10.期待と憎悪が渦巻く
「アストレア、この後時間はあるか?」
「はい。空いております」
「そうか。ウィンドロール公爵、少し二人で話がしたい。場所を貸していただけないだろうか?」
「もちろんでございます。こちらへ」
お父様に案内されて、私と殿下は屋敷の廊下を歩く。
通り過ぎる度、使用人たちが頭を下げる。
私一人の時は無視して、時には舌打ちをしたり、影口が聞こえてくる。
今は殿下と一緒だから態度も違う。
本来なら、屋敷の案内も使用人に任せるところを、お父様自らがやっている。
「こちらをご利用下さい」
「ありがとう」
案内されたのは賓客をお迎えする部屋だった。
私は一度も入ったことがない。
中に入ると、フカフカで煌びやかなソファーがあって、華やかな装飾もされていた。
自室とは大きく違う景色に、思わず口が開いてしまう。
ガチャリと扉が閉まり、二人きりになる。
殿下がソファーの真ん中に座って、私に言う。
「君も座ったらどうだ?」
「はい」
私は対面のソファーに、殿下の正面から少し横にそれた位置に座る。
殿下と真正面から向き合うのは、なんだか気恥ずかしくて、失礼な気もしてしまったから。
そんな私を見ながら、殿下は微笑ましそうに笑みをこぼす。
「遅くなってすまなかったな。国家間の関係に影響するから、少し時間がかかってしまったんだ」
「そうだったのですね」
そうとも知らず、勝手に裏切られたと思っていた自分が恥ずかしい。
殿下と目を合わせられない。
「不安にさせてすまなかった」
「そ、そんな! こうして殿下ご自身が来ていただけるなんて思いませんでした。とても光栄でございます」
「俺も迷ったんだがな。これが一番いいと思った。何より見ておきたかった。君がこれまで過ごしてきた環境を。正直に言えば、同情するよ」
「……」
殿下は悲しそうな視線を私に向ける。
彼は眼帯で隠した左目に触れながら続ける。
「この眼を使わなくても、あの二人の思惑は透けて見える。君のことを家族として見ていない。だから容易に悪く言えるし、利用しようとできてしまう」
「……」
「すまない。気を悪くしないでくれ」
「いえ、事実です。それは私が……一番よくわかっています」
ずっとこの屋敷で暮らしてきた。
私の立場なんて、私が嫌というほど思い知らせられてきた。
今さら変わることはないと、諦めていた。
でも……。
「よく我慢したな」
「殿下……」
殿下と出会えた今は、少しだけ期待している。
このすさんだ日々が変わることを。
灰色だった光景が、鮮やかに彩られる明日が来ることを。
「これからは我慢しなくていい。そうしなくて済む環境に、俺が変えていこう。そのために準備をしているから、もう少しだけ……待っていてくれるか?」
「――はい。待ちます、いつまでも」
何を準備しているのかなんて聞かなかった。
私はただ、殿下の言葉を信じたいと思ったから。
一度は疑ってしまった。
それでも今は、二度と疑うことなんてないと強く思う。
私は、この人のことを信じよう。
この人だけを、見ていよう。
私に奇跡を起こす力はないけれど、それでも祈りたい気分だ。
他のためでもない私自身のために。
◇◇◇
二人がビップルームで話をしている間、姉であるヘスティアは自室に駆け込んだ。
扉を乱暴に閉めて、ベッドの上にあった枕を掴み、思いっきりベッドに投げつける。
怒りだ。
あふれんばかりの怒りを、暴れることで発散しようとしていた。
「なんなのよ……なんだっていうのよ!」
彼女はプライドが高い女性だった。
常に選ばれ続け、欲しいものは何でも手に入る。
何不自由なく育ち、これから先も、選ばれ続けることを確信していた。
対照的に、妹は無能だと思っていた。
もしも自分の欠点を上げるなら、無能な妹の存在だろうと考えているほどに、彼女はアストレアを見下していたのだ。
だが、そんな彼女に敗北した。
完全敗北だ。
全てを理解した上で、シルバートはアストレアを婚約者に選んだ。
見え透いた考えも見抜かれ、恥をかかされた。
これほどの屈辱をかつて味わったことはない。
もし目の前にアストレアがいれば、躊躇なく張り倒してしまいそうなほどに荒れている。
「なんでアストレアなの? 無能なのに、役立たずなのに……私のほうが何倍も綺麗で美しいのよ?」
自信の塊だった彼女にとって、この敗北は大きい。
誰でもない。
もっとも見下していたアストレアと比べられ、ハッキリと言われた。
魅力を感じないと。
その言葉は彼女の心に深々と突き刺さり。
「許さないわ……」
激しい憎悪を生み出す。
それはもはや、家族に向けていい感情ではなくて……。
「見てなさい、アストレア」
純粋な怒りと憎しみが、ヘスティアの心を黒く染め上げる。
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短編版から引き続き読んで頂きありがとうございます!
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