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緋の砂  作者: みーねこ
25/36

過去との決別②

過去編…と私は勝手に名付けていますが、ここから少し過去に話が飛びます。

     

      2

 カキィンッ


 剣が激しく交わる音が、舞踏の間に響いた。


 通常は舞踏会などを催すときに使用される大広間を、今日に限って剣術の試合のために開放しているのだ。


 グラミスキャッスルの二階全体が、舞踏の間として一つの部屋になっているので、かなり広い。両壁には、バルコニーに繋がる窓が等間隔に並んでいくつかあり、その窓と窓の間に、金色の装飾で縁取られた大きな鏡が飾られている。鏡に映るのは、豪華絢爛なシャンデリアだ。


 天井にぶらさがっているいくつもの眩いシャンデリアは、天井面に描かれた壮大な神話画を幻想的に照らしていた。


 その下で二人の少女が剣を交えて闘う姿は、天井に描かれた神話さながらに優美だった。


 一人は、蒼いソバージュの髪を後ろで一つに束ねた十五歳の少女、アイリス・ウェンロック。もう一人は、銀髪のおかっぱ頭の少女、ルカ・クレアローズ。彼女は、十三歳だ。


 二人ともうっすらと額に汗をかき、呼吸も乱れ始めていた。試合は、長時間にわたっていた。

 激しくぶつかり合う剣と剣は、時々こすれ合って小さな火花を散らす。


 どちらかと言えば、アイリスの方が優勢に見える。年上ということもあって、身長も彼女の方が高い。力に任せて押されると、ルカは後ろに下がるしかなかった。

 しかし、ルカも負けてはない。彼女の剣は舞うように軽やかだった。相手の攻撃をうまくいなして、負荷を最小限にくい止める。


「剣は力。護りに入るばかりでは、私は倒せませんわよ!」


 渾身の力を込めて、アイリスは剣を降りおろした。それを寸でのところで受け止めたルカだったが、力及ばずに剣を床に落としてしまったのだった。

 勝負ありとばかりに、アイリスはルカに剣を突きつけた。


「そこまで!」


 威勢のいい号令とともに、この試合は終了した。

 号令をかけたのは、舞踏の間の奥中央で、女王陛下とともにこの試合を観覧していたローサ・クレアローズだった。

 長く真っ直ぐな黒髪を腰まで垂らし、一点の曇りもない漆黒の大きな瞳をもった凛々しく美しい女性だ。


 その横には、華麗な玉座に鎮座する女王陛下の姿があった。薄ピンクの長い髪を余すことなく高い位置でまとめて、ダイヤモンドを散りばめたティアラをつけていた。四十歳を前にして、その美しさはどこかはかなさも孕んでいるようだ。ドレスからのぞく肌は、雪のように白かった。


 女王は、試合を終えた二人の少女を前に、細く色白の手を叩いて賞賛の言葉を述べた。


「素晴らしい試合でした。アイリス、ルカ」


 二人の少女は、跪いて深々と頭を下げた。


「アイリス、あなたはさらに剣の腕を磨きましたね。さすが、我が国随一の剣士です。いずれあなたには、この国の軍事一切を任せるつもりです。そのときまで、鍛錬を怠らぬよう」

「は。有り難きお言葉にございます、陛下」


 かしこまってそう言うと、アイリスは顔を上げた。その瞳には、自分の強さへの自信が溢れていた。

 自信に満ちたアイリスの瞳を受け止めて、女王は満足そうに頷いた。それから、もう一人の少女に言葉をかける。


「ルカ、あなたの剣技はいつも優雅で美しく、まるで舞を見ているようで、心癒されます。試合には負けましたが、私はあなたの将来を大いに期待しています」

「ありがとうございます。陛下」


 跪いたままのルカは、顔を上げなかった。


「ルカ、こちらへ」

「はい」


 女王に手招かれて、ルカは傍へ寄った。


「また少し背が伸びましたね」


 女王の細くしなやかな手が、ルカの銀の髪を優しく溶かす。それは、まるで母親が日々大きくなる我が子を慈しむように。

 頬をほんのり朱に染めて、ルカは恥ずかしそうにうつむいた。




「納得できませんわ!」


 腰に差した剣をガチャガチャと鳴らしながら、アイリスは足早に歩いていた。廊下に響く靴音は、怒気をはらんでいる。


「試合に勝ったのは私ですのに、陛下はルカのことばかり気になさって!」

「まぁまぁ。きっとローサ様の手前もあって、邪険にできなかったのよ。あとで『お母様~!』って、泣きつかれないように」

と、アイリスの後に続いて、ワインレッドの髪を垂らした少女が、面白半分に笑った。ネルケ・ブレスウィドーだ。


 ブラウスにベスト、白いパンツに茶色い革のブーツといったアイリスの服装とは対照的に、ネルケは紅い胸元の開いたドレスを着ていた。スカートの裾をひらひらと揺らしながら、小走りでアイリスについていく。


