表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋の砂  作者: みーねこ
21/36

心の蕾⑦


 ショウは、噴水の中に佇む銅像を見上げた。


 街の中心部に設置された噴水は、人々の憩いの場になっている。円形に窪んだ石造りの噴水は、半径一メートルほどの広さがあり、その中心部には初代女王の銅像が建てられている。ちょうど銅像を囲むように、幻想的に水が噴き出ているのであった。


 その周りは広場になっており、テントが軒を連ねる市場にもなっている。すぐそばには教会や市庁舎などの高い建物も建っていて、人通りも多かった。


 人々は、女王の像の前で立ち止まると、皆同じように手を合わせて祈りをささげる。その横では、子供たちが甲高い声を上げながら、楽しそうに水遊びをしていた。


 平和な空間が、確かにここにある。しかし、それは真の平和といえるのだろうか。


 ショウは、銅像を見つめながらミルテのことを考えていた。


 この国には、過去に怯えながら生きている女たちがいる。その恐怖をぬぐい去ることはできないのだろうか。


(きっと、わかり合える……)


 ショウは、拳を握った。おばばからもらったビーズのブレスレットが、太陽の光に反射してキラリと光った。


「ショウ!」


 ふいに声を掛けられて、ショウは振り返った。

 そこには、肩で息をしたシレネが立っていた。


「シレネ。どうしたんだ、こんなところで?」

「それはこっちのセリフだよ。ショウがこんなところで、一人でいるなんて珍しいね。ルカ様は?」

「ルカは城で仕事。俺にルカの仕事は手伝えないし。だったら俺はミルテを探そうと思って」

「ミルテ、お城にも顔出してないんだ?」

「まぁな。あれから三日もたつし、やっぱり気になって……。シレネは?」

「私もミルテを探しに。クロスとのこと、ちゃんと説明したくて……」

「そっか。クロスはあれからどうしてる?まさか捕まったりとか」

「ううん。クロスは、リボルバーヘルトに帰ったわ」

「帰った?」


 ショウは、驚いて声を上げた。


「よくこの国から出られたな」

「おばばの家の地下には、ヴォルフを逃がすための隠し通路があるから」

「ああ、そうか」


 ショウは納得して頷いた。ショウも当初、そこからローゼンシュトルツを脱出する予定だったのだ。


「クロスがいなくなると寂しくなるな。せっかくいい兄貴分ができたと思ったのに」

「大丈夫だよ。きっとまた会える。いつか一緒に暮らそうって、約束してくれたもの」


 シレネの口元がほころびた。


「何だよ、それ。結婚の約束?」

と、ショウは、ニヤニヤしながら言った。


 すると、シレネは耳まで真っ赤になる。


「け、結婚とか……そんなんじゃないよ、きっと……たぶん……。え、でも……どうしよう……そうなのかな……」

「けっこん、けっこん。ヒューヒュー」

と、ショウは面白がってはやし立てた。こういう思考レベルは、中学生だ。


「もう。ショウったら、からかわないでよ」

「照れんなよ。好きなんだろ、クロスのこと?」


 ショウに言われて、シレネはますます頬を紅潮させた。もう顔から湯気が出そうだ。


「好きっていうか……その、一緒にいてドキドキするっていうか……。クロスのことばかり考えちゃうっていうか……」

「完全に好きじゃん。つーか、恋しちゃってんじゃん」

「恋……」


 シレネは、そっと自分の胸に手を当てた。


「こんな気持ち、初めて……。ヴィーネがみんなこの気持ちを持ってヴォルフに接したら、きっとヴィーネもヴォルフもない平等な世界ができるんだよね」


 シレネの目は、自然と噴水に佇む女王の銅像に向かっていた。


 長い髪を振り乱し、衣服が破れようとも、怯まずに旗を掲げてヴィーネを導く女王の姿。今のシレネには、彼女が泣いているように見えた。愛を求めてさまよい歩いているかのように。


「みんな、きっと愛を求めてる……。ミルテだって、本当は包み込んでほしいんだと思うの。力強くてゆるぎない腕の中に……」


 そう言うと、シレネは唐突にショウの手を握った。


「ショウ、ミルテを助けてあげて。ミルテを包み込んであげられるのは、ショウしかいないと思うの」

「俺?」

「うん。ショウもクロスみたいに、強くて優しくて真っ直ぐだから。きっと、ミルテの心の傷を癒してあげられる」

「だったら、俺よりもずっと適任がいるじゃねぇか。強くて優しくて真っ直ぐな奴……」

「それって、誰のこと?」

「誰って、決まってるだろ。ル……」

と、言いかけて、ショウは慌てて口をふさいだ。


(ヤベッ。あやうくルカの正体をバラすところだった)


 ショウの言葉の続きを、シレネは真剣な眼差しで待っている。


 ショウの中で、迷いが生じた。真実を告げてしまった方が、ルカにとってもシレネにとってもいいような気がしてきたからだ。今のシレネなら、抵抗も少ないだろう。


 一か八か、ショウは口を開いた。


「あのさ、シレネ。実は……」


 その時だ。

 真昼の空に、花火が上がった。

 数発のドォォンという大きな音が、空を揺らしたのだった。


「“薔薇の決闘”の合図だわ」

と、シレネが言った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