18.食事が楽しみになって
「お待たせしました、殿下」
「もういいのか?」
「はい。荷物は置いてきました」
「そうか。なら屋敷の中を案内しよう」
「はい! お願いします」
殿下が歩き出す。
その少し後ろを歩き、彼の横顔を見る。
聞きたいことはたくさんある。
本当は今すぐ質問したいけど、迷惑だろうと思ってぐっと堪える。
「一階にキッチンや食堂、浴場はある。食事は専属のシェフが決まった時間に用意してくれる。好き嫌いがあれば先に言っておくと喜ばれるぞ」
「はい。とくに好き嫌いはありませんので平気です」
「いいな。俺は野菜が苦手だから減らしてもらっている」
「そうなんですか?」
意外だと思った。
ただの雰囲気だけど、殿下も好き嫌いとかなさそうだと思ってたから。
野菜が苦手なのか。
なんだか子供みたいでちょっぴり可愛い。
「今子供みたいって思っただろ?」
「――! す、すみません」
「別にいい。事実その通りだし自覚してる。なんとか克服しようと頑張ってはいるんだけどな……中々苦いのは口に合わない」
殿下はあからさまに嫌そうな顔で舌を出す。
よほど苦手なのだろう。
ちゃんと克服しようという姿勢には、殿下の真面目さを感じる。
それにしても、今の一瞬で心まで見えてしまうのだろうか。
彼の眼は閉じていても、どこまで見えているのかが気になって、眼帯で隠れている左目に視線を向ける。
すると、殿下がその視線に気づいた。
「別に見えてるわけじゃないぞ?」
「そ、そうなのですか? でもさっき……」
「さっきのは勘だ。そう思ったんじゃないかと、表情を見て感じただけだよ」
「勘……」
「気づいてないかもしれないけど、君は結構顔に出るぞ」
「え?」
そうだったの?
初めて言われて、思わず両手で自分の顔に触れる。
すると彼は笑いながら、そういうところもわかりやすいぞ、と口にした。
「君は反応が一々可愛らしいな。わざとじゃないところが特に」
「――!」
照れてしまう。
殿下は容易に会話の中で可愛いと言ってくれる。
建前だとしても嬉しかった。
恥ずかしくて目を逸らしてしまうくらいに。
それから殿下に案内され、屋敷の中を一通り回った。
殿下は普段、二階の執務室で仕事をしているらしい。
外出することも多く、二日に一度くらいのペースで不在の時があるとか。
王子様の日々は多忙だ。
貴族たちの会合や、管轄の領地の視察、王国内で起こっている問題の解決、社交場への参加。
やることがたくさんあって、私ならパニックになりそうだ。
「一通り案内したけど、大丈夫そうか?」
「はい。頑張って覚えます」
「そうか」
殿下が窓の外を見る。
いつの間にか時間が過ぎて、西の空に夕日が沈んでいた。
見ている間に完全に沈み、すっかり暗くなる。
「そろそろ夕食にしようか」
「はい」
食堂に行き、シェフの方にも挨拶を済ませる。
殿下がシェフに、今夜はいつも以上に豪勢な夕食を、とお願いしているのが聞こえた。
私が初めてこの地に訪れた日だから。
そう考えてくれているのだとしたら、特別嬉しくなってしまう。
食事が運ばれるまで、私たちは長いテーブルに腰かけて待つ。
対面するように座り、談笑しながら待っていると、期待通り豪勢な夕食が運ばれてきた。
「美味しそう」
「うちのシェフは超一流だからな。見た目だけじゃなくて味も最高だぞ」
殿下の自慢通り、味も最高に美味しかった。
国が違うと少し味付けも変わっていて、一口目はほんの少し違和感があった。
けれど食べ進めると慣れてきて、気づけば病みつきになる。
いくらでも食べられそうだけど、あっという間にお腹がもう限界ですと訴え始めた。
「ご馳走様でした」
「もういいのか? 遠慮しなくていいんだぞ?」
「お腹がいっぱいになってしまいました。普段からそんなに多く食べていないので、これで十分です」
「そうか? アストレアは細すぎてちょっと心配になるな」
「そう、でしょうか」
「ああ。ちゃんと栄養のある物をしっかり食べて、健康を維持しないとな。まぁ野菜が苦手な俺が言っても説得力ないけど」
「ふふっ、いえ、ありがとうございます」
小食なのにも理由はある。
今まで遠慮したり、食事の場が好きじゃなかったからだ。
ここではその心配はない。
これから毎日、殿下と楽しく食事ができる。
楽しいと美味しいは繋がって、食事は余計に美味しく感じるかもしれない。
「この後は浴場も好きに使ってくれていい。メイドに話は通してある。今日はもうゆっくり休むといい。長旅で疲れただろ?」
「はい。そうします」
こうして楽しい食事の時間は終わった。
これからは食事の時間が楽しみだ。