一緒に生きて行く未来を、期待して。
◇◇◇
アストレアが去り、シルバートは見送る。
一人で自室に戻った彼の下に、長年付き添った執事が顔を出す。
「お疲れ様でした。坊ちゃま」
「ああ、疲れたよ」
「お決めになったのですね?」
「……不服か?」
「いいえ、坊ちゃまがお決めになったのであれば、私は何も言うことはございません」
「そうか。これで兄上や父上も、俺に面倒な縁談を持ちかけてこなくなる」
彼は自らの将来を、政治に利用されることを拒んでいた。
特別な瞳と、王子という地位。
彼に取り入ろうとする貴族は多く、国王にとっても有力貴族や他国と懇意にするために、彼の存在は大きな意味を持つ。
自分の意志で愛する相手も選べないことに、彼は苛立っていた。
だからそれに歯向かうようにと、偽りの名を名乗り、地位に縛られない相手を探した。
全ては政治に利用されることを避けるために。
だが、それだけではなかった。
「爺」
「なんでしょう?」
「やはり緊張するな。将来、自分が愛するとわかっている相手を、口説き落とすのは」
「――左様ですね」
シルバートの瞳は知っている。
彼女こそが、運命の相手であると。
そして彼女こそが、真の聖女であることも。
【作者からのお願い】
短編版から引き続き読んで頂きありがとうございます!
ぜひともページ下部の評価欄☆☆☆☆☆から、お好きな★を頂ければ非常に励みになります!
ブックマークもお願いします。
次回をお楽しみに!