誇りの薔薇を胸に②
一言でもかまいませんので、感想をいただけると、大変ありがたいです。
まだまだ続きますので、お付き合いください。
3
翌日の朝、おばばのもとに再びミルテとシレネがやってきた。“あるお方”の指示で、ショウを迎えに来たのだ。
この小さな家の前には馬車が用意され、彼はそれに乗るよう指示された。その前に、女性用の礼服を着させられ、ショールで顔を隠すようにも言われた。
「なんで、俺がこんな格好しなきゃなんねぇんだよ?」
「文句を言うんじゃないわよ!また牢に逆戻りしたいの?おばばから、この国のことを聞いたんでしょう?死にたくなかったら、おとなしく言うことを聞くのね」
そう言われてしまっては、肩をすくめるしかない。
ショウは、仏頂面のまま馬車に乗り込んだ。横にシレネが同席し、ミルテが御者の席に座った。
出発の前に、おばばがショウに言葉をかけた。
「手をお出し、ショウ」
言われるがまま手を出すと、おばばはショウの手にあるものをはめた。それはビーズのブレスレットだった。昨夜こしらえたものだろう。ショウの手にちょうどよいサイズだった。
「これは?」
ショウは自分の手にはめられたブレスレットを眺めた。きめ細かなビーズ細工は、男のショウにも美しいものであることがわかる。
「貴婦人が身につける装飾品じゃよ。おまえさんの細腕によく似合う」
「あのなぁ、俺は男だぞ!からかうのもいい加減に……」
「ショウ」
おばばの顔つきが変わった。ブレスレットをはめたショウの手を、おばばは硬く握りしめる。
「その目で、この国の全てを見なされ。そしてこの手に、この国の全てを感じなされ。おまえさんが見て感じたことが、この国の真実なのだから」
「おばば……」
ショウはおばばの顔を見た。おばばのしわでくぼんだ目は、力強く真っ直ぐとショウの目を見据えていた。
「なんかよくわかんねぇけど、俺は俺なりに考えて行動してみる」
「うむ、おまえさんの信じる道を行きなされ」
「うん。サンキューな、おばば。俺、おばばに逢えて良かったと思う。最初は頭がこんがらがりそうで、わけわかんなかったし、すげぇ不安だった。けど、おばばが話してくれたことで、いろいろわかったし、そういう不安はほぐれた。まだ、俺がなんでこの世界に来たのかとか、そういうのは見当もつかねぇけど……」
ショウはそこで言葉をつまらせた。
いつかもとの世界に戻れる日が来るのだろうか。ふと、そのことが頭をよぎったのだ。
「そろそろ出すわよ」
と、ミルテに急かされて、ショウは慌てて言葉を続けた。
「これ、サンキューな。大事にする。俺に似合うかどうかは別として、おばばにもらったものだから」
ショウがそう言って少し照れたように笑うと、おばばのしわだらけの顔がさらにしわくちゃになった。
馬車は出発した。
昨日の闇だけの風景とは大違いだ。白壁の小さな家が集落を成し、小さな畑が整然と並んでいる。さらに進むと、レンガ造りの教会らしき建物が姿を現した。馬車は砂利道を街の中へと進んでいく。
街は活気に満ち溢れていた。果物や野菜を売る女たち、大工仕事をする女たち、広場で戯れる少女たち。この澄んだ青空のもとで、女たちは生き生きと暮らしている。
そんな街の様子を横目に、ショウは昨夜のおばばの話を思い出していた。
このローゼンシュトルツは、女だけで構成された国である。男が入ることは決して許されない。女王陛下が暮らす城グラミスキャッスルを中心に、市壁と呼ばれる高さ約八メートル壁がこの国全体を覆い、外敵の侵入を防いでいる。東西南北に市門とよばれる巨大な門があり、そこで内外を往来する全てが厳重に検問される。男であるか女であるかを。
もし万が一この国に男が侵入すれば、ただちに捕らえられて何らかの刑に処せられるのである。
ショウが、発見された川は、ちょうどこの国のすぐそばを流れる大河だ。船を出さなければ渡れないほどの広大な川で、水の供給は全てそこから行っているという。そして、その川からローゼンシュトルツへの侵入を試みる者や偶然流れ着く者も多いということだった。
馬車は街の中央にさしかかった。
立派な噴水。そしてその中心に威風堂々と建つ銅像。
それらは、まるで観光旅行に来たかのような高揚感をこの異界の少年に与えた。
