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16.前向きな気持ちで

 奇跡は誰にだって起こる。

 聖女の力なんてなくても、祈りが届かなくても。

 普通に生きていれば、小さな幸福が巡ってくるように。

 ずっと耐え続けた先にようやく、私の人生に光が差し込んできた。


「もうすぐ着くぞ」

「はい」


 揺れる馬車が走る。

 私と殿下は同じ馬車の席に座り、お互いの顔がよく見える距離にいる。

 毅然とした態度でいつも通りにしている殿下の前で、私は少しだけ自分の挙動不審を自覚する。

 窓の外を見たり、殿下の顔を見たり。

 それを繰り返しては目を逸らす。


「そんなに緊張しているのか?」

「は、はい。国の外に出るなんて初めてで、それがまさかこんな形でやってくるとは思っていませんでした」

「ずっと屋敷にいたのか?」

「外に出ても、あまりいいことがありませんでしたから」


 私は悪い意味で有名だった。

 いい意味で有名だった姉がいたせいで、余計に比較されている。

 不出来な妹。

 聖女の癖に祈りも届かない。

 神様に見放された可哀想な女……とか。

 いろんな噂が飛び交って、私のことを知る人たちは、冷たい目で私を見る。

 それが嫌で、お父様から命令されて出席するパーティーや、お姉様の代わりに参加するお見合い以外で外出することはめったになかった。

 心のどこかで諦めていたんだ。

 私はこの先一生、屋敷の一室で過ごし、寂しく消えていくのだと。

 そういう運命しかないと。

 だから嬉しい。

 こうして外の世界に、前向きな気持ちで旅立つことができて。


 窓の外を覗き込む。

 自然の中に作られた街道を走っている。

 まだ王都までは少しある。

 馬車が進む方向を見ると、小さく街らしきものが見えた。


 ベスティリア王国。

 私が生まれた国の東側に隣接する大国で、古くから同盟関係にある友好国の一つ。

 かつて国々が領土を争って戦争が起きた時も、この二国だけは常に対立することはなく、最初から共に国を支え守ることを誓い合った。

 そうして長い歴史の中で、立地だけではなく心でも隣に立ち、互いの国の発展に貢献し続けている。

 噂では王族同士の親交も厚く、互いに友人のような関係だとか。

 今回の国を跨いだ婚約も、両国のつながりがあったからこそ、ここまで早く話が進んだに違いない。


「殿下」

「なんだ?」

「改めて、ありがとうございます」

「それは何に対する感謝だ?」

「いろいろなことに対して、です」


 私の苦しみに気付き、手を差し伸べてくれた。

 殿下自身に目的があったのかはわからない。

 それでも私を必要としてくれた。

 殿下との婚約があったから、私に対する周囲の反応は変化した。

 変わらず、酷くなった人もいたけど。

 地獄のような日々から、彼の手が救い上げてくれたことに間違いはない。

 だから感謝しか感じない。

 殿下は私にとっての救世主のようだった。


「私にできることでしたら何でもおっしゃってください」

「なんでも?」

「はい。殿下のお役に立ちたいんです」

「そうか……なら、イケない要求でも構わないのか?」

「へ――」


 殿下は私の頬に手を触れ、そのお顔をぐっと近づけた。

 互いに呼吸音が聞こえる。

 もう少し近づけば、唇が触れ合うほどの近く。

 まさかこのまま――


「ふっ、冗談だ」

「で、殿下?」


 殿下の顔がすっと離れてしまう。

 触れていた手も一緒に。

 殿下は悪戯な笑顔を見せながら、私に忠告する。


「女性が男性に、なんでもなどというべきじゃないぞ? 男は皆、内心は獣と同じだからな」

「す、すみませんでした」

「謝らなくていい。ただからかってみただけだ。悪かったな」

「い、いえ……」


 どうやらからかわれていたらしい。

 からかわれるのも慣れているし、いつもなら嫌な気分になる。

 けれど不思議だ。

 殿下にからかわれるのは、なんだか嬉しく感じる。

 それに、少し残念だった。

 今でもまだ、ドキドキと胸が激しく鼓動を打っている。

 あともう少し近づけば唇に触れていた。

 何かの拍子に馬車が揺れて、とか、偶然で触れ合っていたかもしれない。

 私は不相応にも期待していたらしい。

 殿下と、そういうことをする光景を。


「それにしても、思った以上に初心な反応をするんだな」

「え、そ、そうでしたか?」

「ああ、顔を赤くして可愛らしかったよ」

「かわっ、あ、ありがとうございます」


 可愛らしいなんて生まれて初めて言われた気がする。

 私が自分の顔が赤くなったことを自覚する。

 恥ずかしくて目を逸らす。


「これまで男性と接したことはなかったのか?」

「その……何度か婚約をさせていただいたことはあります。ただあまり長続きしなくて、言葉を交わす程度でした」


 彼らの目的は見え透いていた。

 私ではなく、私の背後にいるお姉様やウィンドロール家に取り入ること。

 それ以外に考えていない。

 故に、愛はなかった。

 貴族同士、愛のない結婚は多くあるだろう。

 だとしてもせめて、思いやる気持ちくらいは持っていてほしかった。

 彼らにはそれすらない。

 だから簡単に、私のことを捨てられる。


「そうか。ならこうして、手を触れ合うのも俺が初めてか?」

 

 彼はおもむろに、私の手を握る。


「……はい」


 胸が高鳴る。

 ただ手と手が触れ合っているだけなのに。

 どうしようもなくドキドキする。

 殿下には伝わるだろうか?

 そして殿下は……どう思っているのだろうか。


「悪くないな」


 殿下はぼそりと呟く。

 ほんの少しでもいいから、殿下も嬉しいと感じてくれたら……。

 それだけで、私は幸せだ。

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