婚約破棄されて義姉と義母に捨てられた空腹聖女は、拾われた騎士団に甘やかされて今日もお腹いっぱい!
「あー!! お母様! ミーナが私のサンドイッチを食べてる!!」
「まぁ、なんて卑しい子!」
義姉のマーサが真っ赤な髪を振り乱しながら大きな声を出して、私を指さす。
それを聞いた継母も、慌てたようにこちらに走ってきた。
「ごめんなさい。でも私、昨日から何も食べていなくて、お腹が空いて――」
「黙りなさい!! おまえは本当に卑しいわね! そんなんだからヒューズ様にも捨てられるのよ!!」
今日は継母とマーサと、私の元婚約者のヒューズ様と一緒に、森へピクニックに来ていた。
といっても、私は荷物番として一人馬車に取り残されていたのだけど。
「おやおや、ミーナがまたつまみ食いですか?」
「そうなんですよ、ヒューズ様ぁ! 本当に卑しい子よね!」
薄茶色の髪をかき上げて、後ろからゆっくり歩いてきた伯爵家次男のヒューズ・ヴィーマン様の腕に、マーサが絡みつく。
「卑しくてよく食べるわりには、いつまで経っても全然成長しないな」
「本当、この子って子供みたいに幼いわよね」
クスクスクス――。
私は今、馬車の中に置いてあったバスケットの中からサンドイッチを一つ取り出し、口に入れようとしたところだった。
「来なさい! 卑しいおまえは獣と一緒よ!!」
継母にバシッと手を叩かれた拍子に、サンドイッチが地面にボトッと落ちる。
「あ……」
まだ一口も食べていないのに、もったいない。
サンドイッチを見つめている私の手を掴むと、継母は私を馬車から引きずり下ろし、ずんずんと歩き出す。
「おまえのような子は、獣と一緒に森で木の実でも食べていなさい!」
「お義母様、サンドイッチが……!」
「まったくおまえは……自分の状況をわかっているのかい!? 本当にどうしようもない子だね!!」
ぐいぐいと引っ張られて森の奥に連れて行かれた私は、継母に勢いよく突き放され、転んでしまった。
〝ぐしゃあ――〟
「まぁ、汚ぁい」
「本当に惨めだね……」
昨日の雨でぬかるんでいた水たまりのせいで、服や顔に泥が跳ねる。
それを見てマーサはケラケラと笑い、ヒューズ様は呆れた顔で私を見下ろした。
「もう帰ってこないでちょうだい!!」
そして継母が鼻を鳴らしてそう言うと、三人は馬車のほうへと戻っていった。
「本当にミーナを置いていくんですか?」
「あんな子、邪魔なだけよ! ヒューズ様はマーサと結婚してくれることになったし、もうあの子の顔も見たくない!」
ははははは――!
楽しそうな会話を最後に聞いて、私はとぼとぼと歩き出す。
「はぁ。サンドイッチ、もったいなかったなぁ」
〝ぐぅぅぅぅぅぅぅ〟
「それにしても、お腹が空いたわ」
昨日から何も食べていないから、もう限界。
とにかく空腹を満たすことだけを考えて、食べられそうなものを探した。
うちは裕福ではない子爵家。
本当の母は私が六歳のときに亡くなった。
その後父は後妻を迎え、私には新しい母と一つ年上の姉ができた。
この国ではここ数年、魔物の被害が相次いでいることもあり、父は仕事で忙しくしていてずっと領地に帰ってきていない。
だからほぼ十年、私は継母とマーサと、二人のための使用人と一緒に、田舎にあるラウール領で暮らしている。
二つ年上のヒューズ様と私は幼馴染で、実の母が亡くなる前に婚約を結んだ。
小さい頃のヒューズ様はとても優しくて、よく私に会うために遊びにきてくれていたのだけど……。
いつの間にか私より、マーサと親しくするようになっていった。
そして十六歳を迎えた先日、ついに言われた。
『僕は君との婚約を破棄して、マーサと結婚する』
マーサはヒューズ様のことが好きだったのか、いつもべったりくっついていたし、ヒューズ様もいつからか、私よりマーサといるほうが楽しそうだったから、仕方ないと思った。