ゆっくりと進む馬車の窓から、ショウは不思議な光景を目にした。噴水の中心にある銅像に向かって、人々が祈りをささげているのである。祈りをささげにやってきた者はもちろん、銅像の前を通りかかった者さえ、手を休めて祈りをささげるのだ。
「あの像は、この国を創った初代女王のものだよ」
隣でシレネがそう言った。
「女王は、私たちヴィーネをヴォルフの手から救ってくださったの。だからああして、人々は陛下の像に祈りをささげるのよ」
この国の女たちは、男のことを侮蔑の意をこめて“ヴォルフ”と呼ぶ。また、女のことを自尊の意をこめて“ヴィーネ”と呼ぶのである。
(あれが、ローゼンシュトルツを創った女王……)
ショウは、視界を流れていく女王の像を見つめた。
長い髪を腰まで垂らし、身に纏うものがボロボロになっても旗を掲げ続けるその姿は、祈りをささげる彼女たちに何を訴えかけているのだろうか。
『この国はまだ、悲しい歴史の中にいる』
そう言っていたおばばの言葉を思い出した。
目を閉じれば、この国を生んだ革命の風景が思い出されるというのだ。そして、それ以前の屈辱的な日々を。
誰もそれを忘れはしないし、忘れようともしないだろう。あの残虐な歴史は、この国に完全なる平和を未だ与えずにいるという。
「キャーッ!!」
突然の悲鳴とともに、馬車が急停車した。
何事かと思って見てみると、民家から悲鳴の主と共に何者かが飛び出してきたである。
ミルテは、馬の手綱をほっぽりだして駆け寄った。
「大丈夫?」
悲鳴を上げたのは、十五歳くらいの少女だった。
彼女は顔を真っ青にして、絞り出すような声で言った。
「ヴォ、ヴォルフが……私の手を……」
右手を左手で覆うようにして、胸の前で小刻みに震わせている。
これが何を意味するのか、ミルテはもうすでにわかっていた。この少女の言葉を聞くや否や、目の前から走り去っていく逃亡者を追いかけた。
「シレネ、この娘をお願い!」
「ミルテ!」
この時、ショウもとっさにミルテの後を追っていた。
単純な正義感からだった。この状況から見て、悪いのはあの逃亡者だ。ならば、とっ捕まえるしかない。
しかし、現在走りにくい服装をしていたことをすっかり忘れていた。スカートの裾を踏みそうになるので、捲り上げながらの追跡だ。それに比べて軽装のミルテは、あっという間に犯人に追いつき、取り押さえていた。
「やめてくれ!放してくれ!」
「大人しく観念なさい!」
「俺は何もしていない!」
「何もしてないですって?白々しい!」
「本当だ!俺はただ、娘に会いに来ただけなんだ!」
(娘……?)
やっとのことで追いついたショウは、目を見張った。
娘に会いに来ただけで、このような捕り物劇が展開されるのか。それ以前に、あの少女の怯え方は尋常ではなかった。本当に二人が親子なら、あんなふうに顔を青くするだろうか。
「だから何?」
ミルテが冷ややかに言った。
「娘に会いに来た?そんなことが通用すると思ってるの?ここはローゼンシュトルツなのよ、それがどういう意味かわかるでしょう!」
「それでも俺は……俺はただ娘に……!」
不様に地に押し付けられながらも、その男は唇をかんで訴えた。
「放してやれよ」
と、ショウはミルテの腕をつかんだ。その行為に驚いたのか、ミルテはギョッとしてショウの腕を振り払う。
「な、何するのよ!」
「このおっさん、もう反省してるじゃねぇか。あのコが娘って話も本当みたいだし。もう許してやってもいいだろ?」
「何言ってるの?いいわけないじゃない」
ミルテは顔をしかめた。
「なんでだよ?父親が娘に会いたいって思うことは、普通のことだろ」
「普通?何が普通なの?あの娘の怯えようを見たでしょう」
「きっと、突然のことでびっくりしたんだ。おっさんが自分の父親だなんて、わかんなかったんだよ。ちゃんと話し合えば、あのコだってわかってくれるさ」
この打ちひしがれた男を慰めるつもりで、ショウはそう口にしたのだ。
しかし、それはこの国について何も知らないショウだからこそ言える言葉だった。
「あんたは何もわかってない……」
そう言ったミルテの声は、低く鋭いものだった。
「父親が娘に会う?話し合えばわかる?そんなことは問題じゃない。問題は、こいつが男であるか女であるかよ!ここはローゼンシュトルツの神聖なる領地、ヴォルフがこの地に足を踏み入れること事態が罪なの!」
「なんだよ、それ。家族にも会えないのかよ!男だからって、自分の家族にすら会えないっていうのかよ!」
