32.殿下のためなら
空気が違う。
玉座の間に入り、すぐにそう感じた。
警備する騎士、たたずむ使用人たちからもピリピリした空気を感じ取る。
私は一瞬、入るのを躊躇った。
「大丈夫だ」
そんな私に小声で、シルバート殿下が呼びかけてくれる。
最後に一番の勇気を貰い、私は殿下に続いて前へと進むことができた。
赤い絨毯の上を歩き、殿下が立ち止まる。
それに合わせて私も立ち止まり、令嬢らしく振舞う。
「お時間をいただきありがとうございます。父上」
殿下も頭を下げている。
私もまだ顔を下げ、陛下の顔は見ない。
「顔を上げよ」
陛下の声を聞いてようやく、私たちは顔を上げ、陛下のお顔を見る。
逞しく立派な髭と、白髪が混ざった灰色の髪。
鋭い目つきに一瞬ビクッとしてしまったけど、どことなく雰囲気がシルバート殿下に似ていた。
当たり前なことだ。
なぜならお二人は親子なのだから。
シルバート殿下に似ていると思ったおかげか、少しだけ緊張が和らぐ。
殿下が私を陛下に紹介する。
「父上、彼女がアストレア、私が婚約者に選んだ女性です」
陛下の視線が私に向けられる。
次は私の番だ。
「初めまして、ベスティア国王陛下。お会いできて光栄でございます」
「私も会えて嬉しく思う。アストレア・ウィンドロール、史上始めて誕生した双子の聖女の片割れ、で間違いないな?」
「――はい」
当然、私がどういう人間かも陛下は知っていいる。
陛下は私を見る目は、まるで商品を品定めしているように思えて、少し怖かった。
聖女という商品が二つ並んでいたら。
私は不良品として捨てられてしまうだろうと思ったから。
「アストレア」
「は、はい!」
「シルバートの婚約を受け入れてくれたこと、王として、父として感謝する。シルバートは私に似て頑固だった故、これまで用意した縁談は悉く断っていた。成人を越え、王族として将来を見据えなくてはならぬ時に、私も苦労していたのだ」
「い、いえ! 私のほうこそ、殿下と婚約できたことは至上の喜びにございます」
あれ?
なんだか思っていたより人間味があるというか。
雑談に近い会話が続いたことに驚く。
父として、という言葉が聞こえた時、私の緊張は更に和らいだ。
純粋に父親として、息子の婚約を喜んでいるのだと思った。
けれどすぐに、陛下の雰囲気が変わる。
「だが、私は少々疑問を抱いている」
「――!」
「シルバートが選んだ相手だ。その眼に見定められたのなら、間違いはないだろう」
「……」
隣で殿下は無言。
当然、殿下の特別な眼のことを陛下は知っている。
あらゆるものの真実を見抜く眼の前では、嘘偽りは通用せず、誰もが心の奥底まで丸裸にされてしまう。
その殿下が選んだ相手なら、相応の価値があるのだろうと。
たとえ、双子の聖女の、落ちこぼれの妹と呼ばれている相手であれ。
陛下の視線が、態度が、そう問いかけているように見えた。
「生憎、私の目に君はあまりに普通に見える。王族の一員として、いずれ王子の妻となる女性として、君が相応しいかどうかを問いたい」
「父上、私が見て決めた相手です。父上がおっしゃったように間違いはありません。彼女には、私の隣に立ち、この国を支えるだけの力があります」
助け船を出すように、殿下が国王陛下に説明してくれている。
少し焦っているようにも見えた。
余裕のない殿下は初めて見る。
殿下の瞳は、国王陛下が何を思っているのかを見据えているのだろう。
眼帯で瞳を隠しても、相手の感情は読み取れると言っていた。
そんな力がなくとも、私にも陛下が何を思っているのか予想がつく。
疑問、疑念だ。
出来損ないの聖女でしかない私に、王族の一員になる価値があるのかどうか。
「それを理解した上での問いだ。私はお前の眼を信用している。だが、それを口にするのはお前自身だろう?」
「……」
それはまるで、殿下の眼だけを信じ、殿下の言葉を信じていないような言い回し。
殿下も沈黙する。
基準は王国にとっての利益になるかどうか。
身内贔屓もせず、差別もない。
ただ純粋に、その眼で価値を見定める。
これがベスティア王国の国王……この国を背負う人物。
「アストレア、君は薬学にも精通しているようだな」
「はい」
「その知識、力には期待している。必要な時は頼らせてもらう」
「父上、彼女は私の婚約者として招いたのです。薬師として招いたわけでは――」
「わかりました」
殿下の言葉を遮るように、私はハッキリと声に出す。
「アストレア?」
少し驚き、心配そうに視線を向ける殿下に、私は精一杯の笑顔を見せる。
安心してほしくて。
無理なんてしていないと伝えたい。
「私にできることであれば、いつでもおっしゃってください。この国の、殿下のお役に立てるのであれば、それこそ私にとっての誉れでございます」
嘘偽りはない。
私は心からそう思っている。
たとえ国のために利用されているだけでも、私は構わないと思った。
これまで無自覚に搾取され、努力は報われず、注目もされず、独りぼっちで生きて来た私にとって、この国での暮らしは天国のようだ。
私のことを気遣ってくれる人がいる。
成果を認め、努力を褒めてくれる人たちがいてくれる。
それだけで私は頑張れる。
期待してもらえる喜びを私は知ったから。
「アストレア……」
「そうか。ならば、今後の君に期待しよう」
それは陛下から初めて、私個人に対する期待を示す言葉だった。
私の返答は、陛下が求めるものに近かったのだろう。
この時、私は陛下にこの国の人間として、殿下の婚約者として認知してもらえた。
「はい! 少しでも殿下の力になれるよう努力いたします」
誰かのために頑張れることを、私は幸せに思う。
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