うちは裕福じゃなかったから、婚約者がいないマーサに優先的に新しい洋服が買い与えられたのは仕方ないと思ったし、継母は夫に留守にされてかわいそうだから、装飾品を買ったり美味しいものを食べたりしていた。
『あなたは既に婚約者が決まっているんだから、いいでしょう?』
と言われて、私はいつもマーサのおさがりや残りものの食事をもらっていたけど。
食事はそれだけでは全然足りなくて、いつもお腹が空いていた。
私は少しだけ、特別な体質をしている。
それでつい、マーサのお菓子をつまみ食いしてしまうことがあったのだけど、見つかると今のように怒られて、その日は食事抜きになる。
〝食い意地の張った卑しい子!〟
いつもそう言われていたから、たくさんは食べないようにしていた。
でも、やっぱりそれだと全然足りなくて、私のお腹はいつも〝ぐーぐーぐーぐー〟鳴っていた。
私のような卑しくて幼い女は、婚約破棄されて当然だと、継母が言っていた。
「とにかく、何か食べられそうなもの……」
そんなことより、私は今もお腹がぺこぺこ。
まだ本当のお母様が生きていた頃、森でやまぶどうを食べたことがある。
甘酸っぱくて、とても美味しかった。
「やまぶどう、やまぶどう……」
それを思い出した私は、どんどん森の奥へ足を踏み入れていった。
「――あれは、野いちごだわ!」
しばらく歩くと、私の目に真っ赤な果実が映った。
やまぶどうではないけれど、野いちごもすごく美味しそう。
空腹ももう限界。
野いちごに駆け寄り、一つを摘まんでぱくり。
「……んん、おいし~~~い!」
少し酸味が強いけど、いくらでもいけそうだわ!
もう一つ摘まんで、もぐもぐもぐもぐ――
〝グルルルルル〟
「やだ、またお腹が鳴っちゃった。もっと食べないと」
〝グルルルルルルル――〟
「ん?」
夢中で野いちごを頰張っていたからすぐ気づかなかったけど、この音はお腹から鳴っているわけじゃない……?
そう思って顔を上げると、私の周りをウルフの群れが囲んでいた。
「あらまぁ……」
〝グルルルルルルル〟
ウルフは、獰猛な魔物。
私を見て鋭い牙を剥き、ぼたぼたとよだれを垂らしている。
「もしかして、あなたたちもお腹が空いているの?」
〝グルルルルルルル〟
「野いちご、食べる?」
〝グルルルルルルル〟
「……もしかして、食べられるのは私?」
〝ガァァァァァァァ――!〟
一匹が私に飛びかかった。
それを合図にしたように一斉に飛びかかってくるウルフに、私は死を覚悟した。
最後の食事は野いちごだった……。
できればお腹いっぱいになるまで、ジューシーなお肉や新鮮なお魚を食べたかったなぁ……。
ううん、何かを食べながら死ねるだけでも、よかったわ――。
そう思ったけど。
〝キャイン!〟
「え?」
「大丈夫か!?」
ウルフが子犬のようなか弱い声で鳴いたことを不思議に思い、顔を上げると、そこにはサラリとした金髪に、大きな体躯の男の人。
「……」
「生きているか!!?」
「は、はい……!」
剣を振ってウルフを倒しながら、左手から魔力弾のようなものを放つその男性は、騎士様のような格好をしていた。
そして私が混乱している間にウルフをすべて一人で倒すと、剣を鞘に戻して私に歩み寄ってくる。
「怪我はないか?」
「はい……」
「よかった。立てるか?」
「はい!」
大きくてたくましい手を差し出され、その手に掴まって立ち上がる。
とても整った顔立ちに、やまぶどうのように美味しそう……じゃなくて、美しい紫色の瞳。
見上げるほど背が高くて……
……格好いい。
「……大丈夫かい?」
「はっ! はい、助けてくださり、ありがとうございます……!」
こんなに格好いい男の人は初めて見た。
ついみとれていると、騎士様が不安そうに問いかけてきたので慌てて答える。