「そうよ。どんな理由があろうと、ヴォルフがこの国に立ち入ることは許されない!だいたい、あんただって……」
ヴォルフのくせにと言いかけて、ミルテは言葉を飲み込んだ。もしその言葉を口にすれば、ショウを牢獄へと逆戻りさせることになる。そんなことを“あのお方”は決して望んではいないだろう。
そして何より、ある鋭い視線がミルテの口をつぐませたのだった。堂々たる白馬にまたがった、その美しい女の視線が。
「私の巡回中に騒ぎを起こすとは、運のないヴォルフですこと」
いきなり背後から声がして、ショウはすぐさま振り返った。見れば、白馬に乗った女がこちらを見下ろしている。その後ろには、さらに何体かの馬にまたがった兵士風の女たちが連なっていた。
先頭の白馬に乗った女は、鮮やかなブルーのソバージュをなびかせ、妖艶な笑みを浮かべていた。精悍な顔立ちの美しい女で、装飾性豊かな軍服を身に纏い、耳に大きなイヤリングをしている。
「誰だ?」
と、ショウはミルテに耳打ちした。
ミルテも小声で答える。
「女王陛下をお守りする四天王の一人、アイリス・ウェンロック様よ。胸に見えるあの薔薇の勲章は、四天王の証。四天王は、女王陛下の次にこの国で敬うべき方たちなのよ」
「ふーん。四天王ね……」
(性格きつそうだな)
と、ショウはアイリスを一瞥する。
アイリスは、馬から下りる様子もなくそのまま問題の男を眺めると、そばにいた部下の一人に尋ねた。
「昨夜逃走したヴォルフかしら?」
「いいえ。まだ子供だったと聞いております」
「そう」
(それって、俺のことじゃん)
と、ショウはとっさに思った。
この騎馬隊は、どうやらショウを探していた最中だったらしい。
「連行なさい」
アイリスは、冷たく言い放つと馬の向きを変えた。
「待ってくれ!」
と、男が叫ぶ。このまま連行されれば、監獄の中は免れない。せめてその前に……。
「娘と話をさせてくれ。やっと、やっと会えたんだ。幼い頃別れたきり、俺はこの十年間、娘のことを片時も忘れたことはなかった。だから、頼む……どうか!」
「娘?」
懇願する男を冷ややかに見下ろしながら、アイリスは馬を留めた。
「そうだ。娘だ。俺は娘に会うために来たんだ」
男は辺りを見回し、自分の娘を見つけると、褐色に焼けた太い腕を伸ばした。
「おお、我が娘よ……」
「来ないで!」
少女は声を震わせ叫んだ。
男を拒否したその瞳には、恐怖とあいまって憎悪の念さえ見える。
「来ないで!私に父親なんていないわ!」
「何を言うんだ。父さんだよ、忘れたのか」
「来ないでって言ってるでしょう!」
少女は、気がふれんばかりに恐れ戦いた。そして、いつの間にか集まってきた野次馬たちの中へ身を隠そうとする。
その様子は、心底その男に恐怖を抱いているようだった。
そして、少女は泣き叫んだ。
「あんたは、ただの汚らわしいヴォルフよ!」
「な……」
そのたった一言が、男の全生命力を無残にも断った。男は、愕然となってうなだれる。
「もうよろしいかしら?」
と、アイリスは嘲笑の笑みを浮かべた。
「感動の再開でもするつもりでしたの?残念でしたわね。せめて処刑ぐらい感動的にしてあげますわ」
男にはもう何も聞こえていなかった。アイリスの高笑いも、聴衆のざわめきも。聞こえるのは、娘の無慈悲な言葉だけ。
がっくりとうなだれた男は、成されるがまま連行された。彼はもう、瞬きする気力さえなかった。
4
「なんで、止めたんだ!」
と、ショウは怒号した。
先ほどの事件の間中、ショウはミルテに制されていたのだった。
ショウには、文句を言ってやりたいことが山ほどあった。
あのアイリスという女に、あの娘に、周りの野次馬たちに。
「ミルテのとった行動は正しいよ」
シレネは馬車の中で、ショウをなだめた。
「もしショウがあのまま、アイリス様やあの娘に食ってかかってたら、ショウもお咎めを受けかねないもの」
「けどよ……!」
「またあの牢獄に戻りたいの?ううん、きっと牢獄に戻るだけじゃすまない。もしショウがヴォルフだってことがばれたら……」
「ばれたら?」
「……殺されるわ。」
「じゃあ、あのおっさんも……?」
「きっと、殺される」
ショウは拳を腿に強く打ちつけた。行き場のない憤りが、拳となって腿を打つ。
納得いかなくても、悔しくても、今はどうにもならない。
(なんなんだ、この国は!)
