2.認められる日を信じて
姉と別れた私は、お父様のいる執務室に向かう。
扉の前に立ち、トントントンと三回ノックをしてから名前を口にする。
「お父様、アストレアです」
「――入れ」
低く冷たい声を聞き、私は扉を開ける。
お父様は仕事中だった。
書類の山に目を通し、私が入ってきても構わず仕事を続けている。
「失礼します、お父様」
「何の用だ?」
「はい。縁談のほうが終わりましたので、その、報告を」
「そうか。結果は?」
「相手の方はお帰りになりました」
端的に伝える。
お父様は書類をめくり、一切気にする様子はない。
娘の縁談があったというのに、興味も示さない。
「そうか。わかった」
ぼそりと一言口にする。
何がわかったのだろうか。
姉のように私のことを馬鹿にする様子はないけれど、興味を示してくれないのは悲しい。
この人にとって私は、娘ではないのだろうかと……思ってしまう。
私はこの空気が苦手だ。
「失礼します」
報告を済ませて、そそくさと逃げるように背を向ける。
「アストレア」
「――はい」
名を呼ばれて振り返る。
久しぶりだった。
お父様に名前を呼んでもらえるのは。
少しだけ嬉しくて、明るい気持ちで振り返る。
けれどお父様は目も合わせず、冷たく言い放つ。
「ヘスティアの邪魔だけはするな。お前はただ、言われた通りにしていればいい」
「――! はい」
お父様からの忠告を受け取り、ほんの少しだけしていた期待は打ち砕かれる。
わかっていたことなのに、私は落ち込みながら部屋を出る。
一人とぼとぼと歩きながら、周りに誰もいないことを確認してため息をこぼす。
「……そんなこと、言われなくてもわかってるよ」
私は出来損ないだ。
そんな私のことを見てくれる人なんて、この世界には一人もいない。
聖女の癖に何もできない私に、仲良くするだけの価値はなかった。
今日みたいな縁談も初めてじゃない。
元々はお姉様に来た縁談の話だけど、相手が自分に見合う相手じゃないとわかると、身代わりに私を出席させる。
相手はお姉様が来ると思っているから、私が来て驚いたり、呆れたり、怒ったりする。
当然ながら誰一人として喜ばない。
偶に私を通してお姉様と仲良くなろうとして、一時的に婚約を結ぶこともあるけれど、私に利用価値がないとわかれば、すぐに婚約破棄され捨てられる。
だから、今回みたいにハッキリと、最初に断ってもらえるほうがマシだと思えるようになった。
お姉様はというと、身分的に見合った相手との縁談には出席するけど、趣味が合わないとか、顔が好みじゃないとかいう理由で全て断っている。
とても酷い対応をしている。
けれどお姉様には聖女の立場があるから、誰も文句は言えなかった。
みんなお姉様と懇意にしたがるのは、聖女の力をもつ特別な女性の血を、自らの家系に取り入れたいがためだ。
次代の聖女は、血縁者から生まれることが多い。
私とお姉様の場合は違ったけれど。
私は自室にたどり着く。
テーブルの上には書類の山と、中身が空になった小瓶が置かれている。
床の木箱には薬草などの素材。
さながら小さな研究室だ。
「……よし」
気持ちを切り替えて今日も頑張ろう。
私はここで、新薬の研究をしている。
聖女としての力が弱い私は、お姉様のように祈りだけで他者を救うことはできない。
だから私は、私なりの方法で国に貢献しようと思った。
祈りは通じなくとも、薬なら多くの人々を助けることができる。
期待されなかった私は時間だけはたっぷりあった。
屋敷の書物を読み漁り、独学で薬草やハーブなどの知識を身に着け、お父様に頼んで設備を用意してもらい、日夜研究に励んでいる。
お姉様は無駄な努力と言うけれど、着実に成果は上げている。
これまで七本、新しい薬を開発してきた。
そして今、八本目の新薬が完成間近だ。
北の大地で流行っている伝染病に効く新薬。
これを開発すれば多くの人々が病から解放される。
聖女の祈りは届かなくても、薬なら遠く離れた地の人々まで届いてくれる。
無駄なんかじゃない。
私がやっていることは必ず、多くの人々の役に立つ。
そしていつか、私のことも……。
二日後、新薬は完成した。
完成した新薬をお父様に報告すると、いつものように私に代わって王国へ報告してくれる。
製造法を伝えれば、宮廷にいる薬師の方々が量産してくれる。
これで一つ、成果が積み上げられた。
まだまだお姉様に追いつくことはできないけれど、少しでも近づくことができれば……。
と、思っていたときだった。
廊下を歩いていると、クスクス笑い声が聞こえてきた。
「聞きました? アストレア様、また薬を開発したらしいわ」
「そうなの? 頑張るわね、無駄なのに」
話しているのは屋敷の使用人たちだった。
彼らも私のことを馬鹿にしている。
この屋敷に、私の味方は一人もいない。
陰口も今さらだから気にせず通り過ぎようとした。
「本当に気の毒だわ。どれだけ頑張っても、全部ヘスティア様の手柄になるのに」
「……?」
けれど私は立ち止まった。
思わぬ一言に動揺して。
「その話、本人は知らないのでしょう?」
「らしいわね。当主様は酷いことをなされるわよ」
「仕方がないわよ。そういう役回りとして生まれてきたんだわ」
「……そんな……」