心の蕾⑦
ショウは、噴水の中に佇む銅像を見上げた。
街の中心部に設置された噴水は、人々の憩いの場になっている。円形に窪んだ石造りの噴水は、半径一メートルほどの広さがあり、その中心部には初代女王の銅像が建てられている。ちょうど銅像を囲むように、幻想的に水が噴き出ているのであった。
その周りは広場になっており、テントが軒を連ねる市場にもなっている。すぐそばには教会や市庁舎などの高い建物も建っていて、人通りも多かった。
人々は、女王の像の前で立ち止まると、皆同じように手を合わせて祈りをささげる。その横では、子供たちが甲高い声を上げながら、楽しそうに水遊びをしていた。
平和な空間が、確かにここにある。しかし、それは真の平和といえるのだろうか。
ショウは、銅像を見つめながらミルテのことを考えていた。
この国には、過去に怯えながら生きている女たちがいる。その恐怖をぬぐい去ることはできないのだろうか。
(きっと、わかり合える……)
ショウは、拳を握った。おばばからもらったビーズのブレスレットが、太陽の光に反射してキラリと光った。
「ショウ!」
ふいに声を掛けられて、ショウは振り返った。
そこには、肩で息をしたシレネが立っていた。
「シレネ。どうしたんだ、こんなところで?」
「それはこっちのセリフだよ。ショウがこんなところで、一人でいるなんて珍しいね。ルカ様は?」
「ルカは城で仕事。俺にルカの仕事は手伝えないし。だったら俺はミルテを探そうと思って」
「ミルテ、お城にも顔出してないんだ?」
「まぁな。あれから三日もたつし、やっぱり気になって……。シレネは?」
「私もミルテを探しに。クロスとのこと、ちゃんと説明したくて……」
「そっか。クロスはあれからどうしてる?まさか捕まったりとか」
「ううん。クロスは、リボルバーヘルトに帰ったわ」
「帰った?」
ショウは、驚いて声を上げた。
「よくこの国から出られたな」
「おばばの家の地下には、ヴォルフを逃がすための隠し通路があるから」
「ああ、そうか」
ショウは納得して頷いた。ショウも当初、そこからローゼンシュトルツを脱出する予定だったのだ。
「クロスがいなくなると寂しくなるな。せっかくいい兄貴分ができたと思ったのに」
「大丈夫だよ。きっとまた会える。いつか一緒に暮らそうって、約束してくれたもの」
シレネの口元がほころびた。
「何だよ、それ。結婚の約束?」
と、ショウは、ニヤニヤしながら言った。
すると、シレネは耳まで真っ赤になる。
「け、結婚とか……そんなんじゃないよ、きっと……たぶん……。え、でも……どうしよう……そうなのかな……」
「けっこん、けっこん。ヒューヒュー」
と、ショウは面白がってはやし立てた。こういう思考レベルは、中学生だ。
「もう。ショウったら、からかわないでよ」
「照れんなよ。好きなんだろ、クロスのこと?」
ショウに言われて、シレネはますます頬を紅潮させた。もう顔から湯気が出そうだ。
「好きっていうか……その、一緒にいてドキドキするっていうか……。クロスのことばかり考えちゃうっていうか……」
「完全に好きじゃん。つーか、恋しちゃってんじゃん」
「恋……」
シレネは、そっと自分の胸に手を当てた。
「こんな気持ち、初めて……。ヴィーネがみんなこの気持ちを持ってヴォルフに接したら、きっとヴィーネもヴォルフもない平等な世界ができるんだよね」
シレネの目は、自然と噴水に佇む女王の銅像に向かっていた。
長い髪を振り乱し、衣服が破れようとも、怯まずに旗を掲げてヴィーネを導く女王の姿。今のシレネには、彼女が泣いているように見えた。愛を求めてさまよい歩いているかのように。
「みんな、きっと愛を求めてる……。ミルテだって、本当は包み込んでほしいんだと思うの。力強くてゆるぎない腕の中に……」
そう言うと、シレネは唐突にショウの手を握った。
「ショウ、ミルテを助けてあげて。ミルテを包み込んであげられるのは、ショウしかいないと思うの」
「俺?」
「うん。ショウもクロスみたいに、強くて優しくて真っ直ぐだから。きっと、ミルテの心の傷を癒してあげられる」
「だったら、俺よりもずっと適任がいるじゃねぇか。強くて優しくて真っ直ぐな奴……」
「それって、誰のこと?」
「誰って、決まってるだろ。ル……」
と、言いかけて、ショウは慌てて口をふさいだ。
(ヤベッ。あやうくルカの正体をバラすところだった)
ショウの言葉の続きを、シレネは真剣な眼差しで待っている。
ショウの中で、迷いが生じた。真実を告げてしまった方が、ルカにとってもシレネにとってもいいような気がしてきたからだ。今のシレネなら、抵抗も少ないだろう。
一か八か、ショウは口を開いた。
「あのさ、シレネ。実は……」
その時だ。
真昼の空に、花火が上がった。
数発のドォォンという大きな音が、空を揺らしたのだった。
「“薔薇の決闘”の合図だわ」
と、シレネが言った。