「この森には魔物がいるからね。こんなところで一人でいるのは危険だよ。迷ってしまったのか?」
「えっと……」
迷ったわけではないのですが。
そう答えようとしたけれど、私の口より先に、お腹から大きな音が鳴った。
〝ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ~!〟
「あ……っ」
「……お腹が空いているんだね、こっちにおいで」
「すみません……」
こんなに素敵な男性と会話することなんてこれまでなかったから、緊張していたのに。
私のお腹は本当に空気が読めない。
とても恥ずかしかったけど、騎士様はくすりと笑って、私を仲間の方たちがいるところまで案内してくれた。
「――ちょうど、これから夕食だったんだ」
「わぁ……!」
少し開けた場所まで来ると、数人の騎士様が大きなお鍋から何かをよそっていた。
「カイル! その子はどうしたんだ?」
「そこでウルフに襲われそうになっているのを保護した。迷子かもしれない。お腹が空いているようだから、何か食べさせてあげようと思って」
「そうかそうか、まだ子供なのに……。それは怖かっただろう、こっちにおいで!」
「はい……」
まだ子供? 私はもう十六だけど……。
……そんなことより、なんだかすごくいい匂いがする。
「さぁ、山鳥のスープだよ」
「……わぁ、ありがとうございます」
とても優しい顔の、銀髪の騎士様が、器に注いだスープを私に手渡してくれた。
そのスープを受け取って、一口飲み込む。
「……お、おいしいっ! すごく美味しいです! こんなに美味しいもの、初めて食べました!」
「そ、そうかい? それはよかった」
これは鳥の出汁かしら?
あっさりとした塩味なのに、とてもコク深い味わい……!
「本当に美味しいです、お肉なんていつぶりでしょう……」
きのこも入っているわ。
食感がよくていい香りがするし、本当に美味しい。
なんて贅沢で至福のひととき……!
「はぁぁぁぁ~~」
〝にぱぁぁぁぁ――〟
「…………」
騎士様たちが私を見ているというのに、思わず気を抜いて笑ってしまった。
騎士様たちの視線に気づき、姿勢を正す。
「あっ! 失礼しました!」
「いや……、そんなに喜んでもらえてよかったよ。おかわりするかい?」
「はい!! ……あっ、いいえ、もう結構です」
あっという間に食べてしまった。
いけないわ。食い意地を張るのは卑しいと、いつも継母に叱られてきたのに。
こんなに美味しいスープを一杯いただけただけでも、とてもありがたいことだわ。
「遠慮しないで、もっと食べていいよ」
「でも……」
「たくさんあるから」
「……では、お言葉に甘えて」
「ああ」
騎士様たちはみんな嬉しそうに笑っている。
はしたなかったかしら……?
器にもう一杯おかわりを盛ってくれたので、今度は先ほどよりもゆっくり味わっていただこうと思う。
「こっちに来て座りなよ」
「はい、ありがとうございます」
騎士様たちは今夜、ここで野営するのね。
テントに誘導されたので、私はお言葉に甘えて座らせてもらい、改めて山鳥ときのこのスープをいただいた。
もぐもぐもぐ……はぁぁぁぁぁ――
美味しさに、思わず笑みがこぼれる。
「なんて美味しいの……」
「本当に美味しそうに食べるね」
「それに君の食べている顔はすごく幸せそうで、見ているこっちまで元気になるよ」
「そうそう、もっと食べさせたくなる!」
「うふふ、ほんとうにおいひいれす、ありがとうございます……!」
もぐもぐときのこを頰張りながら、ついしゃべってしまった。
口に食べ物を入れたまましゃべることがはしたないというマナーは知っている。
だからはっとしたけれど、騎士様たちは誰も私を咎めない。
それどころか、とても嬉しそうににこにこしながら私を見ている。
この方たちは天使?
