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緋の砂  作者: みーねこ
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餓狼の企み⑦

第四章『餓狼の企み』最終話です。かなり切ったので、⑦までになりました。感想をお待ちしています。

 

 どのくらい走っただろう。正確な道はわからないが、前に見えているあの城を目指せばなんとかなる。そう考えて、ショウとダリアはひたすら走り続けた。


 次第に黒い雲が太陽を覆い隠した。雨がポツポツと降り始め、気がつけば土砂降りになっていた。


 身体が重い。“親方”と呼ばれる男と闘ったとき、負傷しすぎたようだ。更に土砂降りの雨のせいで余計に体力が奪われる。


(くそ、目がかすむ……)


 ドシャッ


 水で濡れた地面に崩れるように倒れこんだのは、ショウではなくダリアだった。


「ダリア!」


 ショウはすぐさまダリアに駆け寄った。倒れたダリアを抱き上げたショウは、彼女の身体の異変に目を見開いた。

 顔は青ざめ、唇は紫色に変色している。さらに身体中が痙攣したように震えており、湯気が立ち上るほど熱かった。


「ダリア?おい、しっかりしろ!」


 ダリアは苦しそうに息を荒げていた。

 雨に打たれたせいで発熱したのだろうか。


「ダリア!ダリア!」

「ショウ……」


 薄れ行く意識の中、ダリアはショウの頬に痙攣する自分の手を添えた。


「あんたさぁ……いい男だね……」

「何だよ……急に……?」


 ダリアはうつろな目でショウを見つめていた。


「男がみんなさぁ……あんたみたいなら……いいのにねぇ……」


 そう言ったダリアの目から涙がこぼれた。そしてまたすぐに苦しそうに顔をゆがめる。

 彼女の身体の痙攣がますます激しくなった。呼吸の乱れもひどくなる一方だ。


「おい、ダリア?ダリア!」


 ダリアの身体に何が起こっているのか、ショウはまるで見当も付かなかった。ただ言えることは、ここでうずくまっていても仕方がないということだ。城にさえたどり着けば、何か薬を処方してもらえるかもしれない。彼女を助けられるかもしれない。


 ショウはダリアを背負うと、城を目指して踏み出した。疲れきった身体で、しかも自分より身体の大きいダリアを背負って歩くことは、至難の業であった。しかし、ダリアを救いたいと思うショウの心が、前へ前へと足を動かせていた。


(絶対、助けてやるからな!)


 雨は容赦なくショウに打ちつけ、残りの体力も奪っていく。そろそろショウの体力も限界に近づいていた。

 眩暈がたびたびショウを襲った。そのたびに歯を食いしばり、ふらつく足を踏ん張らせた。


 眼前にそびえる城は、近いようで遠い。

 だんだんとその城すらかすんできた。ショウは唇を力いっぱい噛んだ。ブチッと皮膚が切れる音がした。激しい痛みと引き換えに、少しだが視界がはっきりした。


(倒れるもんか……ダリアを助けるんだ……!)


 ショウは歩き続けた。決して倒れはしなかった。目がかすめば、唇を噛んだ。そうして一歩また一歩と、城を目指して足を進めていく。


 しばらくして、馬の蹄の音が聞こえてきた。だんだんこちらに近づいてくる。ショウはとっさにルカだと思った。

 馬はショウの眼前で停まった。


「あんたは……」


 馬に跨っていたのはルカではなくルーダだった。彼は眉ひとつ動かさずに、全身打撲のアザだらけのショウを見下ろした。


(男にでも殴られたか……)


 この国では、それほど驚くことではないようだった。それから、ショウが背負っている少女にも視線をやった。


(あの娘は……)


 まもなくして、また蹄の音が聞こえてきた。今度こそやって来たのはルカだった。ルカはショウの姿を見るなり、血相を変えて馬から飛び降りた。


「ショウ!」


 ルカはショウに駆け寄ると、安堵の顔に涙を浮かべた。ずっとショウを探し回っていたのだろう。細くしなやかな銀色の髪は、雨でぐっしょり濡れていた。


「心配しましたよ、ショウ。無事でよかった」


 それから、ルカはショウの肢体に無数に刻まれたアザに気づいて、労わるようにそっと触れた。


「いったい何があったのです?」

「ルカ……」


 ショウは小さくつぶやいた。ルカの顔を見ると緊張の糸がほどけてしまったのだろうか。弱音を吐くまいと我慢していた涙が、いっきにショウの目から溢れ出したのである。


 本当は痛かった、怖かった、倒れそうだった。ルカの優しい温もりの前に、ショウはただの十三歳の少年に戻ったのだった。


「ルカ、ダリアを助けて……」


 ショウは涙声で言った。


「急に様子がおかしくなって……身体も熱くて……震えてて……。俺、どうしたらいいかわかんねぇよ……」

「ショウ……」


 ルカは、ショウの頭を包み込むように抱きしめた。それから、ショウが背負っている少女に目をやった。ショウの背中でぐったりとしている彼女は、汗と雨のせいでかなり濡れていた。


「彼女は……?」

「おそらく娼婦でしょう。」


 そう答えたのは、ルーダだった。


「娼婦は麻薬漬けにされて売買されると聞きます。彼女はその発作に見舞われたようですね」

「麻薬……?」


 ショウの脳裏に、あの異様なにおいの漂う部屋が浮かんだ。


(まさか……)


「ダリア、助かるよな?」

「助かるとは言い切れませんが……。私が医者のもとへ運びましょう」


 抑揚のない口調でそう言うと、ルーダはダリアを馬に乗せた。


「ルカ殿、あなたの侍女の怪我の手当ても必要でしょう。腕のいい医者を知っています。私についてきてください」

「ルーダ殿……。ありがとうございます。助かります」

「いいえ。礼を申し上げるべきは私のほうです」


 ルーダはポツリとつぶやくと、馬を走らせた。ルカもショウを乗せて、その後を追う。


 雨はいつの間にか上がっていた。雲の合間から光が差し始めた。それらは、彼らの冷え切った身体を温めるようだった。


 ショウはルカの身体にもたれて目を閉じた。今頃どっと疲れが出てきたのだ。馬に揺られながら、ショウはゆっくりと眠りについた。



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