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さあ、めしあがれ! ~異世界転生、その前に~  作者: 柚みつ
大勝負前の、腹ごしらえ
7/67

4.

かつ丼お待ちのお客様ー、お待たせしましたー!

「それじゃあ、まずはお米を炊きます」

「大事よね。艶々に輝くご飯」


 エプロンを着けて髪を纏めた実羽(みわ)さんは、想像したのか嬉しそうに頬を赤らめている。食べたいと望んだのは、かつ丼。だからお米は大事だけど、まだ食材を用意しただけで何一つ準備は出来ていない。

 思い描いたかつ丼が食べられるかどうかは、これからの頑張りにかかっているのだ。


「ええ、大事です。それで、実羽さん。お米を炊いたことは……」

「あるわよ」

「そうですよね、あたしったら失礼なことを」

「お米食べてれば、どうにかなるでしょ?」


 一人暮らしをしているのだから、得意じゃないといったってそこそこやっているだろうと思ったけれど、どの程度まで出来るのかを把握しておかないとどこまで教えればいいか分からないからと聞いたのに。

 真顔でそんな事を返してくるものだから、思わず固まってしまった。神様は、きょとんとしているけれど成長期を過ぎたっていったってさすがにそれはないよ実羽さん。


「――どうにもなりません。実羽さん、もしかしなくても、仕事忙しかったんですか」

「まあ、用事があるって言ってるのに、上がる時間の直前に書類を渡されるくらいには?」

「それを忙しいって言うんですよ! もう!」


 働いたことのないあたしには想像するだけしか出来ないけれど、そんな状況を忙しいと言わずに何と言うのか。実羽さん本人はけろりとしているから、きっとそれが当たり前だったんだろう。


春那(はるな)ちゃんの怒った顔も可愛いわねえ」

「はあ、あたしが怒ってもしょうがないんですけどね。でも、それならお米はお任せしてもいいですか? お味噌汁作るんで」


 ふんわり笑って、あたしの顔をニコニコと眺めている実羽さんを見ていたら、起こる気も失せてしまって。ここで怒ったところでどうにもならないっていうのもあるんだけど。

 お米を任せられるなら、その間にお味噌汁作ってしまおう。あたしの中で丼物の時の定番はわかめとお豆腐。手に取って問いかけるように見せれば、笑顔で頷かれた。


「もちろん! あ、でもかつは一緒にね! いろいろ勉強したいから!」

「分かってますよ」


 特に追加で具材のリクエストされることはなかったので、そのまま流しに向かう実羽さんを見送った。といってもすぐ近くなんだけどね。

 鼻歌でも聞こえてきそうなくらいウキウキとした様子だし、危なっかしい手つきでもないからお任せして大丈夫だろう。


「それなら、あたしはこっちの準備もしちゃおうかな」


 何に使うんだと目を丸くしていた実羽さんの顔を思い出して、少しだけ笑ってしまう。さすがにかつ丼にはこれを入れるつもりはないよ。酢豚のパイナップル的な扱いにしても彩りにしてもあんまり、相性は良くないだろう。

 白玉粉とお砂糖、それからあんこ。意外と簡単な材料で出来るしお手軽なのに、満足感があるから良く作っていた。

 別に隠しているつもりはないけど、何となく驚かせたいから実羽さんに見えないようにしていたんだけど、お米を研ぐ方が確実に早い。どうしようかなと思っていたら、こたつと一体化していた神様がスッと立ち上がり、実羽さんにちょっかいをしかけ始めた。

 間違いなく、たぶん間違いないと思うけど時間を稼いでくれているんだろう。やり方が子供っぽいけど。わいわい騒いでいる二人が楽しそうだからいいけど。そして、あたしの作業も進んだけど。


 レンジでチンした白玉粉で、手早くあんこを包み丸めていく。実羽さんが目を丸くして見ていたものは、苺。包めるサイズを選んだけれど、これは後乗せ方式にしよう。嫌いな食材の反応ではなかったけど、聞いてないし。ダメだったら後でそのまま食べればいい。