なんて優しいのかしら……。
人にこんなふうに優しくしてもらったのは、いつぶりでしょう……。
*
「おはよう」
「……おはようございます」
ふと気がつくと、眩しい日差しと昨日私を助けてくれた騎士様が目に映った。
私、寝てしまったのね。
「よく眠れたようだね」
「すみません、食事をいただいたうえに、図々しく眠ってしまうなんて」
「いいよ。きっと森を彷徨って疲れていたんだろう。安心して寝てしまったんだね」
「はい……」
確かに昨日のスープはとても安心する味だった。
「……また食べたいなぁ」
「朝食も用意しているよ」
「あ……っ! すみません、私ったら……!」
心の声が、思わず口から出てしまった。
けれど騎士様は優しく微笑んでくれる。
「遠慮しないで」
「でも……」
昨日の夜もごちそうになったのに。
そんなにいただいたら、申し訳ないわ。
……卑しい奴だと思われてしまう。
〝ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〟
「あ……」
「ははっ、正直なお腹だね」
「すみません……」
「いいよいいよ。昨日のスープも残っているし」
「ありがとうございます……」
けれど、やっぱり私が頷くより前に、お腹が返事をしてしまった。
こんなに素敵な騎士様の前で、恥ずかしい……。
「いっぱいお食べ」
「わぁ!」
テントから出て皆さんのところに行くと、私を優しく迎えてくれる。
なんて美味しそうなのかしら……!
火を囲うように、たくさんのお魚が並べられている。
今朝は、川魚の塩焼きね!
小枝に刺さったお魚を受け取ると、私はそのままかじりついた。
がぶり! もぐもぐもぐ――
「ん~~、とってもおいひいれす……っ!」
「よかった。たくさん捕れたから、いっぱい食べてね」
「ありがとうございます!!」
身がふっくらとしていて、ふわふわの白身魚。
塩味がちょうどよくて、すごく元気が出る。
「……君は本当に美味しそうに食べるね」
「幸せです……」
〝にぱぁ――〟
騎士様の問いに、思わずにっこりと微笑んでしまう。
美味しさのあまり、どうしてもほっぺがにやけてしまう。
「それはよかった。おかわりをどうぞ」
「ありがとうございます! あ、でもあんまり食べ過ぎると、皆さんの分がなくなってしまいますよね……?」
「俺たちはいいよ。君の笑顔を見ていたら、不思議とお腹いっぱいだよ!」
「うんうん、それに食べているところを見るだけでなんだかとても癒やされる」
「だからどんどん食べて!」
皆さんが、口々にそう言ってくれる。
本当に、なんて優しい方たちなの……。
幸せすぎるわ……。
「では、お言葉に甘えて、いただきます」
「うん」
もぐもぐもぐ――
「ああ、美味しい……!」
「本当に美味しそうに食べるなぁ」
もぐもぐもぐもぐ――
「美味しい、幸せ……」
もぐもぐもぐもぐもぐ――
「おかわり、いるかい?」
「はい!」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ――
「……あ、すまない、もうおかわりはないみたいだ……」
「えっ!」
食べ終わると、皆さんが次から次にお魚を渡してくれた。
それでつい、調子に乗って食べ過ぎてしまった……!
「私ったら、なんてことを……! 申し訳ありません!!」
「いや、いいんだけどね。でもすごいね、よほどお腹が空いていたんだね」
「私、今までこんなに食べたことなくて……!」
ああ、さすがに卑しい子だと言われてしまう……!
