17.隣国のお屋敷
馬車をさらに走らせ二時間弱。
窓から見える風景も変わりだし、街並みが近づく。
広大な自然に囲まれ、円形に切り開かれた土地に、ベスティリア王国の王都はある。
「到着したぞ。ここが王都だ」
私たちを乗せた馬車はついに王都の街へと入る。
石畳みを綺麗に並べた道は、外の街道と違って揺れも少なく快適だった。
王都の大門を抜け、商店街を通り、住宅地を抜ける。
王族が乗っていると知られれば大騒ぎになるから、ここから先は窓のカーテンを閉める。
私はソワソワしていた。
王都の光景を見たくて。
それに気づいた殿下が、微笑ましく笑って言う。
「少しなら見てもいいぞ」
「あ、ありがとうございます」
私はお言葉に甘えて、カーテンの隙間から外を見る。
大勢の人々が行き交い、まるでパレードのように賑わっていた。
あまり屋敷から外に出ない私にとって、こうして街の中を進むだけでも新鮮だ。
故郷の王都とどう違うのかがわからないのは、ちょっぴり情けない。
これからは少しずつ、外の世界にも繰り出そう。
殿下が許してくれるなら、いろんな景色を見てみたい。
今はそう思う。
そうして進み、徐々に人通りの少ない道に入る。
貴族たちが多く居を構えている地域に入ると、街並みの景色もガラッと変わる。
大きな屋敷が、相応の間隔を保って建っていた。
ここまでくると、私が暮らしていた屋敷の周辺に似ている。
ウィンドロール家の屋敷も王都の中にあり、俗にいう貴族街と呼ばれるエリアに位置していた。
貴族の中でも地位が高く、政治に影響力を持つ貴族たちは、基本的に王都の王城に近いエリアを生活の拠点にしている。
おそらくそれは万国共通。
古くから交流の深い両国は特に、この辺りの造りは似ている。
貴族の区域も抜けると、いよいよ馬車は王国の象徴へとたどり着く。
馬車が停まる。
「シルバート殿下、アストレア様、到着いたしました」
「ありがとう。長旅で疲れただろう? 十分な休暇を取ってくれ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
殿下は御者に労いの言葉をかけ、一人先に馬車を降りる。
そして振り返り、私に手を差し出す。
「さぁ、アストレアも」
「はい」
まるでお姫様の気分だ。
私は差し出された殿下の手に触れ、そのまま優しく導かれて馬車を降りる。
殿下の立ち振る舞いは一つ一つが洗練されていて、高貴な立場の者であることを強く感じる。
私はちょっぴり圧倒されながらも、殿下の隣に立つ。
「ここからは歩いて行く。ついてきてくれ」
「はい」
そう言って歩き出す殿下の後に続く。
王城の中に入るのかと思ったら、殿下はさっそく道を逸れていった。
気になった私は歩きながら殿下に尋ねる。
「どちらに向かわれているのですか?」
「俺が普段生活している場所だよ」
「え? 王城の中ではないのですか?」
「今はね。小さい頃は王城の中に部屋があったんだけど、いろいろあって今は違うんだ」
殿下は語りながら進む。
私の歩幅に合わせるように、ゆっくり目の速度で。
いろいろあって、という部分が気になった。
王族といえば王城。
王城は王族が住まう場所であり、職務をこなす場所は宮廷と分けたり、敷地内に騎士団の隊舎があったりする。
少なくとも私が知る王城はそうだった。
一応、私も聖女だったから、数回王城に入ったことはあって記憶に残っている。
広くて、大きくて、息苦しかった。
「ここだ」
「……お屋敷、ですか?」
「ああ、俺専用のな」
たどり着いたのは王城でも宮廷でもなく、少し小さ目な屋敷だった。
ウィンドロール家の屋敷よりも少し小さい。
屋敷としては十分大きいほうなのだろうけど、隣に大きなお城があるから余計小さく見える。
殿下に連れられ中へと入る。
すると、メイドの女性が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、殿下」
「ああ、ただいま。お願いした部屋の用意はできているか?」
「済んでおります」
「ありがとう。アストレア、君の部屋に案内するよ」
お屋敷は二階建てだった。
階段で二階に上がり、二つほど部屋を通り越して、一室にたどり着く。
殿下が先に扉を開けると、中は広い寝室だった。
「ここを自由に使ってくれて構わない。必要なものは大方揃えているが、足りなければ遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。こんなにも広い部屋を頂けて嬉しいです」
「そうか? 普通の部屋だぞ」
「私がいた部屋よりずっと広いですよ」
ウィンドロール家で私が生活していた部屋の倍はある。
研究室を合わせてようやく一緒くらいか。
お姉様の部屋はそれよりずっと大きくて、私との格差を象徴しているようだった。
殿下は切なげな表情で続ける。
「本当に自由に使ってくれ。隣が俺の寝室だから、もし何かあれば訪ねてくれてもいい」
「はい」
お隣が殿下の寝室なのか。
それを聞けて安心した。
困った時、寂しい時でも、隣に殿下がいてくれるという安心感が確保されて。
「外で待ってるから、荷物を置いてくるといい」
「わかりました」
部屋に入り、屋敷から持ってきた荷物を置く。
荷物といってもカバン一つ。
大した用意もしていない。
ドレスとか服は、お姉様の嫌がらせでほとんどダメにしてしまったから。
大事なものは研究に使っていた資料や、壊されずに残った道具だけ。
これだけあれば十分だ。
私は広い部屋の中心で、大きく深呼吸をする。
「ここが今日から私の……」
生活する場所。
私にはもったいないくらい素敵な部屋だ。
ただ、ふと疑問に思う。
殿下はどうして、王城ではなくこの屋敷で生活しているのか。
いろいろあって……その言葉に込められた過去を知りたい。
願わくば、もっと殿下のことを……。
そう思いながら、私は扉を開けて外に出る。