 そうして、全部丸め終わった大福は、そっと冷蔵庫にしまっておく。丸めるのに使った粉が散っているのを拭いたりしているうちに、お米の準備も終わったようで実羽さんがこちらにやって来た。

 神様は、もうこたつに潜っていた。もちもちが待っているのは分かっているというのに、いつもの大福アイスを手に。


 一仕事やり終えた実羽さんは満足そうな顔で、だけどこれからかつになる豚肉を見てちょっとだけ困ったように笑う。まあ、これはお惣菜買ってきちゃえば省ける作業だから、あんまり経験がないんだろう。

 自分でも手は出そうと思っていないのか、隣にスッと立つだけで包丁その他に手を伸ばそうとはしていない。簡単に出来るところから一緒にやっていこうと、豚肉を取った。


「まずは、豚肉ですね。こうやって、脂身と赤身の間に、少しずつ包丁を入れていきます」

「どうして?」

「焼くと縮むので、それを防ぐためですね」


 きゅっと縮こまったお肉より、大きく広がったままの方が見た目もいい。個人的には、こうやって筋を切っておいた方が柔らかく仕上がると思っている。終わったお肉をバットに並べて、隣の実羽さんの前に差し出す。


「実羽さん、お肉に塩と胡椒を振ってください。めんつゆで煮込むので、あんまり多くなくていいです」


 この後の味付けを伝えておけば、どのくらい振ればいいかは分かってもらえるだろう。適量って個人の振り幅が大きいから、料理を始めたばかりの頃にレシピを見てその文字が出て来た時にはドキドキしたものだ。


「薄力粉、溶き卵、パン粉の順番でつけていきますよ。実羽さんは、薄力粉をこれで」

「これ、茶こしよね?」

「細かくふるえるので便利ですよ。お肉の両面に、まんべんなくお願いします」


 豚肉が白く染まっていくのが面白いのか、楽しそうに作業してくれている。溶き卵とパン粉はあたしの役目だ。影響されないとは分かっているけど、余分についたパン粉は油を吸ってしまうのではらっておく。

 温まった油に、かつをそっと入れる。すぐにじゅわっと音を立てて、香ばしい匂いが広がっていく。


「揚げ物の匂いって、誘惑ね。ねえ、春那ちゃん……」

「つまみ食いはダメですよ」

「まだ何も言ってないのに」

「聞かなくても分かりますって。今食べちゃうと完成したら食べきれなくなりますよ」


 油を使っているから目は離せないけど、ちらっと横目で様子を伺った実羽さんは予想通りの顔をしていた。目の前でこんないい匂いをしていたら確かに分かるし、あたしが作っていた時は最初から揚げたてを食べれるように用意していたけど。

 神様はあんまり料理に詳しくないというより興味が薄いから、あたしが作っていても手を出してくることはない。だけど、出した料理はしっかり完食してくれるし、自分なりに思ったことは伝えてくれる。


「うっ、そうだった」

「僕なら問題ないよね」


 だから、こうやって調理中にキッチンに来るのは、とても珍しいんだけど。


「それはずるい!」

「そりゃあ、お腹に問題はないんでしょうけど」


 呆れたようなあたしの声ににんまりと笑って、揚げたかつに手を伸ばそうとするのを止めてくれないですかね。さっきまで遠くで見ていたはずの言葉の応酬がすぐ隣で繰り広げられているの、ちょっと、いやかなり気が散るんですけど。