「本当に申し訳ありません! どんな罰も受けます……!」
「罰? ははは、そんなことしないよ。その細い身体のどこに入ったのか不思議だが、君が満足できたならよかった。お腹は痛くない?」
「……大丈夫です」
「そうか。食料はまた調達すればいいから、気にしなくていいよ」
「え……」
さすがに咎められると思ったのに、騎士様は私を怒るどころか、お腹の心配までしてくれた。
怒っている人は誰もいない。
「……卑しい子だと、罵らないのですか?」
「まさか、そんなことするはずないだろう?」
「……叩いたり、閉じ込めたりも……?」
「するわけないよ」
「……」
本当に、なんて優しい方たちなの。
「……ありがとうございます」
幸せだわ。こんなにたくさん食べたのは初めて。
……まだまだ食べられるけど。
「本当にありがとうございます……!」
「ううん。……それより君は、今までそんな目に遭っていたのかい?」
「……」
騎士様の問いに、こくりと頷く。
「そうか……君はどこから来たの? 名前は?」
「あっ、名も名乗らずに失礼しました!! 私はミーナ・ラウールと申します」
今更だけど、膝を折って淑女らしく見えるよう自己紹介をすると、騎士様も名前を教えてくれた。
「これはご丁寧にありがとう、お嬢ちゃん。俺はカイル・クネースだ。この騎士団の副団長をしている」
「カイル様……、副団長……!」
お嬢ちゃんだなんて。まるで子供に言うみたいに優しく微笑むカイル様。
私はもう十六歳の立派な淑女なのだけど、やっぱり幼く見えるのかしら。
最近鏡も見ていないし……。
そう思いつつも、騎士団ということは王宮に仕えている方たちだということを考える。
副団長様となると、身分もかなりいいはず。
私はとんでもない方たちにご迷惑をおかけしてしまったのね。
「家族はどうしたんだ?」
「えっと……」
継母には、もう帰ってくるなと言われたのだった……。
それを正直に伝えようか悩んでいると、何かを察してくれたらしいカイル様が口を開いた。
「事情がありそうだな。俺たちはこれから王都に戻るのだが、俺たちと一緒に来るかい?」
「……よろしいのですか?」
「みんな、いいよな?」
カイル様が他の騎士様たちに問うと、皆さんは一様に頷いてくれた。
〝もちろんですよ!〟
〝大歓迎!〟
〝よろしくね! ミーナちゃん!〟
皆さん、なんてお優しい方たちなのでしょう……。皆さんは騎士団の天使様ですね?
「そうだ、お腹がいっぱいになったなら、顔を洗うといいよ」
「あ……っ、私、こんな格好で皆さんの前に……」
昨日転んだときに、泥で汚れたままになっていた。
本当に、何から何まで……。
〝いいよいいよ〟と、優しく桶に入った水を用意してくれるカイル様。
タオルもお借りして、顔を洗う。
「ふぅ……気持ちいい……」
「よかった。今夜はどこかで宿を取れたらいいのだが――」
「本当に、何から何までありがとうございます!」
ふとカイル様を見ると、なぜか彼は途中で言葉を止めて、私を見つめて固まっていた。
「……カイル様?」
「あ、ああ、ごめん……」
目をぱちぱちと数度瞬きし、更にごしごしと擦るカイル様。
「どうかされました?」
顔を拭き終わった私を見て、皆さんも同じように私を凝視している。
「???」
「……君は今、顔を洗っただけだよね?」
「はい……」
「なんだか昨日会ったときより、君が大人っぽく見えて……。汚れていてよくわからなかっただけだろうか……。失礼だが、君は今いくつだ?」
「十六です」
「え!? じゅ、十六……!? 俺と五つしか変わらないのか!?」
ということは、カイル様は二十一歳なのね。
……恋人はいるのかしら?
