13.お父様の苦悩
その後も、お姉様の仕業らしい嫌がらせは続いた。
数少ないドレスが汚され、破られてしまっていたり。
履物に穴を開けられていたり、中に尖った石が入っていることもあった。
私ですら幼稚に思えるような嫌がらせの数々に、心も身体も疲弊していく。
その疲れは、普段の生活に大きく影響し始める。
「アストレア、今日の予定は?」
「……」
「聞いているのか?」
「――! すみません。なんでしょうか? お父様」
いつもの朝食の風景。
ぼーっとしていた私は、お父様の声を聞き逃してしまった。
以前ならお父様に苦言を呈される場面だけど、今は注意されることはない。
反対に心配される。
「疲れているようだな。今日は部屋で休みなさい」
「……はい」
「あまり根を積めて研究しないほうがいい。部屋のほうは私が、しっかり見張りを立てておく」
「……ありがとうございます」
研究用の部屋が荒らされた一件は、当然お父様の耳にも入っている。
誰が犯人なのかは未だにわかっていないけど。
お父様の視線は僅かにお姉様に向いていた。
さすがのお父様もわかっているだろう。
いつもならお姉様に全面的な協力を態度で示すお父様も、今回のことは私を庇うように警備の者を配置してくれるようになった。
お姉様は食事をとりながらクスクスと小さく笑っている。
その笑顔は、私にはとても不気味で、怖かった。
「ご馳走様でした」
私は一足早く朝食を食べ終わり、逃げるようにして部屋を出ていく。
◇◇◇
アストレアが去り、二人になった食堂。
簡素に食器と食具が当たる音と、パクパク食べる音が聞こえる。
次に食べ終わったのはヘスティアだった。
「ご馳走様でした。私も先に失礼しますわ」
「待て、ヘスティア」
立ち上がり去ろうとする彼女を当主は引き留める。
ヘスティアは振り返る。
「なんですか? お父様」
「……今日はどうするつもりだ?」
「お父様もご存じでしょう。本日も教会でお祈りを捧げます。私は聖女としての役割があって忙しいのですよ」
「わかっている。私が聞きたいのは……」
当主は理解している。
これまでアストレアの周辺で起こっていることは、すべてヘスティアの仕業だということを。
彼だけではない。
屋敷で働く者たちの多くが、その現場を目撃していた。
けれど声をかけたり、注意などできない。
アストレアが隣国の王子と接点を持とうと、ヘスティアには聖女というゆるぎない立場があるから。
そしてそれは、父である当主も例外ではなかった。
「何かありましたか? お父様」
「……いや、なんでもない。無理はしないように」
「はい。ありがとうございます」
「……」
ニコリと微笑むヘスティア。
父である彼も、ヘスティアに強く当たることはできない。
なぜなら、彼女の聖女としての立場があったからこそ、ウィンドロール家は大きくなった。
ウィンドロール家を実質支えているのは、ヘスティアの存在である。
故に、当主である父にそこまでの影響力はない。
ヘスティアが離れてしまえば、何も残らないことを理解していた。
「……アストレアの部屋を荒らした犯人はまだわかっていない。ヘスティアも、不審な者がいないか注意するように」
「はい。大変なことですね。まさかこの屋敷にそんな怖い人がいるなんて」
ヘスティアは白々しく心配したような顔をする。
使用人からの報告で証拠も揃っている。
元より、この屋敷で大胆に部屋へ侵入して荒らすなど、やれる者は彼女以外にありえない。
ここまで明確に証拠が揃っていても、強く指摘できずにいた。
彼女が気分を害し、屋敷を飛び出すようなことがあれば、ウィンドロール家は終わりだ。
王国も、他の貴族たちも聖女である彼女を放ってはおかないだろう。
無一文で当てもなく屋敷を飛び出しても、彼女ならば助けてくれる者たちが大勢いる。
そういう立場に彼女がいるのだから。
「では、失礼します」
「……」
二人が去り、一人になったところで彼はため息をこぼす。
今この家で、もっとも微妙な立場にいることを自覚して、悔しさに拳を握る。
「くそっ……」
こんなはずではなかった。
そう思い、唇を痛みを感じるまで噛みしめる。
娘一人をまともに制御できない己の情けなさと、当主としてのプライドがせめぎ合う。
「決断……すべきなのか?」
聖女の姉、ヘスティアに味方をするのか。
それとも……。
無能と罵っていた妹、しかし隣国の王子と婚約するに至ったアストレアを贔屓にするのか。
姉妹の関係性は最悪だ。
故に両方を選ぶことはできず、その選択は二つとも失うことに等しい。
悩み苦しむ。
こうしてウィンドロール公爵の苦悩は始まった。






