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さあ、めしあがれ! ~異世界転生、その前に~  作者: 柚みつ
大勝負前の、腹ごしらえ
9/67

6.

「やっぱり、ファンタジーな世界に行くことが多いのかな」


 あれから、もらったノートの書き込みも増えた。書いてあることは多かったり少なかったりするけど、見返せばその時の事を思い出すことが出来る。書いてあるの、どんな料理をリクエストされたかとかだから思い出というよりもどちらかといえばレシピノートみたいになっているけど。


「和食のリクエストばかりだし、もうちょっと勉強しておけばよかった」


 和食はおばあちゃんが得意だったから、一緒に作っていた時に見ていたし味も分かっているけど、何故だかあの味にはならない。美味しいとは思うし、出した人も、神様も喜んで食べてくれている。ただ、あの味を覚えているあたしだけが少し違和感を抱くのだ。

 特に、煮物。調味料は家で使っていたものを用意してもらっているのに、自分のなかでこれだと思える味に、まだ辿り着いていない。


 神様も呼び出しがあって今はいないし、特にご飯の好き嫌いもなさそうだから今日のご飯は和食にしよう。今から作れば、煮物だって味が染みるだろうし。

 そうと決めたらさっそく準備だと冷蔵庫のなかを物色していたら、すっと影が差した。


春那(はるな)


 冷蔵庫を見ている時に後ろに立ってくるのにもだいぶ慣れたけど、振り返っていつもの笑みじゃなくて、感情が読めない無表情でいるのは、ドキッとする。


「神様、どうしたの真面目な顔で」

「俺はいつでも大真面目だけど?」

「あはは、そうでした。でも、本当にどうしたの?」


 ドキリとした心臓を落ち着かせるように、軽い調子で告げてみたけど、一呼吸も置かずに言葉が返って来た。

 ここに来る人には、今までのように自分の事を僕と呼んで穏やかそうな口調なのに、最近あたしといる時には、初めに興味本位で聞いた時だけにしか出さなかった素の顔を見せるようになった。本人無意識だったようで、少し前に指摘したら驚いて珍しくアイスを落としていたけど。すぐに気を取り直して新しいアイスに手を付けていたけどね。こたつでアイス、気に入り過ぎでしょう。

 だから、口調に関しては気にするところじゃないけど、表情から感情が読み取れない。もともと整っている顔立ちだから、無表情になると造り物のような、動かなかったら彫刻なのかと錯覚してしまうくらい。


「あー、うん。手紙」

「え、誰から!?」


 視線を落したまま懐から出されたのは、少しだけくすんだ色合いの封筒。あれだ、学校で使っていた再生紙みたいな色。

 明らかに渡したくない、とあたしの事を見もせずにいるんだから黙っていたって良かったはずなのに。ただ、あたしの手元に届けてくれるならおかしなことは書いていないはずだろう。

 それにしても、この空間に手紙って届くんだ。


「自分で確かめなよ」

「何だかはっきりしない返事」


 少しザラッとした手触りがますます学校を思い起こさせるけど、今はそこを懐かしんでいる時ではない。神様の反応も気になるけど、手紙の送り主の方がもっと気になる。

 蝋でしっかりした封がされているけど、意外と簡単にペリッと剥がれる。こういう止め方するのって、偉い人からの手紙って印象なんだけど、本当にこれの送り主誰なんだろう。



「お久しぶり、でいいのかな。あの時はかつ丼、ご馳走様――実羽(みわ)さんからだ!」


 忘れもしない、最初にあたしがご飯を出して、いろいろな話をしたお姉さん。あれから来た人とも、実羽さん以上に話し込んだ人はまだいない。

 どうして手紙が届くんだろうかとか、あれからどうしていたのかとかたくさん疑問に思う事はあるけど、何よりも手紙を送ってくれたという事が嬉しくて、自分でも思っていた以上に大きな声が出た。

 手紙を汚さないようにテーブルに置きに行ってから、お茶を淹れて戻る。神様もついてきたので、お茶を出すけど、手を伸ばす気配はない。

 実羽さんからの手紙だったら、どうしてあんなに渡したくないという気持ちを前面に出していたのだろうか。


『あのあと、召喚された先で聖女なんて呼ばれたのよ。びっくりしちゃった』


 異世界に行って、役割を果たすなんて聞いていたけどやっぱりそういう、立派な役職が待っているんだ。

 それから、今まで小説とかでしか聞いたことのなかった魔法、というものが使えるようになったらしく。訓練して使いこなせるようになったら怪我人を治したり、魔物と戦う戦士たちの補助をしたりと大活躍だったそうだ。

 それから、生活面でも日本と全然違ったようで、初めは文字の練習から始まった、と小学生に戻ったみたいだと冗談のように書いてあった。お話では文字も読めるし、話していることが理解できるなんて良くあるみたいだけど、そんな簡単に全部上手くいくわけないよね、とも。

 危険な場面も何度かあったようだけど、環境は恵まれていて実羽さんだけじゃなくて、周りの人達も怪我をすることもなく、無事にお役目を終えることが出来たのだと書いてあった。


『レシピ、本当にありがとう。周りに助けられていても、異世界で不安になった時に見ているだけで安心できたの。もちろん、ちゃんとにかつ丼も作ったわよ!