なんて。
それより、私の年齢を聞いて騎士様たちがざわついている。
「どう見ても子供だったよな……?」
「ああ、とても幼く見えたが……」
「一晩で成長したのか……!? まさか……!」
騎士様たちから、そんな言葉が聞こえてくる。
「……きっと、たくさん食べさせてもらえたからです」
「え?」
「これまでは、お腹いっぱい食べることははしたないと言いつけられていたので……」
「そうか。……って、いやいや、それにしても……」
私は少し変わった体質をしている。
食べないと、その分身体が縮んでしまうのだ。
これまではあまり食事をもらえなかったから、ヒューズ様やマーサにも〝いつまでも子供っぽい〟と言われていた。
けれど久しぶりにちゃんとした食事をとれて、本来の姿に戻れたのかもしれない。
鏡があったら見てみたいなぁ……。
皆さんはまだ何かぶつぶつと言っているけれど、私は今、本当に幸せ。
とても満たされている。
「そうだわ、私、食べた分はしっかり働きますので、なんでも言いつけてください!!」
「……う、うん。ありがとう」
気合いを入れてカイル様にそう伝える。
彼はまだ私をじっと見つめていた。
「あの……?」
私もカイル様を見つめ返すと、なぜだか彼ははっとして頰を赤く染めた。
「じっと見つめたりしてすまない……!」
「いいえ」
「ははは! カイルは昨日、君と同じテントで寝たから、急に照れくさくなったんだろう!」
「え?」
そんなカイル様に、他の騎士様たちがケラケラと笑いながら言った。
「確かに照れるわな、子供だと思っていたら、こんな美少女だったなんて!」
「そ、そういうわけでは……!」
「?」
なんだかよくわからないけれど、騎士様たちはとても楽しそう。
「ミーナちゃん、これも食べる?」
そんなカイル様たちを微笑ましく思って見ていたら、昨日私にスープをくれた銀髪の騎士様が、そう言ってやまぶどうをくれた。
「わぁ! やまぶどうですね! いただきます!」
ずっと食べたいと思って探し歩いていたやまぶどう。
もちろんありがたくいただいて、さっそくぱくりと口に放り込む。
これ、この味……! 甘酸っぱくて、じゅわっと果肉が溶けていく……。
ああ、懐かしい……。
もぐもぐもぐ……
そのおいしさに、思わず笑みがこぼれてしまう。
〝にぱぁぁぁ――〟
「ん~~~、美味しいです……!!」
「やっぱりその笑顔、すごく癒やされるなぁ……」
「本当、なんだかやる気が出るし、こっちまで元気をもらえる」
もぐもぐもぐもぐ――
「はぁぁぁぁ、しあわせれす……!」
美味しい食事と、優しくて素敵な騎士様。
これからは毎日お腹いっぱい食べられるように、しっかり働いて皆さんのお役に立つわ!
◇◇◇
一方その頃、ラウール領では――。
「外ばかり見て、どうしたのですか? ヒューズ様」
「ああ、マーサ。ミーナはどうしているかと思ってね」
「あの森には魔物がいるんでしたっけ?」
「そう言われているね」
「だったら今頃、魔物の餌になっているんじゃないですか?」
「え……?」
さらりと述べられたマーサの言葉に、僕は思わず眉をひそめて彼女に目を向けた。
「どうしてそんな顔をするんですか、ヒューズ様! ヒューズ様は私と結婚するんでしょう!?」
「も、もちろん。それはそうだが、ミーナは一応君の妹だろう……?」
「あの子とは血が繋がっていないもの。それよりどうしてあんな子を気にするの? ヒューズ様だって、いつまで経っても幼くて子供っぽいから嫌だって言ってたじゃない!」
「まぁ……そうだが」
僕とミーナは幼馴染。
彼女の実の母親が生きていた頃のミーナは明るくて、よく食べるとても可愛らしい子だった。
僕は彼女が美味しいものを食べた後、幸せそうににぱぁっと笑う顔が好きだった。
しかし母親が亡くなり、新しい家族と生活するようになったくらいから、彼女はあまり笑わなくなっていった。
十歳を過ぎても、十五歳を過ぎても、全然成長しないミーナに、僕は疑問を抱いたりもした。
だが、彼女の新しい母親になったラウール夫人が、
『あの子は病気なの。身体も弱いし、きっと早死にするわ。そんなことであなたの妻が務まるかしら?』
と言ってきた。
ミーナの姉となったマーサは僕に好意を抱いてくれているのがわかったし、マーサは普通に大人の女性へと成長していった。
年頃になった僕も、やはり身体が強くて大人の女性のほうがいいと思った。
それでミーナとの婚約を破棄して、マーサと結婚してこの家を継ぐことにしたのだが……。
まさか、本当にミーナを森に置いてくるとは。
あのときラウール夫人は、
『何度も行ったことのある森だから、そのうち一人で帰ってくるわよ』
そう言っていたが、数日経ってもミーナは帰ってこない。
少しやりすぎたのではないかと、気になっていたのだが。
まさか本当に魔物に食われてしまったのだろうか……?
