表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/46

20.恋を始める

「俺は他人と関わる度に、人間のことが嫌いになりそうだった。子供の頃は特にそれが強くて、誰とも関わりたくないとすら思った」

「……」


 話を聞きながら泣きそうになる。

 なんて切なく、悲しい過去なのだろう。

 殿下は私なんかよりもずっと辛い思いを経験している。

 それなのに、私みたいな出来損ないな妹を気遣って、こうして助けてくれた。

 私は殿下に、何をあげられるだろうか。


「今は大人になって、折り合いもつけられた。直接見なければ深くはわからない。せいぜい感情が読み取れるくらいだからな」

「それだけでも十分に大変ではありませんか」

「慣れるんだよ。ずっとこうだからな」

「それでも……」


 やっぱり辛い思いをたくさんする。

 他人よりも多く、意味ある立場だからこそ余計に。

 聖女であるお姉様に取り入ろうとする人々は多かった。

 彼らはお姉様に近づくために、私を利用していた。

 特別な力なんてなくても、見え透いてしまう彼らの魂胆に、私は嫌気がさしていた。

 殿下の場合はそれを、何倍にも濃くして体験していたのだろう。

 より鮮明に、明確に下心が見えてしまう。

 端から見れば便利な力のように思えるけど、本人はきっと便利だなんて思わない。


「……本当に私でよかったのですか?」

「急にどうしたんだ?」

「だって、私は出来損ないの妹です。私と婚約すれば、きっと周りの人たちは疑問に思います。よくないことだって思うかもしれません」


 殿下は頭が悪くなってしまったのか。

 耄碌されてしまったのか。

 この国の未来を心配するような声だって上がるかもしれない。

 私は姉と違い、何もできない聖女だから。

 唐突に不安になった。

 私と婚約することで、殿下に不幸が訪れるのではないかと。


「言っただろ? 俺は君がいいんだ」


 そんな不安を押しのけるように、殿下は手を伸ばし、私の頬に触れる。


「地位や名誉にこだわらない。君なら、弱い立場の人間の気持ちも、苦しむ人たちの苦労もわかるだろう? 俺はそういう人間と一緒にいたい。心の優しい人間といると、こっちも穏やかになる」

「殿下……」

「俺のほうこそ、君には謝らないといけない」

「え?」


 殿下は申し訳なさそうに続ける。


「俺は、自分の力を政治に利用されたくない。だから君と婚約した。他国の人間と、あえて父上や兄上が選んだ相手ではない君と。俺は君を利用したようなものだ」

「そんなこと、気にしないでください」

「アストレア?」


 殿下が頬に触れる手に、私はそっと手を被せる。

 一つ、私を選んでくれた理由がわかった。

 殿下は申し訳なさそうに謝ってくれたけど、私はそれでも構わないと思った。

 私が殿下に救われた分を、少しでもお返しできるならと。


「好きに利用してください。それで殿下が少しでも、楽になるのなら」

「――!」

「それくらいしか、今は返せるものがありませんから」


 ああ、もうハッキリとわかる。

 殿下に触れられるとドキドキして、身体が熱くなるんだ。

 不相応だとは思う。

 それでも、この気持ちは本物で、誤魔化しきれない。

 出会ってからは短く、交わした言葉も少ない。

 お互いに、どういう人間なのかを理解し合うには足りないだろう。

 だとしても、私は殿下に惹かれている。


 そう。

 私は殿下に、恋をし始めていた。


  ◇◇◇


 俺の眼は見え過ぎる。

 見えて嬉しいものだけじゃなくて、嫌なものまで見えてしまう。

 だから隠した。

 見えないようにと逃げて来た。

 それでもふいに、自分のことは見えてしまう。

 自分がこれから歩む道、出会う相手。

 そして、惹かれる相手も先にしってしまう。

 なんて不公平な能力だ。

 こんな力……できれば捨ててしまいたい。


 けれど、知ってしまった。

 俺がこの先、誰かを本気で愛することがあるのだと。

 その相手の笑顔を、愛おしく思う日が来ると。


「好きに利用してください。それで殿下が少しでも、楽になるのなら」

「――!」


 その相手を見つけて、婚約までこぎつけた。

 今はまだ半信半疑だ。

 彼女の境遇を聞いて、放っておけないと思って、運命の相手であることを抜きにしても助けようと思った。

 知れば知るほどに不憫で仕方がなかったからだ。


「それくらいしか、今は返せるものがありませんから」


 俺はまだ、彼女を愛しているわけじゃない。

 利用してしまった申し訳なさのほうが、どちらかといえば強い。

 実際、彼女との婚約のおかげで、面倒な縁談は全て断ることができた。

 その分の恩はしっかり返したい。

 彼女が少しでも自由に、幸福に生活できる環境を作りたい。

 今思うのはそれくらいで、それ以上はない。


「ありがとう」


 そのはずだ。

 彼女だって、まだ俺を愛しているわけじゃないだろう。

 出会って間もない男に、完全に心を開くとは思えない。

 それなのにどうして、そんなにもまっすぐ俺のことを見てくれるのか。


「さぁ、そろそろ戻ろう。冷え込むぞ」

「はい」


 先に立ち上がり、俺は少し前を歩く。

 彼女の足音が聞こえる。


「お話に付き合って頂いてありがとうございます。とても嬉しかったです」

「ああ、俺もだ」


 なんだこの感覚は?

 胸の奥がぎゅっと痛いようで、苦しいようで。

 先に自分を知ってしまっているが故か。

 それとも、彼女には人を惹きつけるものがあるのか。

 理由を探す。

 この胸の痛みの。


 とにかく今は、彼女が俺に向けてくれた優しい言葉が、頭から離れない。


「ははっ、困ったな」


 彼女を愛するなんて、もっと先だと思っていた。

 けれど案外、近い未来なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は彼女と共に夜空の下を歩く。

【作者からのお願い】

新作投稿しました!

タイトルは――


『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』

https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

第一巻1/10発売!!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
― 新着の感想 ―
[一言] ある意味じゃ、どっちも政略結婚にかわりないが 自分で選んでるから好き勝手できる保険とも言えるな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