14.信じて待つだけ
朝食を済ませた私は、勢いよく部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
はしたない格好だと自分でも理解している。
けれど、力が抜けてしまった。
「はぁ……」
盛大にため息をこぼす。
落ち着く。
この部屋の中だけが、私が唯一安心できる場所になっていた。
部屋の外は恐ろしい。
いつ、どこで、何をされているかわからない。
周囲や私の目を盗み、私が困る仕掛けをして、お姉様はニヤニヤと笑みを浮かべている。
最近は徐々にエスカレートしていっている。
履物の中に尖った石が入っていた時は、気づかず履いて足を切ってしまった。
数少ないドレスも、お姉様にやぶられ捨てなくてはならない。
研究も、お姉様の妨害でまったく進んでいなかった。
せっかく九本目の新しい薬品が完成しそうなところだったのに、素材や途中経過の試作品も台無しにされてしまったから。
「……あんなことして楽しいの?」
陰湿だし、陰険だ。
自分の姉だけど、最低だと今は思う。
「私が何をしたっていうの?」
お姉様に対して何かしたことなんてない。
シルバート殿下との婚約だって、元はお姉様が行きたくないから、代わりに私が参加した。
その結果が、殿下との婚約に繋がっている。
だから気に入らなかったの?
殿下が煽ったから余計に、お姉様のプライドを傷つけたのかもしれない。
そうだとしても、殿下を責める気にはまったくなれなかった。
だって殿下は、私のことで怒ってくれたのだから。
「殿下……」
あれから一週間が経過した。
言われた通り、毎日なんとか耐えている。
殿下がもう一度会いにきてくれる。
その日を信じて待ち続ける。
常に殿下から貰った小さな紙を持ち歩き、時々広げては悩む。
この場所に行けばよくしてもらえる。
本当に辛くなったら逃げていい。
殿下は私にそう言ってくれた。
我慢しすぎるなと。
「ありがとうございます。殿下」
その言葉だけで、私は勇気を貰える。
単なる同情でしかないのかもしれないけど、それで十分だった。
私はずっと一人だったから。
誰かに心配されたり、憐れまれることすらなかった私にとって、殿下が私に向けてくれる言葉全てが心に響く。
たとえ偽りでも、私のことを考えてくれているなら、それだけで満足だった。
「……」
もう少しだけ眠ろう。
私はゆっくりと目を瞑り、瞼の裏を見ながら思い描く。
殿下と交わした言葉を、彼の表情を。
次に会えた時の感動を夢見て。
◇◇◇
「……もう、朝……」
使用人に起こされるよりも早く、私は目覚めた。
ベッドから起き上がり、用意された服を手に取る。
今なら使用人にお願いできるけど、これまでの癖で自分で着替えを始める。
今日は少し、身体が重い。
殿下と別れてから十日が過ぎた。
今も変わらず、お姉様からの嫌がらせは続いている。
最近は小言も増えた。
顔を合わす度に、同じセリフを口にする。
それがとても嫌だった。
「おはようございます、アストレア様」
「おはよう」
「どちらへ向かわれますか?」
「朝食に」
「かしこまりました。お供致します」
部屋の外での移動は、常に使用人が同行するようになった。
お姉様の嫌がらせがこれ以上ひどくならぬよう、お父様が用意してくれたらしい。
有難いと思うべきだけど、私にとっては窮屈で仕方がなかった。
自室以外、どこへ行くにも他人の眼がある。
片時も気が休まる瞬間がない。
朝食の時間もそうだ。
「今日も来てくださいませんでしたね? シルバート殿下は」
「……」
「気が変わってしまったのではありませんか? やっぱりアストレアとの婚約なんてする価値がありませんもの」
お姉様の煽りを聞き続ける。
私は聞こえないふりをして、少しでも早く朝食を食べ終わろうと手を動かす。
その間もお姉様は止まらない。
「そのうち使いの者がやってきて、婚約を破棄したいと言われてしまいそうで、私は心配だわ。泣いてしまうでしょう? アストレア」
「……」
「黙っちゃって。図星だから言い返せないんでしょう? 本当はわかっているはずよ。自分が選ばれるなんておかしいって」
「……」
今まで二人きりの時しか見せなかった悪い顔を、お父様の前でも見せるようになった。
お父様は見て見ぬフリだ。
私はやっと朝食を食べ終わり、立ち上がる。
「ご馳走様でした」
私は逃げ出す。
この空間に一秒でも長くとどまりたくなかった。
「また待つのかしら? 嘘つきな王子様のこと」
「――!」
部屋の扉に手をかけたところで、私は立ち止まり振り返る。
私のことはいくら馬鹿にしてくれてもいい。
そんなのは慣れているから。
でも……。
「殿下は嘘つきじゃない」
殿下のことを悪く言われるのは許せなかった。
たとえお姉様でも。
ギロっとお姉様は私を睨む。
私は彼女の視線に背を向けて、部屋を出た。
今日も一日、彼女の嫌がらせを耐える覚悟をして。






