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37.懐かしさは感じない

「まったくあの男は、こちらの都合を考えもしないな」

「それだけ殿下のことを信頼なされている……と思います」

「信頼か」


 シルバート殿下は小さく微笑む。


「俺たちに申し訳ないから、断れなかったか?」

「あ、いえその……それも少しあります」


 殿下に隠し事はできない。

 正直に答えてから、続きを話す。


「ですがそれと同じくらい、気になっていました」

「……姉のことか?」

「はい」


 彼女は今、どうしているだろうか。

 私と離れたことで少なからず聖女の力に影響は出ているはずだ。

 苦労しているだろうか。

 それとも案外、気にせずいつも通りに日々を送っているだろうか。

 私は一体、どちらを期待している?

 自分でも中々、心というものは上手く把握できない。


「そう考え込むな。困ったら俺の背中にでも隠れればいい」

「殿下?」

「ふっ、安心しろ。俺にはこの眼がある。君に危険は訪れない」

「ありがとうございます」


 殿下の励ましで背中を押され、少しずつ緊張が払拭されていく。

 気休めでも、彼の言葉は強く響く。

 そうだ。

 私はもう、無能で役立たずな聖女の片割れじゃない。

 ベスティア王国の第二王子、シルバート殿下の婚約者として参加するんだ。

 殿下に恥をかかせないように、堂々としていよう。


「よし」


 小さな声で気合を入れて、ぎゅっと握りこぶしを作る。

 そうこうしているうちに馬車は王都を抜け、王城の敷地内へと入っていた。

 見慣れた景色が広がる。

 不思議なことに、あまり懐かしさは感じない。

 むしろ悲壮感に似たものが心に降りかかる。

 緊張はそれなりにほぐれた。

 期待はなく、不安はある。

 馬車の揺れが収まり、到着したことを景色が知らせる。


「行こうか」

「……はい」


 馬車を降りる。

 いよいよ私は、再びこの場所へと踏み入った。

 フロイセン王国の王城。

 幾度か聖女の片割れとして、陛下に謁見する際に訪れて以来だろう。

 そこまで思入れ深いわけではなく、ただただ大きく聳え立つそれに、嫌な圧迫感を覚える。

 私は殿下と共にパーティー会場へと入る。

 するとすでに、国中から集められた貴族たちが談笑していた。

 その数に圧倒される。

 広々とした会場が、人の波で埋まりそうな勢いだ。


「凄い人……ですね」

「毎年こんな感じだぞ。参加するのは初めてだったか?」

「はい。いつもはお姉様とお父様が参加されて、私は屋敷で留守番していました」

「そうか。だから一度も見かけなかったのか」


 殿下は軽く納得して頷く。

 もしも私がこのパーティーに参加していたのなら、もっと早く殿下と出会うことができていたのだろうか。

 なんてことを考えていると、周囲の貴族たちが殿下の存在に気付いた。


「これはこれはシルバート殿下!」

「ようこそ我らがフロイセン王国へ! 今年もいらしてくださったのですね」

「ああ、ラインツ王子から誘われて、今年も参加させてもらうよ」


 あっという間に殿下の周りには人だかりができる。

 さすが隣国の王子様だ。

 この国の貴族たちとも顔見知りで、気づけば多くの貴族たちが挨拶に近づいてくる。

 そうして一人が、私の存在に気付く。


「――殿下、お隣の女性は」

「ああ、私の婚約者だよ」


 尋ねた貴族の男性は眉をぴくっと動かし反応する。


「アストレアだ。君たちの国出身だから、私より知っている者は多いだろうね」

「ウィンドロール家の聖女様ですね。もちろん存じております」


 周囲からひそひそ声が漏れてくる。


「あの噂は本当だったのか」

「まさかシルバート殿下が、聖女の落ちこぼれのほうを選ばれるとは……どういうお考えなのだ?」

「わからんよ。ただ……これで無下には扱えん」

「ああ、我々も態度を改める必要がありそうだな」


 彼らがよく知っているのは私ではなく、お姉様のほうだろう。

 この国を代表する聖女はお姉様で、私はなんの取り柄もない落ちこぼれだった。

 皆、そのことをよく知っている。

 誰もが私のことをあざ笑い、馬鹿にしていたのだから。

 けれど今は、状況がくるっと変わった。

 シルバート殿下と婚約したことで、二カ国を結ぶ重要な人物となった私に、彼らは目を光らせる。


「こうしてお話しするのは初めてですね。アストレア様」

「ベスティア王国での生活はいかがですか? 何かお困りのことがありましたら、私どもにもぜひ相談してください」

「あ、ありがとうございます」


 一瞬で私の周りにも人だかりができる。

 私が殿下の婚約者であると改めて認識した途端、私への態度が変わった。

 こんなにも積極的に話しかけられた経験は初めてだ。

 彼らが見ているのは人柄ではなく、立場や権力だけなのだと明白にわかってしまう。

 ある意味では貴族らしい。

 おかげで認められた気にもなれず、ちっとも嬉しくない。

 

(殿下は……)


 私と殿下、それぞれに人の波が出来てしまっている。

 押し寄せるようにどんどん次の人が話しかけにきて、もう収拾がつかない。

 殿下とも距離が離れてしまった。

 不安が心に過る中、不自然に周囲がざわつきだす。

 出来上がっていた人の波が、徐々に左右へと移動していく。

 まるで何かを避けるように。

 その理由はすぐにわかった。


「随分と人気者になったわね」

「――!」


 その声を聞いた。

 姿を見た。

 雑踏の中にあっても、私は彼女を見逃さない。

 お互いに見えない引力で引かれ合うようにして、私たちは再会を果たす。


「お姉様……」

「久しぶりね? アストレア」

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[一言] 守ると言って速攻離れてて笑う。
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