「ヒューズ様……ミーナのことを考えてます? 婚約者は私なのに……酷いっ!」
「ああ、ごめんごめん、違うよ。だがもし、ミーナを森に置き去りにしたのがラウール子爵にばれたら……僕たちが咎められやしないかな?」
「大丈夫よ。あの子が勝手に迷子になったって言えばいいんだから。どうせお義父様はずっと帰ってきていないし。そもそも、あの子はもう見つからないと思うけど」
「え?」
「だって魔物に食べられたら、ミーナだってわかるものが何も残らないもの! そうでしょう?」
「…………」
マーサは、とても恐ろしいことをさらりと述べた。
一瞬それを想像しかけて、ミーナが幼かった頃に見せてくれた笑顔を思い出し、ぶんぶんと頭を横に振る。
「そんなことより、私、今度のパーティーに着ていく新しいドレスが欲しいの」
「え? ドレスはこの間買ったばかりだったような……」
「もう、同じものを着られるわけがないでしょう! 私が他の子に馬鹿にされてもいいの!?」
「……僕が買うの?」
「だって……、うちには高価なドレスを買うお金がないんだもん……」
「……そう、わかったよ」
「わぁ! ありがとうございます、ヒューズ様! イヤリングとネックレスもいいかしら?」
「……好きにすれば」
成り行きでマーサと婚約してしまったが、そもそも僕は相手がミーナだから婚約を結んだのだった。
ミーナとの婚約を破棄したのはいいが、どうしてこんな貧乏な子爵家の姉と婚約を結び直してしまったのだろう……。
と、少し後悔しているなんて、とても言えなかった。
「大変よ、マーサ! ヒューズ様! ラウールに魔物が現れたって……!!」
「え? 魔物が?」
そのとき、ラウール夫人が大きな声をあげながら慌てて僕たちのところへやってきた。
「ラウールは平和な土地だから魔物が街へやってくることなんてずっとなかったのに……! いったいどうしてしまったのかしら……」
「とにかく早く逃げないといけませんね」
「ドレスを持っていくわ! それから、指輪とイヤリングとネックレスとバッグと靴も……!」
「そんなに持っていけるわけないだろう?」
「でも、大事なものだもの……! 絶対に置いていきたくない……!」
妹のことは簡単に置き去りにしたくせに、何を言っているんだ。
ああ、でもそれは、僕も同罪だ――。
「ヒューズ様も手伝ってください!」
「あー、うるさい! もたもたしていたら魔物に食べられるのはおまえだぞ!!」
「……ひっ」
僕の怒鳴り声に、マーサも夫人も固まった。
◇◇◇
――カイル様たちと出会って、数日が経った。
私は洗濯や食事の片付けなど、騎士団の皆さんの身の回りのお世話をしながら、毎日美味しいものをたくさん食べてとても幸せに過ごしている。
騎士様たちはみんなたくさん食べるから、私がたくさん食べても誰も「食べ過ぎだ! 卑しい奴め!」なんて言わない。
それどころか、「もっとお食べ」と言って、私がお腹いっぱいになるまで食べさせてくれる。
本当に優しいし、とてもたくましくて素敵だし……こんな世界があったなんて、私は知らなかった。
思えばこれもすべて、私との婚約を破棄してくれたヒューズ様と、私を森に連れていってくれた継母やマーサのおかげだわ。
そういえば、あの三人は元気にしているかしら……。
でも、マーサとヒューズ様は愛し合っているし、きっと三人で楽しく暮らしているでしょうね。
「――さぁ! ミーナちゃん、今日の夕食はさっき仕留めてきた猪だよ!」
「わぁ! なんて美味しそうなのでしょう……!」
今日は、騎士様たちが仕留めてくれた猪で作ったスープと、お鍋に入りきらなかった骨付き肉を焼いたスペアリブ。
