4.縁談相手は王子様?
翌日。
私は姉の代わりに縁談に向かう。
今回は少し特殊で、縁談の場所は相手の屋敷になった。
本来ならありえないことだ。
同じ貴族でも身分に差があれば、高いほうに従うのが普通なのに。
そういう常識のないところも、姉を苛立たせたに違いない。
私は馬車に揺られ、二日かかる遠方の領地に足を運ぶ。
そこは隣国ベスティリアの国境付近だった。
街もなく、暮らしている人々もいない。
こんな場所を領地にしている貴族がいたことにも驚いたけど、案外立派な屋敷が一軒だけ建っている光景にも驚かされた。
「こちらでございます」
「ありがとうございます」
到着した私は執事に案内され、屋敷の一室前にたどり着く。
この部屋に、変わった領主様がいるらしい。
少しだけ興味が湧く。
そして、なんとなく予感がした。
私が求めていたものがこの先にあるような……漠然とした予感が。
まるで吸い寄せられるように、私は扉を開ける。
「ようこそ、我が領地へ」
「――あなたは……」
一目見て、違うとわかった。
銀色の美しい髪と、左目を黒い眼帯で隠している。
眼帯に縫い込まれた紋章は、この国の物ではなかった。
話には聞いたことがある。
生まれながらに片目の光を失った隣国の第二王子。
「シルバート殿下?」
「ああ、もう気づいたのか。やっぱりこの眼帯は目立つな」
「どうして殿下がここに? ここはベスティリア王国の領地では」
「わかっているよ。とりあえず座ってくれ」
「は、はい」
訳がわからぬまま、私は殿下の前のソファーに腰を下ろす。
案内してくれた執事の入れたお茶を殿下は飲み、一呼吸置く。
「君は妹のほうか?」
「は、はい。アストレア・ウィンドロールです」
「そうか、君が……なるほど」
殿下は私の顔をじっと見つめている。
灰色の片方しかない瞳で。
シルバート・ベスティリア第二王子。
生まれながらに病で片目の光を失い、片目を眼帯で隠して生活している。
文武両道、優れた才能を持つお方ではあるけど、変わった性格をしているとも聞いている。
貴族や王族の価値観に縛られず、自由奔放に、我が道を行く生き方は、一部の貴族たちからはロクデナシと揶揄されている。
しかし国民からの支持は高く、他人との距離感を測るのが上手いため、他国に多くの友人を持つとか。
私も噂しか聞いていなかった凄い人物が、なぜか目の前にいる。
「どうして殿下がこちらに? 私はカパート伯爵様とのご縁談だとお伺いして」
「ああ、それは俺が作った架空の貴族だ」
「か、架空?」
「最初から本当の名を明かすと、名につられた奴らが来てしまうからな。安心しろ。この国の王子から許可は貰っている。あいつとは仲がいいんだ」
さっきから何をおっしゃっているのか理解できなかった。
わざわざ他国で偽りの家柄を名乗り、縁談を持ちかけてきた理由は何なのか。
頭の中には疑問しか浮かばない。
「混乱しているな。まぁ無理もない。別に難しい意図はないぞ? 俺は本気で、婚約相手を探しているんだからな」
「ど、どうしてこんな回りくどい方法をされているのですか? 殿下なら縁談などせずとも、いくらでもお相手はいらっしゃるはずではありませんか?」
「それじゃ意味がないんだ。俺の名につられてくる相手は、俺ではなく俺の地位や権力目当てだからな。俺はそういう相手と関わる気がない。だから試しているんだよ。辺境の貴族を騙り、わきまえない態度をとって、それでも関わろうとする者がいるのか」
殿下はニヤリと笑みを浮かべ、私の顔を指さす。
「君が初めてだ。この縁談にやってきたのは」
「初めて……」
「ああ、これまではやる以前に断られていた。まぁそうだろうな。誰もこんな訳の分からない貴族の男と婚約したいとは思わない。今回もダメ元だったが君が来てくれた。正直ちょっと嬉しいよ」
「嬉しい……ガッカリしたの間違いではありませんか?」
ふと、声に漏れた。
卑屈なセリフが、感情が。
殿下に対して無礼だとか思う以前に、なんだか悲しくなってしまった。
「ガッカリ?」
「……私は出来損ないの妹のほうですよ? 縁談相手なら、お姉様に来ていただいたほうがよかったはずです。お姉様もお相手が殿下ならきっと……」
「はぁ……話を聞いていなかったのか? 俺は、お前が来てくれて嬉しかったと言っているんだ」
「……え?」
俯きかけていた顔を素早く上げる。
殿下は私を見つめている。
力強く、まっすぐに、真剣な表情で。
「俺が求めているのは地位や権力じゃない。そういうものに左右されない感性を持った相手だ。そういう意味じゃ君はピッタリだな」
「えっと……でも私は落ちこぼれで」
「そう自分を卑下するな。君は自分が思っている以上に優秀だよ。たった一人で新薬を八つも作るなんて大したものだ」
「――! どうしてそれを」
私の新薬は国内でしか使われていないはずだ。
他国にまで情報を……しかも、作ったのは私じゃなくて姉ということになっているのに。
殿下はとんと、眼帯に触れる。
「俺は眼がいいんだよ」
「眼?」
殿下が触れている方は、生まれながらに光を失っている左目だった。
私は首をかしげる。
すると殿下は答え合わせをするように、左目の眼帯を外した。
そうして目を見開く。
青く澄んだ瞳が、こちらを見ている。