25.偶然に感謝を
シルバートが王城から出てくる。
その背後には執事のバレスが離れずピタリとつき、シルバートの歩くペースに合わせる。
普段よりも少し早歩きで彼らは屋敷へと向かう。
西の空を見ると、オレンジ色の光が輝いていた。
「すっかり遅くなってしまったな」
会議が予定より長引いたことで、本来なら昼過ぎに帰宅できるはずが、もうすっかり夕方になっていた。
そそくさと歩くシルバートに、執事のバレスが尋ねる。
「心配ですか? 殿下」
「まぁな。ニーナも一緒だ。心配はないと思うが、随分待たせてしまった。退屈な思いをさせてしまったら申し訳ないだろう」
「お気持ちは理解いたします。ですがあまり急がれると転んでしまいますので、お気を付けください」
「わかっている。相変わらず心配性だな」
この二人の関係は、シルバートが物心ついた頃から続いている。
王家の家族を除けば、バレスこそがシルバート最大の理解者であり、味方と呼べる存在だった。
故にシルバートはバレスを信頼し、バレスも彼の信頼に応えようと全霊を尽くす。
まさに理想的な主従関係といえるだろう。
互いに見知った仲であり、特別な眼など使わずとも、心の奥が透けて見える。
「あまり深く考えすぎないほうがよろしいと思います」
「アストレアのことか?」
「はい。殿下は毎晩、アストレア様との接し方について悩んでおられる様子でしたので」
「……別にそういうわけじゃないがな」
シルバートは毎晩、その日を振り返るようにしている。
一人反省会とでも呼べる行為である。
小さいころから続けてきた習慣で、今さら珍しいことでもなかった。
ただ、最近はアストレアとのことばかり考えている。
彼女にかけた言葉に不適切なものはなかったか。
表情は、行動は、彼女を不安にさせたり、怯えさせるようなことはなかったか。
そんなことばかり考えていた。
「我ながら滑稽だな。まさか俺が……他人との関わりを深く悩むとは」
「私はよいことだと思います」
「いいこと、か。そうだな」
シルバートは能力故に、他人との関わりを避けていた。
これ以上に人間を嫌わぬように。
上手く関わらず、楽にやり過ごせることを優先して考えて来た。
しかし今、彼の悩みは違う。
アストレアとどう接するのが正解なのか。
関わらない方法ではなく、関わり方を考えている。
「自分を見てしまって、気持ちが逸っているな。どうにも落ち着かない」
「それも含めて、関わるということです」
「……そうだな。長らく忘れていたよ」
誰もが等しく、他人との関わりには悩む。
好意的な相手、苦手な相手、嫌いな相手……いろいろいる。
全員と仲良く、全ての場面で上手く立ち回れる者などごく少数である。
深く知らないからこそ保てる距離感も、シルバートは一方的に知ってしまうから、上手く距離を測れずにいた。
だから避ける。
見て見ぬフリをして、遠ざける。
孤独が好きでも、得意でもないのに。
「帰ったら、なんと声をかけるのが一番なのだろうな」
「思うままに、でございます」
「それが一番難しいんだよ。自分の気持ちこそ……最も難解なんだから」
「左様ですね」
シルバートはため息交じりに笑みをこぼし、歩く速度を普通に戻す。
そうして夕日が半分沈む頃、屋敷に戻った。
玄関から中に入り、何気なく彼女を探す。
彼に気付いた使用人の一人が挨拶をしてきたタイミングで、アストレアがどうしているか尋ねた。
「アストレア様なら書斎にいらっしゃいます」
「わかった。ありがとう」
書斎にいるということは、本でも読んでいるのだろうか。
多少なりとも退屈せずにいてくれたら嬉しい。
そう思いながら書斎に赴く。
ノックをして、中にいることを確認する。
「アストレア、いるか?」
「――! 殿下? はい」
「入るぞ」
中へと入る。
その光景に思わず、シルバートは驚く。
「これは……」
「お帰りなさいませ、殿下。散らかしてしまってすみません」
「いや、別にいいが……」
見覚えのない資料や小瓶がテーブルに並んでいる。
本を読んでいたとは思えない光景に驚き、一緒にいたニーナと目が合う。
「お帰りなさいませ、殿下」
「ああ、ニーナも一緒にいてくれたのか」
「はい。アストレア様の研究のお手伝いをしておりました」
「研究? ああ、新薬なのか」
ここでようやく何をしていたのか察する。
アストレアが以前から薬の研究をしていることは、シルバートも知っている。
なぜ彼女が新薬を作り始めたのか、その健気な理由も含めて。
「なんでわざわざ研究を?」
「それは……これなら殿下のお役に立てると思ったので」
「――俺のために?」
「その、何もせずに過ごすのは殿下に申し訳なく感じたので、私にできることはないかな……と、ご迷惑だったでしょうか?」
彼女は不安そうに尋ねる。
それを聞いて、シルバートは笑う。
「ははっ、迷惑だなんて思うわけない」
彼はバレスの言葉を思い出す。
思うままにすればいい。
そう、今、感じたことを言葉にすればいいのだと。
「ありがとう。嬉しいよ」
シルバートにはわかる。
彼女の善意は、偽りでも何かを欲するものでもない。
ただ純粋に、自身に恩を返したいと思っているだけなのだと。
清らかな心の持ち主は、その行動にも誠実さが溢れる。
改めて彼は、アストレアを婚約者に迎えたことに、彼女との未来を見せられた偶然に、照れながら感謝をする。
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