「もう、あたしが揚げておくので実羽さんは玉ねぎ切ってくださーい」

「はーい。どのくらいに?」


 まずは実羽さんの意識を逸らす。神様だって本気でつまみ食いをしようと思っているわけでもないはずだ。それなら、あたしが思い描いるものを呼び出せばいいだけなのだから。

 何か意図があって実羽さんにこう、ちょっかいをかけているんだろうなとはぼんやり感じたからそのままにしているけど。


「あんまり厚くならないように、あ、実羽さんの好みはシャキシャキ? くたくた?」

「味の染みた、くたくたな方が好きかな」

「そしたら、切った後にレンジでちょっとだけチンしましょうか」

「はい、先生!」


 玉ねぎを任せている間に、残りのかつを全部揚げてしまう。きれいなきつね色に変わったかつは、じわじわと小さな音を立てている。

 包丁を入れれば、ザクっといい感触が伝わって来た。うん、しばらく作ってなかったから不安だったけどこれは良い感じじゃないだろうか。

 実羽さんが玉ねぎを持ってきたので、フライパンを取り出す。


「そしたら、めんつゆにお水足して、少しだけお砂糖入れます。玉ねぎと切ったカツ入れて煮込んでる間に、卵溶いて」


 かつにはもう火が通っているから、卵が固まれば出来上がりだ。半熟か、しっかり火を通すかはお好みで。


「実羽さんと、神様は自分の食べれる量のご飯をよそってください」

「春那ちゃんは?」

「んー、軽くひとすくいで」


 揚げ物って、作っている間に匂いで満足しちゃうんだよね。デザートまで食べたいから少な目にお願いしたけど、実羽さんが本当にこのくらいでいいのかと念押ししてくるくらい、少なく見えたようだ。神様と実羽さんの分が並ぶと、あたしのは小盛くらいに見えるけどデザートの事を考えたらこのくらいでちょうどいい。


「さあ、めしあがれ!」

「いただきます」


 ホカホカと湯気をあげるかつ丼、並べたお味噌汁と箸休めに白菜の浅漬け。待ちきれないといった表情で挨拶をした実羽さんが最初に口をつけたのは、かつ丼。


「んー、やっぱりしっかり食べるならこれよね」

「あ、それは分かります」


 レンジでチンしてから煮た玉ねぎは希望通りくたくたなのに、つゆにも卵にも浸かっていないかつはまだサクサクしている。三つ葉と一緒に口に入れると後味が少しさっぱりするし、味に飽きたらお味噌汁を飲めばまた食べたいと思うのだから、確かにしっかり食べたいときにはうってつけだろう。合間に挟む白菜もいい感じだ。

 つゆを吸ったご飯の、最後の一粒まできれいに食べた実羽さんが、満足そうにお箸を置いた。


「美味しかったー。春那ちゃん、ごちそうさま」

「あ、ちょっと待ってください」


 冷蔵庫からあたしが持ってきた物を見て、実羽さんの目が輝く。分かりやすい表情の変化に、用意してよかったな、とあたしも笑顔になった。


「デザートに、苺大福です。苺、大丈夫ですか?」

「好きよ。え、本当にいつ用意してたの!?」

「お米のあれこれの間ですかね。ね、神様」


 あの時のちょっかいの意図を察したようで、実羽さんが神様の方を凝視しているけど、それを感じてもいないように見事にスルーしている。

 突いたところで実羽さん相手なら言い合いになるのは間違いないし、あたしは最後の仕上げとして、大福に切れ目を入れて苺を挟むのに忙しい。なので、結局本当かどうかは分からないままだ。それでいいと思うけど。


「はい、実羽さん」

「わあ、ありがとう!」


 かつ丼をしっかり食べた後だけど、ぱくり、と小さな大福を頬張っている。実羽さんって、思っていたよりもたくさん食べるのかも。残るかもな、って思って出しても美味しく食べてもらえているから、すごく嬉しい。

 苺は小粒だけど、ぎゅっと甘味がつまっていたから、あんこの甘さは控えめ。甘ったるくなりがちだけど、後から感じる酸味がそれを打ち消してくれる。


「本当に、ありがとう春那ちゃん。もう、大満足よ」

「それは良かったです!」


 こうして、あたしの初のお仕事は、無事に成功で終わったのだ。



我が家の作り方、でした。そして苺大福は季節で果物入れ替えると楽しい。


お読みいただきありがとうございます。

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