大きなお鍋の中ではぐつぐつといい音を立てているし、スペアリブからは美味しそうな香りが漂っている。
「たくさん作ったから、いっぱい食べてね」
「本当に、いつもありがとうございます!」
「いやいや。こっちこそ、ミーナちゃんが来てからみんなすごくやる気を出すようになったし、感謝してるよ」
「それは嬉しいです!」
「なぜか君が幸せそうに食べているところを見ると、元気が出るんだよね。本当に不思議だけど」
「……どうしてでしょう?」
「もしかして、ミーナちゃんは聖女だったりして」
「まさか、そんなはずないじゃないですか!」
「ははは、そうだよね。食べているだけで人を癒やせる聖女なんて、聞いたことがないし」
「そうですよ!」
カイル様たちはそう言って、今日も楽しそうに笑った。
ふふ、本当におかしなことを言うんだから。
そんなことより、今日の夕食もすごく美味しそう……!
すごくいい匂い……! ああ、食欲がそそられる……っ早く食べたい!!
「いただきます」
「どうぞ」
猪汁は、優しい味がする。
口に含むといい出汁が出ていて、ほっこりとした美味しさが広がっていく。
「はぁぁぁ~、美味しい……」
「よかった。こっちもどうぞ」
「ありがとうございます!」
うっとりしている私に、カイル様がスペアリブを手渡してくれた。
もぐもぐもぐ――
「ああ……っ、すごく美味しいです……」
外はカリッと焼けているけれど、がぶりと噛むと中からジューシーな肉汁がじゅわ〜っとあふれ出す。
……幸せだわ。
「本当に美味しそうに食べるね。見ていて気持ちいいよ」
「はい、ほんとうにおいひいれす……」
美味しすぎてほっぺが落ちちゃいそう……!
特に骨の近くがすごく美味しくて、ついしゃぶりつくしてしまった。
「ははっ、たくさん食べてね」
「あっ、はしたなかったですよね……」
「ううん、そんなに綺麗に食べてもらえて嬉しいよ」
カイル様はそう言って腕まくりをすると、自分もスペアリブにかじりついた。
「うん、美味い!」
「……」
カイル様の、筋肉で引き締まった立派な腕が私の眼前にさらされる。
太くてたくましくて艶やかで、なんて素敵なの……
「おいしそう……」
「えっ?」
「あっ……!」
私ったら、なんてことを……!!
「冗談です、違うんです、カイル様の筋肉が美味しそうだなんて私――」
「もっと食べたいのかな? それじゃあ俺のをあげるよ」
「えっ……あ、ありがとうございます……」
「ううん」
にこりと微笑んで、カイル様は自分が食べていたスペアリブを私にくれた。
勘違いしてくれてよかったわ……。
美味しそうに見えたのはカイル様の腕です。なんて言えないもの。
……はっ! でもこれはまさか、間接キスというものでは……!?
「どうしたの? ミーナちゃん」
「ありがたくいただきます!」
「うん?」
カプっ! もぐもぐもぐ――
「お、美味しいです……」
「そうか。よかった」
カイル様は気づいていないようだけど、私は少し照れてしまう……。
でも、美味しい!
「――副団長、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「実は、ラウールに魔物が現れたと報せが入りまして」
「なに? ラウールは、確かミーナちゃんの領地では……」
「はい……」
もぐもぐもぐ――
カイル様たちが、何やら真剣な声色で話をしている。
どうしたのかしら……?
ああ、でも本当に美味しくて、他のことは考えられなくなってしまうわ……!
「ミーナちゃん、今日もたくさん食べたね」
「はい! ごちそうさまでした! 今日もお腹いっぱいで幸せです!」
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