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緋の砂  作者: みーねこ
17/36

心の蕾③


     3


 太陽の光がさんさんと降り注ぐ午後、シレネは街に買い物に来ていた。露店が数多く並ぶ道筋を、あれやこれやと品物を吟味しながら歩いていく。シレネの一番のお目当ては、パンだ。ひいきにしているパン屋が、この道沿いにある。


 晴れ渡った空の下、市場は賑わいを見せていた。シレネと同じように買い物かごを手に提げた女たちが、井戸端会議をそこここで開いている。これもこの市場では、威勢のいい呼び込みとともに名物になっていた。買い物に来た女たちは、二、三人で集まって、あそこの店はどうだとか何が安いだとか、情報交換を行っているのである。


 シレネは積極的に参加こそしないが、時々この会話を盗み聞きする。どこの店が安いかなどは、有力な情報になるからだ。


「あそこのリンゴ、今日安かったわよ」

「あら、でも少し青かったんじゃない?」


 今日の売れ筋はリンゴらしい。


(リンゴかぁ……)

と、思ってシレネはかぶりを振った。頭によぎった映像が、そうさせたのである。リンゴをおいしそうにかじるある人の姿……。


(どうして、あの人のことばかり浮かぶんだろ?私、やっぱり変なのかなぁ?)


 シレネは唸りながら考えた。考えれば考えるほど、なんともいえない気持ちになる。温かいような切ないような……。


「ねぇ、聞いた?あの話」

「ええ、女王陛下のお命をヴォルフが狙ったんですってね」


 そんな女たちの会話が、シレネの耳に入ってきた。シレネの鼓動がなぜか速くなる。


「しかも、そのヴォルフがまだこの国に潜伏しているらしいのよ」

「物騒になったわね、ローゼンシュトルツも」

「ヴォルフがどこかで私たちを見ているのかと思うと、ぞっとするわ」

「大丈夫よ、アイリス様が必ず捕まえてくださるもの」

「そうね」

と、女たちは笑い合った。さほど深刻には捉えていないようである。この国の治安を守る指揮官としてのアイリスに、民衆が絶大な信頼をおいている証拠であった。


(ヴォルフ……)


 シレネの心がチクリと痛む。最近、ヴォルフの悪い噂を聞くとなぜか胸が痛んだ。


(やっぱり変だよね、私……)


「シレネ?」


 突然声をかけられて、シレネは飛び上がるほど驚いた。恐る恐る振り返ると、そこにはミルテが立っていた。普段と変わらない格好だったが、珍しく腰に短剣をさげていた。


「ミ、ミルテ。どうしてここに?」

「警備を兼ねてちょっとブラブラ」

「警備?」

「ほら、例の女王陛下のお命を狙ったヴォルフ、まだどこかに潜んでいるらしいから」

「ルカ様のご命令で?」

「ううん、自主的にね。あんたは?買い物?」

と、ミルテはシレネの買い物かごをのぞいた。


「う、うん。あのさ、ミルテ」

「何?」

「もし、そのヴォルフを見つけたらどうするの?」

「決まってるじゃない。アイリス様に突き出すのよ」

「そう……だよね……」


 そう言うと、シレネは笑った。顔が引きつっているのが自分でもわかる。


「シレネ?」

「あ、私、買い物の途中だった。じゃぁね、ミルテ!」


 訝しむミルテの横をすり抜けるように、シレネは走り去った。つまり、とっさに逃げてしまったのである。


 ミルテに隠し事をするのは生まれて初めてだった。ミルテは、いつだって互いに協力し合い、支えあってきたパートナーである。そんな彼女を裏切るような行為をしているのではないか。


 シレネは走った。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)


 シレネは買い物も忘れておばばの家へと走っていった。



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