この言いようのない感情は、この先消化されるのだろうか。
「着いたわよ」
馬車の戸を開けたミルテが、降りるよう促した。シレネが先に降りて、次にショウが降りた。
慣れない長いスカートのせいで、つまずきそうになってミルテに鼻で笑われた。
ショウが連れてこられた所は、みごとな城の門前であった。この城の最上まで見上げれば、のけ反りすぎてひっくり返りそうだ。ここがあのグラミスキャッスルである。
(この先に“あるお方”とやらがいるのか。いったいどんな奴なんだ?女であることは間違いないだろうけど)
城の中に通されると、階段を上り、廊下を何度も曲がって、いくつもの部屋を通り過ぎた。今ここで引き返せといわれても、一人では到底スタート地点に戻れそうにない。
また、廊下に飾ってある数々の装飾品に目を奪われた。絵画もあれば骨董品もある。どれもがきらびやかで美しく、思わず手を触れてしまいたくなる。
特に美術工芸品に興味のなかったショウも、これには舌を巻いた。
やがて巨大な扉の前に立たされた。
「ルカ様、ミルテにございます」
そう言うと、ミルテは扉の前で一礼した。そして、厳かにそびえる扉をゆっくりと押し開けていく。シレネもそれを手伝った。
大きく左右に開いた扉は、客人を招き入れる。ミルテとシレネは外でお留守番だ。
ショウは恐る恐る中へと入っていった。まず目に飛び込んできたのは、無数の本だ。背の高い本棚に、びっしりと本がつまっている。タイトルが何と書いてあるかはわからないが、難しそうな気がする。
「よくいらしてくれましたね」
どこからともなく声が聞こえて、ショウはドキリとした。
本の数に圧倒されていて気づかなかったが、この部屋の一角に机があって、そこから声の主がこちらに近づいてきたのだった。
ショウは、またもや呆けるはめになった。こちらにやってきた人物が、あまりにも美しかったからだ。艶のある銀色の髪、透き通るような白い肌、端正な顔立ち、それら全てが絵画から抜け出たような美しさを持っていた。
ショウの前に立った彼女は、ずいぶん長身であった。襟の詰まった制服をすらりと着こなし、長いマントをひらりとはためかせる。胸には、四天王を表すバラの紋章が刻まれていた。
ショウは、見上げるようにして彼女を見た。
「こちらから出向けなかったこと、申し訳なく思っています」
と、彼女はゆっくりと頭を下げた。
「あなたの事は、ミルテとシレネから聞いております。私の名は、ルカ・クレアローズ。この国では、主に外交を担当しています」
「俺は、ショウ。柊 ショウ」
「ショウ……。素敵な名ですね。」
そう言って、ルカは微笑んだ。
その微笑があまりにも眩しくて、目のやり場に困るのが本音だ。
ルカは、ショウにさまざまなことを聞いた。
それは、ショウの暮らしていた世界のこと。食べ物や服装、住まい、どのような文化が栄え、どのような生活がそこにあるのか。
ほとんどがショウの普段の学校生活の話だったが、だんだん話していくうちに緊張もほぐれていった。
「やはりそこには、男女の共存があるのですね」
ふと、ルカはそんなことを言った。
「共存っていうか……最近は女子のほうが強いし、何かとギャァギャァうるさいし、6対4で女が優勢だと俺は思うね」
と、ショウはまじめな顔をして言った。
「あなたはそれを不満に思いますか?」
「まあ、思うときもあれば思わないときもあるかな。マラソンのとき、女子が二周少なくていいのはさすがに不公平だと思ったけど」
体育のマラソンで、早々と切り上げる女子たちの姿を思い出して、ショウは口を尖らせた。しかし、ルカにこの話の意味が通じたかどうかはわからない。
「だけど、この国は変わってるよな。女しかいないなんて」
特に深い意味もなく口にした言葉が、ルカの顔を曇らせた。先ほどまで穏やかだった彼女の表情が、凛としたものになる。
「あなたは、女として生きることはできますか?」
あまりにも唐突な質問に、ショウの目が点になる。
「突然のことで驚いたでしょうが、これはとても重要な問題です。このことを確認したくて、あなたをここへ招いたのですから」
