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緋の砂  作者: みーねこ
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餓狼の企み②

     2


 馬を走らせること数十分。ショウとルカは、リボルバーヘルトの領土にまで難なく辿りついた。そして、そのまま国王の住む城まで馬を進めていく。


 リボルバーヘルトはローゼンシュトルツを対称にしたような国だった。男たちが汗を流して働く姿が、街のいたるところで見られた。土木を持って建築に精を出す者、野菜や肉を大量に運搬する者など、ローゼンシュトルツで女たちが働いていたのと同様に、ここでは男たちが活気ある街づくりを担っているようだった。


(思ったより普通だな……)


 ショウは、馬に揺られながら、初めて踏み入る地を見渡した。ミルテが残酷な仕打ちを受けたというリボルバーヘルト。彼女の口ぶりから、ショウは黒雲が立ちこめる暗黒街のような雰囲気を想像していた。ところが、暗黒街という雰囲気は微塵も感じられず、ローゼンシュトルツの街並みとなんら変わりない活気ある街が広がっていたのだった。


 それにしても初めて目にするはずが、どこか見慣れた風景に感じる。ローゼンシュトルツと似ているからだろうか。いや、それとは違う親しみをショウは感じていた。


(まるで映画のワンシーンみたいだ……)


 見覚えがあると思ったら、映画によく出てくる光景がショウの目の前に広がっているのだとわかった。男たちが鍛え抜かれた筋肉をむき出して、せっせと仕事をする姿は、洋画の時代物によくあるシーンだ。

 そう思うと、ローゼンシュトルツでは感じなかった興奮が沸き起こる。ショウの瞳は次第に輝いていた。


「どうですか、ショウ?リボルバーヘルトに来た感想は?」

と、馬を走らせながら、ルカは言った。

「なんかすげぇな。映画観てるみたいだ」

「映画?」

「あ、いや」


 説明を求められて、ショウはしどろもどろになった。この世界で生きているルカに、映画の話を持ち出しても通じるわけがない。そして、どうやって説明していいものやら、ショウの小さな脳ミソには荷が重かった。


 ショウは、とりあえず話をそらすことにした。


「そういや、この国はローゼンシュトルツと違って、男女が一緒に暮らしてるんだろ?そのわりには、女の人の姿が見えねぇけど……」

「確かに女性も一緒に暮らしていますが、人口は圧倒的に少ないのです。ほとんどが『薔薇の革命』によってローゼンシュトルツに移住しましたからね。しかも、この国では、基本的に女性は外出することはほとんどありません。女性の一人歩きは危険だということもありますが、そもそも男性が外で働き、女性は中で働くという慣習があるのです」

「へぇ」

と、ショウは相槌を打ってみたが、特に疑問を覚えることはなかった。ローゼンシュトルツの特異さに比べれば、リボルバーヘルトはごく普通の国に思える。そのリボルバーヘルトを、なぜローゼンシュトルツは異様なまでに敵視し忌み嫌うのか、ショウにはあまりよく理解できなかった。


 しかし、この国に訪れたことで、ショウは嫌というほど思い知らされる。リボルバーヘルトの恐ろしさを。


 ルカは真っ直ぐ城へと馬を進めていった。城に近づくにつれ、街の活気もよりいっそう増すとともに、竜馬に跨った優美な装いの美しい騎手に向けられる視線も増していく。男たちは動かしていた手を休め、銀の長い髪をしなやかに揺らす女性の姿に惚れ惚れと見入る。


(なんかすっげぇ注目されてる気が……)


 ショウは、なぜかむずがゆい思いをしていた。注目されているのが自分でないとわかっていても、男たちの視線になぜか背筋が寒くなる。


「ショウ、あまり見てはいけませんよ」

と、ルカはささやいた。


 問い返すように、ショウはルカを見上げる。ルカは続けた。


「あなたは今、女としてここにいるのですから」


 ショウには、ルカの言わんとしていることがよくわからなかった。ただ言われたとおり、男たちとはなるべく目を合わせないように努めた。


 城に到着すると、ルカは馬をひと鳴きさせて停めた。そして颯爽と降りると、ショウに手を差し伸べた。


「さ、着きましたよ」


 リボルバーヘルトの城は、ほぼローゼンシュトルツのグラミスキャッスルと同じ造りだった。もとは国王の居城だったものをヴィーネに占拠され、やむなく第二の城を築いたので、造りが似ているのだとルカは語った。


 城門をくぐると、一人の男がルカとショウを迎えた。


 柔らかなウェーブのかかった黒髪を垂らした優形の男だった。スラリと背が高く、マントの下から鍛えられた腕の筋肉が覗く。同じ優形の男でも、明らかにルカのほうが華奢で線が細かった。目の前に出迎えたこの男も、まさかルカが男だとは夢にも思っていないだろう。


「ようこそ、リボルバーヘルトへ。ルカ・クレアローズ殿」

と、男は抑揚のない口調で話しかけ、右手を差し伸べた。しかし、何かに気づいてすぐにその手を引いてしまった。

「失礼。ローゼンシュトルツの方に握手を求めるのは、不躾でしたね」

「いいえ。私はかまいません。あなたを一人の人間としてみていますから、ルーダ殿」


 そう言うと、ルカは、何のためらいもなく手を差し出した。

 その行動にルーダは少し躊躇したようだったが、ルカの敵意のない微笑みを見て硬く握手を交わす。一瞬だが硬く閉ざした彼の表情が、わずかにほころんだような気がした。


「では、城内をご案内いたしましょう」

と、ルーダは再び抑揚のない口調で言った。


 複雑な回廊もグラミスキャッスルとほぼ同じだったが、少し規模が小さいように思えた。それでも豪華絢爛な装飾品の数々は引けをとらず健在だ。


 それにしても、この城内は兵士の数が多い。廊下を歩いていると、何人もの兵士とすれ違った。すれ違いざまに、彼らは必ず立ち止まり敬礼する。先頭を行くルーダは、特にそれに対して反応したりはせずに無言のまま足を進め、ルカもまたそれに続いた。ただショウだけは、本物の兵士の迫力に感激して感嘆詞を連発していた。


 いくらか歩いて、ルーダは立ち止まった。


「国王陛下のおわす部屋でございます。これより先は、ルカ殿のみをお通しするよう仰せつかっております」


 そう言って、ルーダはショウを一瞥する。

 ルカも察して、


「わかりました。ショウ、ここから先は私一人で行きます」

「わかった。じゃ、俺、ここで待ってるから」

「一人で大丈夫ですか?」

「それは俺のセリフ。おまえこそ、一人で大丈夫なのかよ?」

「大丈夫ですよ」

と、ルカは微笑んでショウの頭を優しくなでた。その手つきは、どうも小動物をなでるような手つきに見えて仕方がない。


(こいつ、絶対俺のことガキだと思ってるな……)


 ショウは口を尖らせた。


「よろしければ、街を見学なさってはどうでしょう」


 ふいにルーダが言った。好意で提案しているようだったが、眉一つ動かさない表情と抑揚のない口調から事務的に聞こえる。


「長時間ここで待つというのも退屈なものです。案内役を一人つけましょう。ぜひ街をご覧になっていってください」

「えっと……」


 ショウは困ったように、ルカを見上げた。リボルバーヘルトの街にはかなり興味がある。自然と目で行きたいと訴えていた。

 ルカはゆっくりとうなずいた。


「ショウ、街を見学してらっしゃい」


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