 ……あの時みたいに立派には作れなかったけど』


 まあ、ファンタジーな世界にかつ丼を作れるだけの材料が始めから全部揃っているとは思えないし、実羽さんだって料理初心者だった。ちゃんとに作った、というそのかつ丼を見れないのは残念だけど、不安な気持ちに少しでも寄り添えていたのなら渡してよかった。

 没収、されなかったのだろうかとちらっと神様を見たけど、あたしの視線に気づいているはずなのに何も反応しなかった。本当に珍しいな、どうしたんだろう。


『王太子とか、一国の王とか、今までの生活では絶対に関わることのない人たちに囲まれたけど、わたしは思っていた以上に図太かったみたい。ううん、図太くなろうと、思っていることをちゃんとに伝えようと決めただけ。それだけだけど、なんだかすごく自分が変わった気がしているの』


 その一文を見た時に、笑いを堪えきれずに思い切り笑ってしまった。


「図太くなろうって、実羽さんってば」

「……あれでも十分だろうに」


 ようやく反応を見せた神様が、ボソリと呟いた言葉にもまた笑ってしまう。確かに、実羽さんはここで神様と売り言葉に買い言葉というのがぴったりなほどだった。あたしにはそれだって楽しんでいるように見えたし、神様だって面白がっていたんだとは思うけど。

 自分が興味ないことにはとことん無関心を貫く神様の姿は、あれから何度か見たことがあるから。癒しが必要だから連れて来たんだろうなって思えるくらいの事務的な対応してた人も、いたし。そういう人にはあたしも必要以上に声をかけたりしないように事前に言われていた。実際、声をかけようと思ったタイミングを見計らって神様に用事を頼まれたこともあったくらいだ。


 わざわざ手紙を書いてくれるくらいに仲良くなれたのだと、そう思っていたのがあたしだけじゃなかったんだとほっこりした気持ちのまま読み進めて、そこでようやく神様の表情と態度に感じていた疑問の答えが、見つかった。



『想いを寄せてくれていた人もいたけれど、わたしは元の世界に帰ると決めた』


 異世界、転生。つまり前の生を終えて次の世界で新しく生を授かる、という話じゃなかったのだろうか。体全体がざっと冷えたような感覚で指先も震えて来たけれど、この先は読み進めないといけない。

 目を閉じて、ふーっと深く息を吐きだしてから、手紙に向き合う。残りあと数行、紙を捲らなくても終わりそうなので、指先は冷たいままでも問題はない。


『だからこれは、わたしの最後のわがまま。元の世界に帰ったら、この世界で使えた力はもちろん使えなくなるし、聖女と呼ばれることも二度とない。

 これだけ支えになってくれたのに、あなたの名前を思い出せないわたしからだけど、どうしても感謝の気持ちを伝えたくて、無理を承知でお願いしたの。届いているかな。

 本当に、ありがとう。あなたのご飯を食べられて、わたしは幸せでした。

 倉林 実羽』



「元の世界に、帰る……」

「うん、すごくレアケースなんだけど。呼ぶ側の力が強いと、選択肢を与えられることがあるんだ。

 あと、たぶん向こうで相当頑張ったんだろうね、彼女」


 神様が、渡したくないと思って当然だ。帰るという選択肢があるなら、あたしだってと思う。だけど、帰ったところで、あたしは。


「実羽さん、プロポーズの直前だったんでしょ? 言いたい事言うようになったんだったら、きっと上手くいくよね」


 自分と実羽さん、状況が違うんだから羨んだってしょうがない。だけど、感情はちょっと整理が出来ないくらいぐちゃぐちゃで。

 覚えていないというのは構わない。だって、初めに説明を聞いていたから。それは実羽さんに言ったところでどうしようもないのだとは、分かっている。ここで、あたしは自分のお店を開くという夢を、ちょと方向は違うけど叶えてもらっているんだから、そんな気持ちを抱くのも違うという思いと、実羽さんに出来て、あたしに出来ないなら、あたしの何が悪いの、という気持ちがぐるぐる浮かんでは消えていく。

 カタリ、といつもは立てない音をたてながらキッチンに向かった神様は、温かいお茶を手に戻って来た。

 冷えて感覚のなくなった指先に、じんわりと熱さが戻って来る。それから、隣に座ってぽんぽんと頭を撫でてくれた。


「あたし、そこまで子供じゃないんだけど」

「俺がどれだけここにいると?」


 そう言われたら返す言葉もないので、大人しく神様の手のぬくもりを受け入れる。ぎこちない手つきだったけど、そのあたたかさは、あたしの体にスッと染み込んでいった。

 最初はよく覚えているなんて言うけど、確かに忘れることはなかった。


お読みいただきありがとうございます。

ここで一区切り。次回からはあれこれ料理に頑張る様子をお届けします。


連休明けに、お会いしましょう。

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