20.恋を始める
「俺は他人と関わる度に、人間のことが嫌いになりそうだった。子供の頃は特にそれが強くて、誰とも関わりたくないとすら思った」
「……」
話を聞きながら泣きそうになる。
なんて切なく、悲しい過去なのだろう。
殿下は私なんかよりもずっと辛い思いを経験している。
それなのに、私みたいな出来損ないな妹を気遣って、こうして助けてくれた。
私は殿下に、何をあげられるだろうか。
「今は大人になって、折り合いもつけられた。直接見なければ深くはわからない。せいぜい感情が読み取れるくらいだからな」
「それだけでも十分に大変ではありませんか」
「慣れるんだよ。ずっとこうだからな」
「それでも……」
やっぱり辛い思いをたくさんする。
他人よりも多く、意味ある立場だからこそ余計に。
聖女であるお姉様に取り入ろうとする人々は多かった。
彼らはお姉様に近づくために、私を利用していた。
特別な力なんてなくても、見え透いてしまう彼らの魂胆に、私は嫌気がさしていた。
殿下の場合はそれを、何倍にも濃くして体験していたのだろう。
より鮮明に、明確に下心が見えてしまう。
端から見れば便利な力のように思えるけど、本人はきっと便利だなんて思わない。
「……本当に私でよかったのですか?」
「急にどうしたんだ?」
「だって、私は出来損ないの妹です。私と婚約すれば、きっと周りの人たちは疑問に思います。よくないことだって思うかもしれません」
殿下は頭が悪くなってしまったのか。
耄碌されてしまったのか。
この国の未来を心配するような声だって上がるかもしれない。
私は姉と違い、何もできない聖女だから。
唐突に不安になった。
私と婚約することで、殿下に不幸が訪れるのではないかと。
「言っただろ? 俺は君がいいんだ」
そんな不安を押しのけるように、殿下は手を伸ばし、私の頬に触れる。
「地位や名誉にこだわらない。君なら、弱い立場の人間の気持ちも、苦しむ人たちの苦労もわかるだろう? 俺はそういう人間と一緒にいたい。心の優しい人間といると、こっちも穏やかになる」
「殿下……」
「俺のほうこそ、君には謝らないといけない」
「え?」
殿下は申し訳なさそうに続ける。
「俺は、自分の力を政治に利用されたくない。だから君と婚約した。他国の人間と、あえて父上や兄上が選んだ相手ではない君と。俺は君を利用したようなものだ」
「そんなこと、気にしないでください」
「アストレア?」
殿下が頬に触れる手に、私はそっと手を被せる。
一つ、私を選んでくれた理由がわかった。
殿下は申し訳なさそうに謝ってくれたけど、私はそれでも構わないと思った。
私が殿下に救われた分を、少しでもお返しできるならと。
「好きに利用してください。それで殿下が少しでも、楽になるのなら」
「――!」
「それくらいしか、今は返せるものがありませんから」
ああ、もうハッキリとわかる。
殿下に触れられるとドキドキして、身体が熱くなるんだ。
不相応だとは思う。
それでも、この気持ちは本物で、誤魔化しきれない。
出会ってからは短く、交わした言葉も少ない。
お互いに、どういう人間なのかを理解し合うには足りないだろう。
だとしても、私は殿下に惹かれている。
そう。
私は殿下に、恋をし始めていた。
◇◇◇
俺の眼は見え過ぎる。
見えて嬉しいものだけじゃなくて、嫌なものまで見えてしまう。
だから隠した。
見えないようにと逃げて来た。
それでもふいに、自分のことは見えてしまう。
自分がこれから歩む道、出会う相手。
そして、惹かれる相手も先にしってしまう。
なんて不公平な能力だ。
こんな力……できれば捨ててしまいたい。
けれど、知ってしまった。
俺がこの先、誰かを本気で愛することがあるのだと。
その相手の笑顔を、愛おしく思う日が来ると。
「好きに利用してください。それで殿下が少しでも、楽になるのなら」
「――!」
その相手を見つけて、婚約までこぎつけた。
今はまだ半信半疑だ。
彼女の境遇を聞いて、放っておけないと思って、運命の相手であることを抜きにしても助けようと思った。
知れば知るほどに不憫で仕方がなかったからだ。
「それくらいしか、今は返せるものがありませんから」
俺はまだ、彼女を愛しているわけじゃない。
利用してしまった申し訳なさのほうが、どちらかといえば強い。
実際、彼女との婚約のおかげで、面倒な縁談は全て断ることができた。
その分の恩はしっかり返したい。
彼女が少しでも自由に、幸福に生活できる環境を作りたい。
今思うのはそれくらいで、それ以上はない。
「ありがとう」
そのはずだ。
彼女だって、まだ俺を愛しているわけじゃないだろう。
出会って間もない男に、完全に心を開くとは思えない。
それなのにどうして、そんなにもまっすぐ俺のことを見てくれるのか。
「さぁ、そろそろ戻ろう。冷え込むぞ」
「はい」
先に立ち上がり、俺は少し前を歩く。
彼女の足音が聞こえる。
「お話に付き合って頂いてありがとうございます。とても嬉しかったです」
「ああ、俺もだ」
なんだこの感覚は?
胸の奥がぎゅっと痛いようで、苦しいようで。
先に自分を知ってしまっているが故か。
それとも、彼女には人を惹きつけるものがあるのか。
理由を探す。
この胸の痛みの。
とにかく今は、彼女が俺に向けてくれた優しい言葉が、頭から離れない。
「ははっ、困ったな」
彼女を愛するなんて、もっと先だと思っていた。
けれど案外、近い未来なのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は彼女と共に夜空の下を歩く。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。
https://ncode.syosetu.com/n8177jc/