30.甘えた幻想
ゆったりとした時間は流れる。
私が淹れたハーブティーも、三人で分けたらあっという間になくなった。
幸せな休憩時間も終わる。
「お邪魔したね。俺は執務室にいるから、何かあれば訪ねてくれたらいい」
「はい。ありがとうございます」
「感謝はこっちのセリフだ。とてもいい時間を過ごせた。また時間を見つけて、ゆっくりお茶でも飲みながら話そう」
「はい。その時はお菓子も用意します」
「お菓子も作れるのか? それは楽しみだな」
殿下は嬉しそうに微笑む。
改めてお菓子作りの勉強をしよう。
殿下の笑顔を見て、彼をもっと喜ばせたくてそう思う。
「それじゃあ行くよ」
「はい。あ、殿下」
私は立ち去ろうとする殿下を呼び止める。
「なんだ?」
「さっきの話……」
「聖女の力のことか? 信じられない?」
「いえ! 殿下がそうおっしゃるなら、きっと間違いないと思います」
殿下の瞳は特別だ。
彼の言うことには異様な説得力がある。
本当のことだと信じた上で、一つだけ聞いておきたことがあった。
私は恐る恐る、殿下に尋ねる。
「私が奇跡を与えていたのなら、今頃……お姉様にはどんな影響が出ているのでしょうか」
「……気になるのか?」
「はい」
殿下は、私の力でお姉様の力が相乗されていたと言っていた。
ならば私が離れてしまった今は?
国を跨ぐほどの距離でも、私とお姉様の力関係は続くのだろうか。
それとも……。
「君は優しいな」
そう言って殿下は呆れながら笑う。
「君が思った通りだよ。君たち双子の力は、互いに影響し合っている。だが距離が離れてしまえば、君の力はヘスティアには届かない」
「それなら今頃……」
「ああ、苦労している。もしくは、気づき始めた頃かもしれないな」
自分の力が弱まっていることに。
と、殿下は続けた。
私は心の中で、やっぱりそうなのかと思う。
「本当に優しいな、君は」
「え?」
「心配なんだろう? ヘスティアのことが」
「……気になりはします」
私がいなくなったせいでお姉様が苦労しているのだとしたら。
少なからず責任は感じる。
それにちょっと怖い。
気づいた時、お姉様が何を思うのか。
私のせいだとわかれば、きっといつもみたいに私を……。
「その優しさは美徳だ。けれど偶には厳しくあってもいいと思う」
「殿下?」
「姉妹なんだ。君がこれまで経験した苦労の、ほんの一部でも知ってもらうにはいい機会だ。それで反省するとは思えないが、いい薬にはなるだろう」
「……そう、ですね」
お姉様に、私の気持ちをわかってほしい。
そう思わなかったといえば嘘になる。
殿下の言う通り、いい機会なのかもしれない。
これをきっかけに少しでも、お姉様が私に優しくなってくれたら……なんて、今さら遅い。
もう、私たちは遠く離れてしまった。
◇◇◇
ヘスティアは聖女として、王都でもっとも大きい教会で祈りを捧げている。
毎日決まった時間に訪れ、迷える者たちの悩みや苦しみに耳を傾け、祈りを捧げ奇跡を起こす。
聖女の存在は王国の宝であり、人々の心の支えでもあった。
どれだけ重い病も、聖女の力に頼れば解決する。
治療法がない病が蔓延したとしても、聖女がいれば死ぬことはない。
そういう安心感を聖女は与えていた。
ヘスティアもそれを理解し、自分を求める人々の声に酔いしれていた。
しかし、少しずつ状況は変わり始める。
「ありがとうございます! 聖女様」
「はい。神のご加護があらんことを」
祈りを終えた一人が去り、ヘスティアはため息をもらす。
「聖女様、次の方がいらっしゃいます」
「あと何人いるの?」
「今の方で半数です」
「まだ半分? 今日はいつもより多いのね」
「いえ、人数は普段と変わりません」
教会の神父がヘスティアに説明する。
彼女はまだ気づいていない。
自身の祈りの力が弱まっていることに。
これまで以上に、一つの奇跡を起こすまでに使う時間が長くなっていた。
加えて疲労感も増している。
アストレアがいなくなり、彼女の力に頼れなくなったことで、日に日にヘスティアの力は弱まっている。
否、本来の状態に戻っていた。
「やっと終わったわね……」
「お疲れ様でした。聖女様」
「ええ、帰るわ」
外はすっかり暗くなる。
いつもなら夕刻になる前には教会を出て、屋敷に戻れていた。
日に日に帰宅時間が遅くなっている。
馬車に乗って屋敷に戻り、夕食の時間になる。
「ヘスティア、最近は帰りが遅いようだが?」
「心配しなくても大丈夫です。いつもより人が多いだけですから」
彼女は嘘をつく。
悟らせないように。
「そうか。ならばいいが、薬学の勉強も忘れてはいないな」
「……もちろんです」
ヘスティアは表情を引きつらせる。
アストレアがいなくなったことで、ウィンドロール家で薬を作る者はいなくなった。
これまでヘスティアの成果にしていた影響もあり、未だに新薬の開発を求める声はある。
聖女として、期待に応えなければならない。
これまで騙していたしわ寄せが、すべてヘスティアに集まっていた。
「ご馳走様でした。お先に失礼いたします」
「ああ、しっかり休むといい。明日も早いのだろう?」
「はい」
ヘスティアは部屋を出る。
誰もいないことを確認して、ため息をこぼす。
「心配なんてしていないくせに」
彼女は悪態をつく。
アストレアが隣国の王子と婚約してから、当主である父、グランダはどっちつかずの態度をとっていた。
それが彼女にとっては腹立たしく、気持ち悪かった。
自分こそが一番だった彼女にとって、アストレアと比べられることなどあってはならなかった。
「言われなくてもやってあげるわよ。アストレアに出来ていたんだもの。私がやればもっといい薬がつくれるわ」
そう、信じて疑わない。
自分の才能を、自分は選ばれし者なのだと。
それは事実である。
しかし、才能ある者も努力をしている。
アストレアのように、地道な努力が成果に繋がることを彼女は知らない。
全て不出来だと思っていた妹に押し付けてきたから。
極論、ヘスティアは甘えていた。
アストレアの存在に。
そのことを自覚するまで……あまり時間はかからないだろう。
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