心の蕾②
2
高く上り行く朝日が、二つのシャンデリアを華麗に輝かせた。その光は、白く塗られた壁を照らし、美しい装飾の家具たちを照らし、見る者を異世界へと誘う。
中央には金細工の施されたベッドがあり、金の装飾が美しい分厚いカーテンで覆われていた。その中からぬっと手が現れたかと思うと、カーテンが勢いよく開いた。
カーテンを開けてベッドから起き上がってきたのは、国王ヨーゼフであった。半裸の状態であったヨーゼフは、あくびをしながらベッドから足を下ろす。
「おはようございます、国王陛下」
まだ眠そうな国王に向かって頭を下げたのは、ルーダであった。その後ろには、国王の衣服をもった侍女が控えている。おさげを垂らした小柄な少女だった。
国王は、特に声をかけることなくいつものように鏡の前に立った。壁の一部を埋め尽くすほどの巨大な鏡だった。
国王が鏡の前に立つのは、着替えの合図である。侍女は素早く国王の傍へ行き、彼に着替えをさせる。といっても、国王はただ立っているだけである。一から十まで侍女が彼に衣服を着せてやるのである。
「おい、ルーダ」
と、国王は鏡を見つめながら呼んだ。ルーダは、国王の背後に跪いた。
「昨日、娼館から女が一度に消えたそうじゃねぇか」
国王の言葉に、ルーダは硬直したように何も答えなかった。
「俺様が何も知らねぇとでも思ったか?」
ルーダの背筋に冷たいものが流れる。ルーダは、無言のまま国王の次の言葉を待った。場合によっては、死を覚悟しなければならないだろう。
国王は薄笑いを浮かべた。それは何を意味する微笑なのだろうか。
「おまえにそこまでさせるとはな。アイツの存在はそれほど偉大というわけか」
「……」
「惚れてんだろ、ルカ・クレアローズに?」
「決してそのようなことは……」
ルーダは眉ひとつ動かさず、ただ静かにそう答える。しかし、国王には彼の心が見えていたようだ。
「そう隠すなよ」
と、鼻で笑った。
「だが残念だったな。アイツはとんだペテン師だ。あんなナリして、“男”だったんだからな」
「まさか……!」
ルーダは驚愕のあまり思わず声を上げてしまった。だが、国王の耳には届いていないようだった。ルーダの反応よりも、自分の着替えに携わっている侍女の反応のほうが気になったようだった。ブラウスのボタンを下から順に留めていく作業をしていた侍女が急に手を休めたことに、国王は腹を立てたのだ。
「おい、ボヤっとすんじゃねぇ!」
「も、申し訳ございません」
侍女は慌てて手を動かした。だが、手が小刻みに震えて思うようにボタンを閉めることができなかった。国王はまたそれに腹を立てる。侍女のおさげを掴み上げて、
「おまえ、やる気あんのか?ん?」
「も、申し訳……ございま……せん……。ど、どうか……お許しを……」
侍女は恐怖に涙を浮かべて、絞り出すような声で言った。
それを見た国王は冷笑する。
「まぁいい。今日の俺様は気分がいいからな。なぁ、ルーダ?」
ルーダは何も言わずただうなずくだけだった。その仮面の表情の下で、さまざまな想いが交錯していたのである。
(ルカ・クレアローズが“男”?国王が偽りを述べているのか?いや、偽りを述べたところでなんのメリットがある?ならば真実か?しかし、それではローゼンシュトルツは……)
「嘘じゃねぇぜ?」
国王の言葉に、ルーダは我に返った。いつの間にか身支度を整え終えた国王が、ルーダの眼前で薄笑いを浮かべていた。
「ルカ・クレアローズは間違いなく“男”だった。俺様がこの目で確認したんだ、間違いねぇ。俺様にはそのチャンスがあった。そうだろ、ルーダ?」
「は」
(やはり、真実なのか……?)
ルーダは、ルカが訪れた日のことを思い出した。何かに怯えるようにして国王の間から出て来たルカ。そのことから、国王の目論みどおりのことがなされたことは間違いない。そこで国王はルカの正体に気づいたということか。
「中に虫が巣くってちゃぁ、大輪の薔薇が枯れるのも時間の問題だな」
国王は冷笑した。
「今にローゼンシュトルツは崩壊する。ルカ・クレアローズ……、貴様のその手で、女たちを絶望の淵へ陥れろ!」
国王は虚空に向かってそう言い放つと、勝ち誇ったように大声で笑ったのであった。