23.自由にしてと言われたら
食堂に入ると、先に殿下が座って待っていた。
視線が合う。
「おはよう、アストレア」
「おはようございます。シルバート殿下」
殿下は優しく微笑みながら私に声をかけてくれた。
続けて殿下はニーナにも気づく。
「ニーナもおはよう。彼女の案内をしてくれて感謝するよ」
「お褒め頂き光栄でございます」
ニーナはお淑やかに頭を下げる。
殿下の背後にはこの屋敷の執事長を務める男性、ニーナの祖父であるバレスさんが立っていた。
私は昨日と同じ席に腰かける。
ニーナが私の後ろに立ち、準備が整ったタイミングでバレスさんがシェフを呼ぶ。
「料理長、朝食の用意をお願いします」
「かしこまりました」
シェフが朝食の用意を始める。
その隙間時間に、殿下は私に質問する。
「昨日はよく眠れたか?」
「はい。おかげさまでぐっすり眠れました」
「そうか。ならよかった。寝具が合わなかったりしたら遠慮なく言ってくれ」
「はい」
話し始めて一分弱。
シェフが朝食を運んでくる。
あっという間にテーブルの上は美味しそうな料理が並んだ。
「美味しそう」
「さぁ、冷めないうちに食べてしまおう」
「はい」
朝食も豪華で、一つ一つの味も好みだった。
私が来たばかりだから、シェフも豪華にしてくれたのだろう。
小さな心遣いと美味しさに感動しながら、気づけばお皿は綺麗になっている。
食べ過ぎて太ってしまわないか心配になる美味しさだった。
「アストレア、招いて早々で悪いが今日は昼過ぎまで外出する。何かあればニーナを頼ってくれ」
「はい。お仕事か何かですか?」
「ああ、王城のほうで貴族たちの会合があるんだ。それに出席したら戻ってくる」
「わかりました。その間、私はどうしていればいいでしょう」
「自由にしていればいい」
殿下はそう言い、先に席を立つ。
あまり態度には見せなかったけど、どうやら急いでいるみたいだ。
「それじゃ行ってくる。また後で」
「はい。お気をつけて」
殿下は執事のバレスさんを連れ、食堂から出ていく。
私もニーナと一緒に食堂を後にする。
廊下を歩きながら、殿下の言葉を思い返す。
「自由に……」
そう言われても、何をどうしていいのかさっぱりわからない。
特にやることもなく、自室でダラダラと過ごすのは、なんだか殿下に申し訳ないと思った。
何かやることを探そう。
私にできることはなんだろう?
殿下のお役に立てることをしたい。
そう思った最初に浮かんだのは、昨日の案内で教えてくれた部屋のことだった。
「ニーナ、この後書斎に行ってもいいかな?」
「はい。ご自由になさってください。必要であれば私もご一緒します」
「ありがとう。それじゃ場所の案内だけお願いできるかな? 昨日教えてもらったけど迷ってしまいそうで」
「かしこまりました。書斎はこちらです」
ニーナに案内してもらって、一階の奥にある書斎へ向かう。
と、途中で思い出し、ニーナに自室へ寄ってから書斎へ行く道順に変更する。
書斎へは本を読みにいく、というわけではなかった。
私は自室に一度戻り、ウィンドロールの屋敷から持ってきた数少ない私物を手に取って自室を出る。
「もうよろしいのですか?」
「うん。これを持っていきたかったの」
私は茶色い小さなカバンを彼女に見せる。
彼女は首をかしげる。
「カバンですか?」
「うん。ウィンドロールのお屋敷で新薬の研究に使っていた資料とかが入っているの」
「アストレア様はお薬の研究をされていたのですか?」
ニーナは驚きながら尋ねてくる。
殿下から事情は聞いているみたいだったけど、私が新薬を開発したりしていることは知らないみたいだ。
私は頷いてから続ける。
「そうだよ。聖女の奇跡は起こせなくても、お薬ならたくさんの人を助けられると思って始めたんだ」
「素敵な理由ですね。尊敬いたします」
「そ、尊敬なんて」
言われると照れてしまう。
何気に初めて言われたから、どういう反応をすればいいか困る。
「書斎へは研究の続きをされるために?」
「うん。落ち着いた場所が好きなの。書斎には資料もたくさんあるから、研究するにはちょうどいい場所だと思って」
「殿下がそうおっしゃったのですか?」
「ううん、殿下は何も。ただ私がそうしたいと思ったの。なんの取り柄もない私だけど、これなら殿下のお役に少しでも立てる気がして」
これくらいしか思い浮かばなかった。
私が殿下にあげられるもの。
こんな時、お姉様みたいに聖女の力があれば……と思ってしまう。
「素敵なお考えです。きっと殿下もお喜びになられます」
「ありがとう」
そうだといいな。
私はニーナと一緒に書斎へと向かった。