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11.退屈に感じて

 あっという間に時間は過ぎて、殿下は屋敷を出発することになった。

 私は玄関までお見送りをする。


「すまないな。もう少しゆっくり話せたらよかったんだが、この後のスケジュールが詰まっているんだ」

「いえ、遠いところからわざわざ来ていただけただけで幸せです」

「そうか」

「殿下?」


 なぜか心配そうに私のことを見つめている。

 首をかしげる私に、殿下は小声で言う。


「なるべく早くもう一度来る。それまで大変だろうが、なんとか我慢してくれ」

「はい? わかりました」


 と言いながら、殿下の心配そうな表情の意味はわからなかった。


「いや、我慢してくれは違うな。もし限界だと思ったら、ここを訪ねるといい」


 そう言って殿下は懐から一枚の紙を取り出す。

 小さな紙は簡易的な地図になっていた。

 王都の地図だ。

 殿下の国ではなく、私たちが暮らす王国の。

 わかりやすくバツ印がつけられている。


「そこに行けばよくしてもらえる」

「は、はい」


 いつになく殿下は真剣だった。

 殿下の左目は、普通には見えない何かが見えると聞く。

 時に未来すら見据えるその眼で、一体何を見たのだろうか。

 少しだけ不安になった。

 けれど殿下が心配してくれることが嬉しくて、今はその気持ちだけで胸がいっぱいだ。


「ウィンドロール公爵、そろそろ出る。急に邪魔をして申し訳なかったな」

「いえ。殿下であればいつでも歓迎いたします」

「そうか、ありがとう。また来るが、それまでくれぐれも彼女のことをよろしく頼む」

「は、はい。かしこまりました」


 最後に強めに釘をさし、殿下は屋敷を去って行く。

 私は玄関の外で、殿下を乗せた馬車が見えなくなるまで見送った。

 次はいつ会えるのだろう。

 なるべく早くもう一度といってくれたけど。


 次に会える日を楽しみに感じて、私は屋敷へ戻ろうと振り向く。

 すると、私の道を阻むようにお父様がこちらを睨んでいる。

 正直ぞっとした。

 今までの時間は夢で、ここから先が現実だと思わされたようで。

 

「アストレア」

「――! はい」

「……一体、何をしたんだ? シルバート殿下がなぜお前を選ぶ? 何を考えておられる?」

「それは……私にもわかりません」


 嘘は言っていない。

 殿下は私を選んでくれたけど、その確固たる理由は聞いていない。

 

「何も聞いていないのか?」

「き、聞いておりません。ただ……私を選んで頂いたとしか」

「っ、そうか」


 もっと詰め寄られるかと身構えたけど、お父様はここで引き下がった。

 悔しそうな表情がわずかに見える。

 もしかすると、さっきの殿下のお言葉が効いているのかもしれない。

 私のことをくれぐれもよろしく、と。

 お父様の許しを得たことで、私は殿下の婚約者になった。

 国家を跨ぐ婚約は、いろいろと条件が多い。

 それを全て殿下が乗り越え、自らの脚で赴き、婚約を結んだのだ。

 その意味を理解できない貴族はいない。

 今の私は、殿下のお力に守られている。

 だから下手に脅したり、乱雑に扱うことはできなくなった。


 この日を境に、私のウィンドロール家での扱いは激変した。

 端的に表現するなら、一人の貴族令嬢としてしっかり扱われるようになった。


 朝は使用人が起こしに来てくれる。

 今までは一度もなかった。

 

 着替えも用意され、頼めば使用人が全てやってくれる。

 これまで自分で用意し、難しいドレスの着方だって頑張って勉強していた。


 食事は朝から豪華で、私が来るまでみんな待っていてくれる。

 まるで私なんていないかのように、いつも私を無視して食事を始め、食べ終わったら解散する。

 家族の会話なんて一つもない。

 それが今さら、頻繁にお父様が話しかけてくるようになった。


「アストレア、今日の予定は?」

「はい。今日はお部屋で新しいお薬の研究の続きを」

「そうか。無理をしないように」


 一度もかけてもらったことのない気遣いの言葉も聞けた。

 不思議とまったく嬉しくない。

 心からの心配じゃないことくらい、私にもわかる。

 お父様の心配は、殿下に見限られないかどうかだけだろう。

 

 廊下を歩くと使用人たちが頭を下げてくれる。

 誰一人、私を見下すような態度を取らなくなった。

 殿下との出会いがきっかけだ。

 ようやく私は、貴族の令嬢らしい暮らしを手に入れたらしい。

 

「どうしてかな……」


 お薬の研究をしながら思う。

 待遇が改善され、不自由ない暮らしが手に入っても、ちっとも嬉しく感じない。

 敬われても、優越感なんてわからない。

 気づかいされても、ありがたいなんて思えない。

 どうしたってちらつくんだ。

 これまでの人生が……彼ら彼女らが、私をどんな風に見て来たのか。


 ああ、そうか。

 むしろ私は―― 


「苛立ってるんだ……」


 いきなり態度を豹変させたことに、少なからず憤りを感じていた。

 彼らが敬い、気遣っているのは私自身じゃない。

 私の背後に殿下の存在があるからだ。

 もしも殿下がいなければ、私は今も変わらず腫物のように扱われ、成果は全てお姉様に奪われていたに違いない。

 待遇がよくなったことは喜ぶべきだ。

 けれど、彼らの態度はハリボテで、嘘っぱちだから。


「……窮屈」


 これから先に、この屋敷で過ごすことが今までとは違った理由で億劫になる。

 そう感じてしまうのは、我儘なのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 手のひらくるっくる〜♪
[一言] 殿下色々わかってるんだろうな~これ。 時間を置けば明らかに家への未練は消えてなくなる…むしろ苛立ちが増すことにもなりますもんね。不安要素潰してくるとは、流石ですな。
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