ショウが答えに困っていると、ルカは席を立って窓のカーテンを開けた。
眩しいばかりの光と共に、美しい自然と町並みが見える。
「この国のことはプラム・アプリコットさんから聞きましたね?」
「プラム・アプリコット?」
「あなたが“おばば”と親しんでいる老人です」
「ああ、おばばね。一通りは聞いた。なんで、この国には女しかいないのかとか……」
「正確には、女しかいないのではなく、女しか住むことを許されないのです。男がこの国に足を踏み入れることは許されません。たとえあなたのような子供でも、それは例外ではないのです。それゆえに、あなたは牢に幽閉されてしまった……」
「でも、それをあんたが助けてくれたんだよな?」
「ええ、そうです。私が、ミルテたちにあなたを牢から逃がすよう命じました。そして、このローゼンシュトルツから脱出させるようにと」
「ホントにあの時は助かったぜ。突然目が覚めたら、檻の中だもんな。男ってだけで、檻の中に入れられたんじゃたまんねぇよ」
「そうです。あまりにも非人道的な行為だとは思いますが、この国ではそれがまかり通ってしまうのです。なぜなら……」
「“薔薇の革命”ってやつだろ?」
「そう。今から30年ほど前、男たちの支配から女たちを解放するために起こった革命です。そしてそれは解放運動だけにとどまらず、独立し、国を創るまでに至りました。ですから、この国のほとんどの人々が、今でも男に対して憎悪の念を抱き、“ヴォルフ”と蔑んでいるのです」
そう話したルカの声は、ひどく沈んだものだった。
「ローゼンシュトルツにやってくる男たちの目的はさまざまです。中には邪な考えを持って入国する者もいますが、生き別れた家族を求める者、恋人を追ってくる者、あなたのように何も知らず流れ着く者もいるのです。しかし、どんな理由があろうと、この国では彼らは罪人として扱われ、処刑される運命にあるのです」
ショウはこの城に着くまでのことを思い出した。娘に会いに来ただけの男が、無残にも連行されていったことを。
「私はそのことに、ずっと疑問を抱いてきました。“ヴォルフ”とて、同じ人間です。花を摘むように、簡単に命を奪っても良いのでしょうか。いいえ、それ以上に、“ヴォルフ”の存在全てが悪なのでしょうか。私はそうは思いません。彼らの中には善良な者たちもいるのです。私は、いつか男女が仲むつまじく暮らせる日が来ると信じています。互いを尊重しあい、そして愛し合い、何の差別も偏見もなく平等に暮らせる理想の世が来ると」
ルカはそう言って微笑んだ。
「そのためには、やはり世論が変わらなければならないでしょう。私たち一人一人が暗い歴史を乗り越えなければ、理想の世はやって来ないと思うのです」
ルカは、そっとショウの手をとった。
「ショウ、もしかするとあなたの存在が、私たちの意識を変えてくれるかもしれない……」
「俺が?」
「あなたは異世界から来た少年です。そして、あなたはローゼンシュトルツを、この世界を冷静に見据えることのできる瞳を持っています」
「そんなこと、俺じゃなくても……」
「いいえ。あなただからこそ持てるのです。歴史を変えることはできません。歴史を忘れることもできません。歴史は永遠に語り継がれていくものです。それゆえに、どこかで終止符を打たなければ、“ヴォルフ”と“ヴィーネ”は永遠に憎しみ合いいがみ合うことになるのです。しかし、私たちにはそれをするための客観的な目が欠けています」
「だけど、俺は何すればいいのか……」
「何もしなくてよいのです。あなたはあなたでいてください。ただし、女装をしてもらうことにはなりますが……」
「それがなぁ、なんか小っ恥ずかしいんだよな」
と、ショウは頬をかいた。
「あなたなら、すぐに慣れますよ。」
「うん、まあ。って、どういう意味だ?」
ルカは、ショウのクルクル変わる表情に思わず笑みをこぼした。すると、ショウもつられて笑う。
(なんか、とんでもないことになっちまったな……)
と、内心不安に思いながら。