40.気持ちは重なる
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5/19 パワハラ限界勇者、魔王軍から好待遇でスカウトされる
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ラインツ王子の誕生パーティーから戻り一週間。
私は変わらず殿下の屋敷で生活しながら、新薬の研究を続けていた。
少しでも殿下の役に立てるように。
その気持ちは今でもまったく変わらない。
逆にドンドン強くなる。
誰かに褒められる喜びを知り、認められる誇りを知り、求められる意味を感じたから。
「今日も頑張ろう」
心の声を口に出し、自分自身を鼓舞する。
屋敷の廊下を歩き、研究室へ向かう途中で、私は立ち止まる。
後姿が見えた。
最初は殿下だと思って、声をかけようかと言葉が喉までかかる。
けれど気づいた。
殿下と似ているけど、別人だと。
髪の色が若干薄く、長さも違っている。
身長も殿下より少し高い。
ただ、本当によく似ている。
そして――
二人いる。
正真正銘、私がよく知る殿下ともう一人。
殿下に似た誰かが私に気付く。
「おや? 噂をすれば……だな」
「――アストレア」
「殿下、そのお方は……」
答えを聞く前に、私は察する。
この人がきっと――
「初めまして、弟の婚約者さん」
弟……ということは彼が、この国の第一王子。
シルバート殿下の実兄。
「お会いできて光栄でございます。ゴルディオ・ベスティリア殿下」
「ああ、私もだよ。ちょうど君と話したいと思っていたんだ。シルバート、部屋を貸してもらえるか?」
「……十分ほどでしたら構いません」
「充分だよ」
シルバート殿下の様子が少し不自然だった。
いつになく暗く見える。
ゴルディオ殿下とは仲が悪いわけではないと言っていたけど、何かあったのだろうか。
「アストレア、少し時間をくれないかな? 君と二人で話がしたいんだ」
「は、はい」
二人で……不安になる。
殿下の話によれば、この方も陛下と同じく合理的で、国の利益を一番に考えている。
間違いなく知っているはずだ。
私がフロイセン王国で何と呼ばれていたか。
ゴルディオ殿下には、私がどう見えているのだろう。
「アストレア」
シルバート殿下が耳元で囁く。
「何かあれば私を呼んでくれ」
「はい」
殿下はそう言って立ち去る。
二人きりになり、近くにあった部屋に入る。
「ここでの暮らしには慣れたかい?」
「はい。とてもよくしてもらっておりますので」
「それはよかった。父上から聞いたよ。君は薬作りが得意なんだってね」
いきなり話題が切り替わる。
雑談は好まない人なのだろう。
ゴルディオ殿下は続けて語る。
「君のおかげで多くの人が助かったそうだ。実に素晴らしい」
「ありがとうございます」
「シルバートもいい相手を見つけてきたようで安心したよ。あいつは頑固でね。私や父上が用意した相手には一切振り向かなかった。そんなあいつが、君と婚約した。シルバートの眼に、君はどんな風に映っているのかな?」
「……」
きっと殿下の左眼のことを言っている。
私の聖女としての特性は、眼を持つシルバート殿下しか知らない。
探っているんだ。
殿下が私を選んだ理由を。
「婚約したんだ。君も知っているだろう? シルバートの左眼のことを」
「はい。存じております」
ゴルディオ殿下はニコリと微笑む。
その笑顔は少しだけ怖かった。
「君は勿体ないと思わないかい?」
「勿体ない……でしょうか」
「あいつの眼のことだよ。もっと効率的に使えばいくらでも物事を上手く進められる。にもかかわらず、あいつは力の使用を拒んでいる。実に勿体ない」
「……」
ゴルディオ殿下や国にとってはそうだろう。
けれど当人は苦しんでいる。
望まなくとも見え過ぎてしまう瞳は、シルバート殿下の心を傷つけてきた。
この人は知っているはずだ。
誰より近くで、ずっと見てきたのだから。
「あいつの力は国にとって最高の宝になる。フロイセン王国にとっての聖女のように、いずれこの国の象徴になる。だがあいつ自身には野心がない。なら、私たちが上手く使うしかないと思わないか?」
「……使う」
「君もそう思うなら、ぜひあいつの背中を押してほしい。力は使わなければ意味がないんだ」
「……」
殿下の苦しみを知ってそんなことを言うの?
それとも気づいていないの?
誰より近くで見続けていたのに、殿下がどれほど苦悩されたか……。
なんだか無性に腹が立つ。
相手はこの国の王子様だけど、私はまだ部外者に近いけど――
「殿下は……」
「ん?」
「殿下は、物や道具ではありません」
我慢できなくて、気づけば口に出していた。
不遜な言葉を。
驚くゴルディオ殿下を見て我に返る。
「も、申し訳ありません!」
私はなんて失礼な態度をとってしまったんだ。
後悔しても遅い。
怒られることも覚悟していた。
「ぷ、はっはっははははは!」
「……え?」
ゴルディオ殿下は笑った。
子供みたいに。
「いやー驚かされる。まさか、二人とも同じことを言うなんてね」
「同じことを……?」
◇◇◇
時間を少し遡る。
屋敷にやってきたゴルディオを見つけ、シルバートは声をかけた。
「兄上? どうされたのですか?」
「シルバートか。お前が婚約した相手を見ておきたくてね」
「……アストレアに何か?」
「そう警戒するな。ただの挨拶だ。彼女は隣国の聖女だろう? しかも世間では無能と言われている妹のほうじゃないか。それをわざわざ選んだ。お前の眼には彼女が特別に見えたか?」
ゴルディオはニヤリと笑みを浮かべてシルバートに尋ねる。
シルバートは平然とした態度で答える。
「さぁ、どうでしょう」
「ふっ、教える気はないか。別にそれでも構わない。どんな秘密であれ、この国にとって有益ならなんでもいい。どうせなら上手く使うといい」
「……お言葉ですが兄上」
シルバートはいつになく真剣に兄と向き合う。
「彼女は物や道具ではありません。俺は彼女を聖女として招いたわけじゃない。将来、俺の妻となる相手に相応しいと思ったから婚約したのです」
◇◇◇
「珍しいことだ。あいつが、他人をそこまで評価し期待するのは」
「殿下が……」
「王子としては思うところもあるが……安心したよ、兄としては」
ゴルディオ殿下は安堵する。
国のため、国民のため。
王子としての責務に準ずる……けれど、それだけじゃない。
陛下も、ゴルディオ殿下も家族としての繋がりを忘れていない。
「よい関係が築けることを祈っているよ。これは兄としても、王子としても」
「……はい!」
もっと頑張ろう。
今ならハッキリとわかる。
私は殿下に恋をしている。
殿下に、私のことを好きになってほしい。
そう思っている。
もしも、殿下も同じ気持ちになってくれたのなら……。
その先に待つ未来こそ、私だけが手に入れることができる……大切な時間になるだろう。
誰かの代わりじゃない。
私だから進む道を、これからも歩いていく。
【作者からのお願い】
いつもありがとうございます!
これにて第1部は完結となります。少しお休みをいただいたあと、連載を再開予定しております。
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