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緋の砂  作者: みーねこ
28/36

過去との決別⑤

     

     3

 グラミスキャッスルの地下には、監獄が広がっている。


 カビ臭い煉瓦造りの細い階段を下りていくと、牢屋が密集した地下にたどり着く。牢屋は、細い通路をはさんで左右均等に並んでおり、その数はざっと見ても二十以上はあるだろう。牢屋と牢屋の間には、明かりのともった松明が整然と壁に掛けられていた。


 ショウとシレネは、看守の目を盗んで、こっそりと地下に潜り込んだ。看守は、ほとんどの時間を階段の入り口に一人で過ごす。朝昼晩と深夜の交代時間の一瞬だけ持ち場を離れるのである。


 鎧を身にまとい、兵士の格好をしている看守は、近づいてくればすぐにわかった。動きにくそうな金属がこすれ合う音が、辺りに響くからだ。


 看守が地下に降りてこないことを確認して、ショウたちは牢屋の並んだ通路を進んだ。


 久しぶりにこの場所に足を踏み入れたが、やはり心地いいものではない。牢屋に収容されている生気のない男たちをみると、胸が悪くなるのだった。


 通路の奥まで進むと、一際大きな牢屋が見えてきた。広さでいえば、通常の牢屋二つ分の広さだろうか。カビなのかコケなのか、緑がかった石壁や石畳の床に反して、中には簡素なベッドと毛布、そして簡易の机と椅子があった。そんなもの、他の牢屋には置かれていない。この牢屋だからこそ置かれたものなのだ。それは、ここに収容されている人物への最大の配慮なのだろう。


「ルカ!」


 自分の名を呼ばれて、ルカは読んでいた本から目を離した。ルカは、獄中で椅子に座って本を読んでいたのだ。目の前の机には、これから読むだろう数冊の本が積んであった。


 ホッとしたような呆れたような顔で、ショウは言った。


「おまえさ、よくのんきに本なんか読んでいられるよな。捕まってるんだぞ?」

「そうですね。でも、本を読んでいると、心が休まるのです。ここにあるもの全て、リリィが用意してくれたんですよ」

と、ルカは柔和な笑みを浮かべた。しかし、その笑みはどこか力なかった。


 ショウは、リリィの差し入れた本や机に目をやった。これがリリィにできる精一杯のことなのだろう。わかってはいるが、ここまでするならどうしてルカを檻から出してやらないのか。


「ショウ、リリィを責めないであげてください」


 ショウの気持ちを察したのか、ルカはなだめるように言った。


「リリィもまたこの国を想って行動しているのですから」

「わかってる」


 そう言いつつも、ショウは頷くことができなかった。


 ローゼンシュトルツ、やはりこの国は理解できないし、納得できない。いろんなことを目にして、さまざまな悲しみや憎しみにふれたけれど、それでもこの国の体質は納得できない。

 今、目の前の鉄柵に捕らわれているのは、己よりも他人の心配ばかりする暴掠とは無縁の男なのだから……。


「ショウ、陛下のご様子はどうですか?」


 ほら、また他人の心配をする……と、ショウは、少し呆れつつも笑えてきた。


「おまえ、自分の立場わかってるのか?もっと自分の心配しろよ。処刑されるかもしれないんだぞ」

「ええ。でも……」

と、ルカは伏し目がちになる。


 その憂いに帯びた顔があまりにも綺麗で、思わず見とれてしまいそうになって、ショウは慌ててかぶりを振った。


「女王は、ずっと泣いてたよ。てか、たぶん泣くしかできないんだろうな」

「そうですか……」

「大丈夫だって。今、あいつにはリリィがついてるから。あとスミレさんも」

「そうですね……」


 そう静かに頷いたものの、ルカの暗鬱な表情が晴れることはなかった。


「ショウ」


 ふいに、シレネがショウの服の袖を引っ張った。

 ショウは、思い出したようにシレネと目を合わせて頷く。


「ルカ、話は後でゆっくりしようぜ。今は、ここから出ることが先決だ」

「え?」


 予想もしなかったショウの言葉に、ルカは心底驚いた様子だった。


「ここから出る?」

「そ。そのためにシレネと来たんだ。リリィや女王は宛になりそうにないしな」

「シレネ……」


 ルカは、シレネを見つめた。シレネは、笑顔で頷く。


「私は、今でもルカ様のことを心から信頼しています」

「あなたを騙していたのに……?」

「騙されたなんて、思っていません。まぁ、すごくびっくりしたけど……。でも、ヴォルフかヴィーネかなんて、今の私には関係ありません。私は、一人の人間として、ルカ様が大好きなんです」