「気にすることないわよ。剣の腕は、アイリスが一番なんだから」

「当然ですわ!私は誰よりも強い。陛下もいずれは軍事一切を私に任せてくださるとおっしゃっていましたもの」

と、鼻息を荒くして、アイリスは意気込んだ。

 得意げに胸を張るアイリスに、ネルケは大仰な仕草で拍手する。


「さすがアイリス、未来の四天王!」

「フフッ。私が四天王の座に就いた暁には、ネルケ、あなたにもそれなりのポストを用意して差し上げますわよ」

「素敵!そうなったら、どんなドレスを着ようかな」

「あなた、四天王をなんだと思っていますの?」


 贅沢にお洒落を楽しむことしか頭にないネルケを見て、アイリスは唖然として溜息を吐いた。


「でも、ルカもゆくゆくは四天王の座に就くんでしょうね」


 ふとネルケが口にした言葉に、アイリスはピクリと反応した。


「本ばかり読んでひきこもっているような軟弱者に、四天王の職が務まるわけがありませんわ」

「でもさ、剣の腕もあの歳でアイリスと同等なわけだし……」

「同等?」


 アイリスの顔が引きつる。そんな表情の変化に全く気付かずに、ネルケは続ける。


「何より、女王陛下に期待されているわけだし……」

「……ネルケ、あなた、剣の腕は私が一番と、先ほど言ってくれたのではなくて?」

「やだぁ。そんなのお世辞に決まってるじゃな……あ」


 つい口をついて出てしまったと、ネルケは慌てて手で口を覆った。だが、時すでに遅し。アイリスの怒りのゲンコツが、ネルケの頭頂部に見事な角度で落ちる。


「年下で貧乳のくせに……いまいましいルカ。どうすれば、あの小娘に恥をかかせられるかしら……」

(貧乳は関係ないんじゃ……)


 ますます足早になるアイリスの後を追いかけながら、ネルケは心の中で呟いた。


「そうですわ!」


 急に、アイリスが思い立ったように声を上げて足を止めた。


「何かいい案でも思いついたの?」

「ウフフフ。いずれこの国を強くするのは私……。ルカ、あなたには到底、無理だということを思い知らせてあげますわ!」


 肩を震わせて高らかに笑うと、アイリスはルカのいる部屋へと向かった。

 ルカがいそうな場所は、だいたい見当がつく。ネルケをひきつれて、アイリスは意気揚々とその場所を目指した。


 美術工芸品がそこここに飾られた廊下をしばらく歩くと、ある部屋の扉が見えてきた。アイリスの身長の倍はある高さの厳かな扉だった。

 その扉をゆっくりと押し開ける。


 中に入ると、すぐに無数の本が出迎えた。天井までびっしりと本が並んでいる。歴史書、経済書、天文書、文学書、外国の書物まで、ありとあらゆる本が整然と棚に並んでいるのである。ここは、いわゆる書庫だった。


 この部屋の一角には、簡単な書斎机と椅子が一つずつある。ここで、何かを調べながら書きとめたりする場合に最適だ。

 アイリスは、迷わず机のほうに向かって歩いていく。


 すでにその机を二人の少女が利用していた。一つの椅子に小さな身体を寄せ合って、仲良く一冊の本を読んでいる。

 一人は、ルカ。もう一人は、ライトグリーンの短い髪を左右で結んだルカよりもいくらか幼い少女だった。


「ねぇ、ルカお姉様。リリィのところにも小人さん、来てくれるかなぁ」


 目を輝かせて尋ねる幼いリリィに、ルカは満面の笑みで頷く。


「うん、きっと。この本から飛び出してくるかもしれないね」

「本から小人なんて出てくるわけがありませんわ。バカバカしい」


 突然、自分の手元から本が消えて、ルカは目を丸くした。アイリスが横から本を取り上げたのだ。中身に目を向けることなく音を立てて本を閉じると、アイリスはそれを投げ捨てた。


「何をするんですか、アイリス」

「読書の時間は終わりですわ。これからあなたには、私に付き合ってもらいます」

「え?」


 ルカは、眉をひそめた。アイリスの強引さはいつものことだが、大好きな読書の邪魔をされると、さすがにムッとする。


「私は今、リリィと本を読んでいるんです。邪魔をしないでください」

「リリィの相手は、ネルケがしますわ」

「え?私?ちょっと、子守は勘弁してよ」

と、顔をしかめるネルケに、アイリスは不気味なほど穏やかな口調で返す。


「ネルケ、あなたが欲しがっていたアメジストの髪飾り、差し上げてもよろしくってよ」

「リリィ、ネルケお姉ちゃんと一緒にあっちで遊びましょうね」


 アイリスのたった一言で、ネルケは掌を返して、笑顔でリリィを手招きしたのであった。


「さて。ルカ、あなたは私と一緒にいらっしゃい」


 そう言うと、アイリスは書庫を颯爽と出ていく。ルカもしぶしぶついていった。



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