「シレネ、ありがとう」

と、ルカは微笑んだ。その笑みは、本当に嬉しそうだった。


「でも……、私はここに残ります」


 次に出たルカの言葉に、シレネとショウは顔を見合わせた。


「私がここから消えれば、疑いは真っ先にあなたたちに向けられるでしょう」

「そんなこと……!」

「それに、私はここにいるべきなのです。許されない、大きな罪を犯したのですから」

「何言ってるんだよ!おまえは別に悪いことなんてしてないだろ!男だったって、だけじゃねぇか!」


 激高するショウに、ルカは静かに首を振った。


「私は、ミルテという一人の少女を深い悲しみにつき落としたのです。私のことを心から慕ってくれていたあの娘を、無惨にも裏切ったのです。この罪は、何よりも重い……」


 そう言うと、ルカはゆっくりと柵の前に近づいた。そして、手が少し伸ばせるほどの隙間から、ルカは一通の手紙を差し出した。黄みがかった一枚の紙が、一巻きにされたものだった。

 シレネは、差し出されるままに、それを受け取った。無言のまま目で問いかける。


「ミルテに渡してください」


 ルカは静かに言った。


「それから、ミルテに『ありがとう』と伝えてください。私にとって、良き部下であり、妹のような存在であったと」

「ルカ様……」


 シレネは手紙を胸に抱くと、目を潤ませた。

 ルカのか細く綺麗な手が、シレネの頬に伸びる。


「シレネ、ミルテのそばにいてあげてください。きっとミルテは、折れそうな心を受け止めてくれる友を必要としているはずです。私のことはいいから、ミルテのそばに……」

「……」


 シレネは、ゆっくりと頷いた。うつむいた顔からは、涙がこぼれ落ちる。


「ずるいよ……」


 そう漏らしたのは、ショウだった。牢屋の前で立ち尽くして、歯を噛みしめている。


「そんなこと言われたら、おまえのこと助けられなくなるじゃんか」

「ショウ、これでいいのです」

「よかねぇよ!どんだけ背負えば気が済むんだよ!もっと自分の感情さらけ出せよ!おまえはもう一人じゃねぇんだぞ!」


 ショウの声は、地下に響きわたった。音の振動は、階段を伝って上に行き、看守の耳にまで届いた。


「誰かいるのか!」


 看守の声が、上から返ってきた。それからすぐに、鎧のすれる金属音が聞こえてきた。それは、だんだんと近づいてきている。


「ショウ、まずいよ!早く逃げなきゃ!」


 慌てふためくシレネをよそに、ショウはその場から動かなかった。


「ショウ!」


 ショウは、沈黙したままルカを見つめていた。まだ話は終わっていないとばかりに。

 ルカもまた、ショウを見つめていた。今出かかっている言葉を発するべきかどうか、迷うように。

 看守の階段を下りてくる足音が、次第に大きくなっていく。


「ルカ、俺はおまえのこと親友だと思ってるよ。だから、俺にはおまえの本当の気持ちを言ってくれよ」

「ショウ……」


 看守の影が、通路に伸びてきた。


 シレネは、とっさに松明の火を消した。地下はあっと言う間に暗闇に包まれて、いっさい何も見えなくなった。

 看守の驚く声が聞こえた。火をくべに行った足音も。


 その音に紛れて、ルカは小さく言った。


「そばに……いてほしい」

「わかった」

と、ショウは闇の中で頷いた。


 ほどなくして、明かりがともった。看守が松明に灯をともしたのだ。

 そして、「あっ」と短い驚嘆の声とともに、看守はやかましく鎧の音を立てて走ってきた。シレネは、天井に張り付いて、それをやり過ごした。


 看守は、ショウを羽交い締めにして捕らえた。

 

 それでもショウは手を離さなかった。しっかりと、ルカの手を掴んで離さなかった。ルカもまた離さなかった。看守がどんなに引き離そうと力を加えても、決して離さなかった。硬く握り合った手を決して……。




長らくお待たせしました。毎回時間がかかって申し訳ありません。

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